<臼井家皆殺し事件>

(1)

 病院を退院して、ぼくは今、勇二叔父さんの家に住まわせて貰っている。


 病院に入院している間、先生が何度も僕の家族のことを訊ねた。最初はお姉ちゃんやお母さんの話をしていたけど、だんだん、このままだとぼくは、一生この病院にいないといけないんじゃないかな、と思えてきた。


 だから、悲しいけど、お姉ちゃんもお母さんももういないと先生に言ったんだ。嘘は吐いてない。ただ、ぼくの側にいないだけだ。


 お姉ちゃんは、まだぼく達の家にいる。お母さんがお父さんの魂を繋ぎ止める為にやった儀式のせいで、あの家から出られないんだろう。


 退院する前に、家に帰れると聞いて、ぼくはぼく達の家に帰れるんだと信じてた。

 車に乗せられて到着した場所は、叔父さんの家だった。


 ぼく達の家のことを聞いたら、臼井さんという家族が住んでるって言われた。知らない間に、叔父さんはぼく達の家の権利を自分の物にしたみたいだ。名義はぼくになっているけど、実質叔父さんが手に入れた。


 でも、ぼくはそれを責めたりしない。叔父さんがぼくの面倒を見るから、ある程度は譲歩しないとって思う。


 だけど、ぼく達の家に帰るくらいは良いんだと思う。家族はまだあそこにいるからだ。


 お姉ちゃんが言った、完璧な家族になる為に、ぼくはあそこに帰らないといけない。


 問題は、お姉ちゃんやお母さんが体を持ってないってことだ。


 お姉ちゃんをこの世に繋ぎ止める為には、肉体を用意しないといけないと思う。これはお母さんからの受け売りだけどね。


 何度か、ぼく達の家に行ってみたんだ。


 確かに臼井さん家族が住んでた。お父さんとお母さん、そしてお姉ちゃんがいた。そこにぼくがいたら完璧じゃないかな。


 ぼく達家族が全員揃うのは久しぶりだから緊張する。


 ただ、今ある魂は、必要ない。僕たちがいるからね。


 ぼくは量販店で包丁と帽子を買った。ぼくが帰ってきたって言うよりかは、宅配便ですって言ったほうが、家の中に入りやすそうだって、テレビのニュースでやっていた。たぶん、そのひとも家族になる為にそうせざるを得なかったんだろうね。


 よく分かるよ。


 ただ、それだけじゃだめだと思う。


 ぼく達の家には、怖いヤツがいる。怖いヤツはぼく達の欲望を叶えてくれる。とても強く願えば、その通りになるんだ。


 だからお父さんはぼく達を殴るのがやめられなかったし、お母さんはお父さんの魂を繋ぎ止める儀式に成功したんじゃないかな。


 ぼくは、ぼく達家族が完璧な家族でいられるようにしたい。お母さんと違うのは、ぼく達は、お姉ちゃんとぼくと赤ちゃんの三人の完璧な家族になりたいんだ。


 だけど、怖いヤツはぼく達の願いを叶える代わりに、何かを求めてる。じゃなかったら、ぼく達の家に入ってこないんじゃないかなぁ。入れたことを喜んでたわけだし……。あのときは怖かったけど、今はそれほどでもない。むしろ、怖いヤツのおかげで、完璧な家族になれるって思えてるんだ。


 ぼくは、ぼく達の家に帰ってきた。お姉ちゃんの部屋が見える。窓にお姉ちゃんが張り付いてるのが見えるよ。ぼくのことが分かるんだね。


 インターホンを鳴らして、ぼくはお姉ちゃんが出るのを待った。


「どなたですか?」


 幼い可愛らしい声が聞こえたから、ニュースの通りに答えてみた。


「今行きます」


 ぼくは待った。


 引き戸が開けられて、可愛い女の子が顔を出したので、その子の首を掴んだ。そのまま玄関の三和土に上がって、上がりかまちに押し倒す。


 お姉ちゃん、今だよ! って、女の子の首に包丁の刃を当てて横に引いた。


 あっという間だったから、お姉ちゃんは抵抗できなかったみたいで簡単にできた。


 ぼくはお姉ちゃんを抱き上げて、リビングに入った。


 あのときみたいに、ダイニングテーブルの椅子に座らせて、お母さんが戻ってくるのを待った。


 でも、このままダイニングで待っていると、お母さんになる前だから怖がるかも知れない。仕方ないから、廊下に出て、洗面所の前に立った。


 どのくらい待ってたか、ぼんやりと立っていたら、玄関で音がした。


 引き戸が開いた途端、悲鳴が聞こえて、お母さんが飛び込んできた。リビングへ続く引き戸を開けた時に後ろから背中を刺した。


 うつ伏せで倒れたお母さんにまたがって、何度か包丁を背中に突き立てた。骨に当たって、何度も刃が引っかかったけど、力任せに刺していると、そのうち貫通した。


 お母さんもダイニングの椅子に座らせた。


 後はお父さんだけだ。


 お父さんはすぐに殴ってくるから、ちょっと厄介だ。


 何かないか探してみた。


 庭にコンテナがあったから覗いてみると、鎌があった。


 それを持って、キッチンの陰に座った。引き戸の側だから、部屋を暗くしたらちょうど死角になって、気付かないだろう。


 お父さんはなかなか帰らなかったけど、それも想定済みだ。お父さんが帰らないのはいつものことだから、待っていればいずれ帰ってくると思う。


 外が暗くなってきた頃、引き戸が開く音がした。部屋の中の電気が全部消えてることを不思議がってる。リビングの引き戸が開かれた。


 サッシからほのかな明かりが漏れている。お姉ちゃんとお母さんのシルエットが浮かび上がっている。お父さんがダイニングのテーブルに着いたお母さんの肩に手を置いたときに、ぼくはお父さんを背後から切りつけた。


 鎌の刃がお父さんの首に突き立つ。抜くとそこから勢いよく血が繁吹しぶいた。


 お父さんは面白いくらいくるくると回転しながら、リビングに倒れた。


 ぼくは血だらけの手の甲で額を拭う。一仕事終えて、息をついた。

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