(7)

 私が家に戻って二日後、舞美さんからラインで連絡があった。


「亨ちゃんがどこ行ったか知らん? アパートにあんたもおらんしさぁ、なんがあったと」


 舞美さんに、先輩は空き家に行ってそれっきり帰ってこないと、伝えていなかったことを思い出して、「先輩は、五日前にあの空き家に行ったっきり帰ってきてないです」と返した。


「あの心霊スポット? わかった」


 それきり、舞美さんに返信しても既読は付かなかった。


 それからはつつがなく毎日を過ごした。サボっていた高校にも登校した。両親は高校にも連絡をしていた為、生活指導の教師に強く反省を促されてしまった。


 半月休んだ分の授業の遅れは、必死で頑張って取り戻した。


 停学処分にならなかったのは運が良いのか、親の説得のおかげなのか分からない。元々素行が悪いわけではなかったので、見逃してもらえたのだろう。


 修学旅行にも行き、日常が戻ってきた頃、舞美さんからラインが来た。


「公園に来て」


 どんな用事なのかは書かれていなかった。舞美さんとの接点だった先輩はもういない。それなのに、舞美さんがわたしに連絡を取ろうとしているのが理解できなかった。


 何度も同じ文面のラインが来るので、私は指示された夕方の時間に、公園に向かった。


 公園にはベンチに座って待っている舞美さんの姿があった。舞美さんも高校生なので、学生鞄を脇に置いて、ずっとスマホを弄っている。


「舞美さん、用ってなんですか」


 声をかけると舞美さんが顔を上げて私を見た。すっかりやつれて頬がこけている舞美さんに、私は軽く同情した。


 ただ、気になったのは今までバングルくらいしか手首に付けていなかったのに、今や、一体いくつか分からないくらい、パワーストーンの数珠を腕に巻き付けていた。


「久しぶり」

「はぁ、お久しぶりです」

「ここじゃ、なんやけ、ちょっと付き合ってよ」

「はぁ」


 おもむろに立ち上がって、スタスタと歩き出した舞美さんの後ろを付いていった。


 公園を出て道を曲がったとき、嫌な予感が沸いてきた。方向的にあの空き家に向かっている気がしたのだ。


「あの、どこに行ってるんですか」

「んー、付いてくればいいから」


 舞美さんは前を向いて、私を見ることなく何度か角を曲がり、丁字路までやってきた。


 相変わらず、門には虎ロープが張り巡らされている。塀からはみ出した枝の葉が少しずつ色づき始め、空き家の周囲だけ温度が一度下がった気がする。鳥肌以外に肌寒さも感じた。


 舞美さんはてらいもなく虎ロープをくぐり、玄関から中に入っていった。私は躊躇していたが、玄関から、「早よ、入ってきっちゃ!」と怒鳴られて仕方なく自分も虎ロープを潜った。


 以前、先輩達と連れだって、レイタンを試す為に来た時と比べると、まるでずっとここに住んでいたかのように、舞美さんはLDKに入っていった。


 部屋の中の温度が一気に凍えていく。それなのに、脂汗が額と首回りにじっとりと浮かんだ。


 リビングに入って私は思わず声が出た。


 床に散乱していたゴミが一掃され、かつてはカーペットが張られていただろう床板が見えている。その床に、等間隔に円を描くように置かれた、太い蜜蝋に火が点されて、何やら怪しげな図形が赤いペンキで描かれていた。


「うわ……」


 私は、その狂気じみた光景に圧倒されて立ち尽くした。


「今、亨ちゃんを呼んでるとこなんちゃ」

「呼んでる……」


 意味が分からなくて、じっと図形をただ眺めているしかなかった。


「あたしは、亨ちゃんはここにいると思うんちゃ」


 それで先輩を図形と呪文で呼び出すというのだ。


「あたしが唱えたら真似して唱えて」


 私はたじろいだ。こんな訳が分からない変なものを目の前にして、素直に言うとおりにして良いことなどひとつもない。


「レイタンもここに置いて、赤になったら、浄化の呪文を唱えるんちゃ。で、色ごとに呪文が違うけ、気ぃつけてよ」


 私が黙っているのを勘違いして、舞美さんがポケットから紙切れを取り出した。それを、私に差し出してきた。


 私は一歩下がって拒絶した。舞美さんが先輩を呼び戻したいのは分かった。ただ、呪文だの気味が悪い図形だの、それが理解できない。


「あんたさぁ、亨ちゃんに散々世話になったくせに、大事なところで嫌とかゆうの、裏切り者やないん?」


 後輩なら先輩の心配をしろと、詰め寄ってくる。


「いや、見つかってほしいのは同じっすけど……、こういうのはちょっと……」


 舞美さんがやつれたのは、この空き家で気味の悪いことをしているせいなのだろうか。


「まじ、信じられん。もういい、あたしだけでやる。亨ちゃんをほんとに心配してるの、あたしだけやね。亨ちゃんの友達もみんな、裏切り者や」


 恨みがましげに、舞美さんは呟いた。


 私は帰りたかったが、この場所に舞美さんを置いていくのは気が引けた。


「帰りましょうよ、舞美さん。こんなことして先輩が出てくるわけないっすよ」

「いろいろ調べたんっちゃ。この世から消えた人間を呼び戻す呪文と魔方陣を、ネットで見つけて、めっちゃ高いお金出したんよ。効かんわけないやん。保証もしてもらったし。まだ一日しか経ってないもん。効果が出るまで続けないけんの」

「効果が出るっていつっすか。どんな効果なんすか」


 私も意地になって舞美さんに問い詰めた。裏切っているわけじゃない。どうしても先輩が出てくるとは思えなかったからだ。


 先輩がもしも普通に失踪しただけなら、舞美さんがこんな変なことに嵌まっても、見て見ぬ振りをしたかもしれない。


 でも、空き家でこんなことをするのは危険な気がした。舞美さんが特別好きなわけじゃなかったが、無視するほど嫌いでもなかった。


 だから、やめたほうがいいとだけ忠告したのだった。


 案の定、舞美さんはヒステリーを起こした。


「なんなん! 人がせっかくすごい方法見つけたのに、絶対亨ちゃんが見つかる方法見つけたのに、なんで、馬鹿にされないけんの!」

「馬鹿にはしてないっすよ……」

「馬鹿にしとるやない! こんなん効かんち思っとるやない!」


 それは本当のことだったので、私は黙って、舞美さんが落ち着くのを待った。

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