(2) (改)

 お父さんはソファに寝かせて、お姉ちゃんとお母さんとぼくはダイニングテーブルに着いた。


「こうして家族揃うのは久しぶりだね」


 お姉ちゃんとお母さんに、一家団欒を懐かしく感じて話しかけた。


「そうだね、篤」


 お姉ちゃんがぼくを見て、にっこりと微笑んだ。お母さんも微笑んでぼく達を見ている。


「そうだ、ご飯。ぼく作るよ。この家を留守にしている間、ずっとレシピのことを考えてたんだよ」

「篤のご飯、美味しいもんね。楽しみ。ねぇ、お母さん」

「そうねぇ。篤は食べる側だったのに、こうしてご馳走してくれるようになるなんて、嬉しいわ」


 ぼくは玄関に行って、散乱した食材を手に取ると、食材を見て今夜作る食事のレシピを考えた。


「あーあ、汚れちゃったな……。ご飯の後、掃除するかなぁ」


 リビングとキッチンの照明を点けて、料理を始めた。


 お母さん達がいつの間にかテレビをつけてお笑い番組を見ている。それともお父さんがつけたのかな。お父さんはソファに寝そべってテレビを見てるようだった。


 平和で、温かな雰囲気だ。


 でも、足りないものがある。家族だ。家族がまだ足りない……。なんだったろう。


 病院にいる間、たくさん薬を飲まされて、記憶がぼんやりしている。とても大事な家族なのに……。ちゃんと揃ったら完璧になれる。


 ぼくは部屋の隅に蟠る怖いヤツを見据えた。


 怖いヤツがもっともっとと欲しがっている。


 お姉ちゃんやお母さん、お父さんがいなくなったとき、怖いヤツがぼくに囁いた。たくさんの家族が必要だって。この家には家族が必要だってぼくに囁くんだ。


 完璧な家族。完全無欠の家族。お母さん、お父さん、お姉ちゃん、ぼく。みんなが揃っていて、穏やかで愛情溢れた、思いやりのある家族。


 ぼくは野菜を切り、フライパンで炒め、スパイスを絡めたお肉をオーブンに入れる。


 時間が経って、肉の焼けたおいしそうな香りに、部屋全体が包まれる。


 温野菜を肉の周りにちりばめて特製ソースを掛けてから、テーブルに置く。お皿を並べ終えて、お父さんに声を掛けた。


「ご飯できたよ」

「俺はいいや。今から野球があるんだ」

「お父さんはビール飲みすぎだよ」


 すると、お姉ちゃんがいたずらっ子のように笑いながら、「お父さん、ビールでおなかが出てきてオジさんっぽくなっちゃうよ!」とからかった。


「それは嫌だなぁ」


 お父さんが困ったように言った。


「たまにはこっちに来て一緒にご飯を食べない?」

「いや、俺はいいよ……」


 お父さんはぼくの料理は食べたくないようだ。少しは家族と団欒すればいいのにな。こんなお父さんは必要ないかも知れない。


「そんなこと言わないで、篤。お父さんとお母さんが揃って初めて完璧な家族なんだから」

「お母さんはそうやって自分のことばっかり」


 お姉ちゃんとお母さんの雰囲気が険悪になってきた。


「やめてよ、お母さん。お父さんとお母さんは別だよ。大事なのはお姉ちゃんとぼく、それと……」


 それと……。


「篤、思い出せなかったら、完璧な家族になる為に、家族を作ればいいんじゃないかな」


 お姉ちゃんの提案は、とてもいい考えだと思った。


「そうだね! じゃあ、食べようか?」


 ぼく達は食卓を囲んで、ぼくの作った手料理を食べ始めた。


 みんな、うまく料理を飲み込めなくてしょっちゅう血を吐いてた。そのたびにぼくはみんなの口元を拭いて上げた。


 こんなに美味しいのに、最後まで食べてくれなくて、結局、捨てることになった。


「みんな、残したらだめじゃないか。せっかく作ったのに」


 ぼくがぶつくさ文句を言うと、お姉ちゃんがごめんねと手を合わせた。


「明日はみんなも食べられる食事がいいかな……」


 そんなことを考えながら、ぼくはお姉ちゃんを抱き上げて、寝室に連れていった。

 お姉ちゃんの寝顔を見ながら、顔に付いた血を拭って上げる。


 この後掃除をしないと……。


 でも、今はお姉ちゃんを見ていたい。お姉ちゃんが大好き。ずっといっしょにいようね……。




 みんな、お風呂に入らないから臭ってきた。そのことを指摘するのに、お風呂に入りたがらない。困っていたら、玄関のインターホンが鳴った。


 出てみると、お父さんの会社の人らしかった。


「臼井和麿かずまさんはいらっしゃいますか?」


 若い女の人と年配の男の人が二人、並んで立っていた。引き戸を開けた途端、二人がすごく顔をしかめて、鼻を隠した。


「なんの臭いですか」


 若い女の人が不審そうにぼくを見る。


「そんなに臭いますか?」

「ちょっと……」


 男の人がきょろきょろとぼくの背後を見回している。


「臼井さん、ご病気ですか?」

「体がだるいって言ってます」


 お父さんが今朝言っていた言葉をそのまま伝えた。


「無断欠勤が続いていて、ご様子を伺いに来たんですが……」

「無断欠勤? お父さん、そんなこと一言も言わなかったから気付きませんでした」

「臼井さんと話が出来ませんか?」


 二人に言われて、仕方ないので家に上げた。


 リビングの引き戸を開けた途端、二人とも嘔吐いてその場で吐いた。


「す、すみません」


 謝りながら吐き続けていたけど、ダイニングテーブルの椅子に座っている、お姉ちゃんとお母さんを目にして、まず女の人が悲鳴を上げた。


 男の人も腰を抜かして、床に尻餅をついた。


「け、け、警察!」


 男の人の声に女の人がバッグからスマホを取り出した。震える手でスマホでどこかに電話を始めた。


 ぼくは驚いて二人を見つめていた。


「どなた? 篤ぃ、どちら様?」


 お母さんの声がした。


「お父さんの会社の人だよ」

「あら、なんのお構いも出来なくてすみません」

「お父さん、会社の人が来たって」


 お姉ちゃんがソファに寝そべっているお父さんに声を掛けた。


「わかった」


 お父さんは返事をするけど起き上がろうとしない。


 すっかり怠け者になったみたいだ。この一週間、お父さんが起き上がったのを見たことがない。


 そのうち、外が騒がしくなってきて、開いた引き戸から警察官が顔を覗かせた。


「う、わっ」


 やっぱり、警察官も鼻を押さえて、顔を顰めた。


「ちょっと上がりますよ」


 臭いを我慢してる様子で、警察官が二人上がり込み、開いたままになっている引き戸からリビングに入っていった。


 低い声を上げて、警察官が出てきた。


「君、本当にご家族の方?」

「はい」


 当たり前のことを聞いてきたので、ぼくは少し呆れた。


 どんどん騒がしくなって大勢の人が入ってきた。ぼくはスーツ姿の刑事さんに、「詳しい話」を聞かれて、正直に話した。


「だから、家に帰ってきて、普通に生活してただけです」


 いくら言っても分かってくれなくて、ぼくはちょっと苛ついた。


 刑事さんに手錠を掛けられて、ぼくはびっくりした。いろいろと早口で言われたけど聞き取れなかった。そのまま外に連れ出されて、パトカーに乗せられ、ぼくは警察署に連れていかれた。




 二○○X年XX月XX日未明、福岡県a市b区のUさん宅で、主人のKさん、妻のRさん、長女のAちゃんが殺害されているのが、Kさんが勤める会社関係者の通報によって発見されました。容疑者の宍戸篤は○○病院を退院したばかりで、宅配便を装ってU宅に侵入したと見られています。Aちゃんを殺害した後、帰宅したRさんとKさんを殺害。遺体は損壊が酷く、捜査は難航している模様。弁護側は、事件当時、宍戸篤が心神喪失状態であったと述べています。




 ぼくはまた病院で暮らしている。


 時々、先生と、ぼくの家族の話をする。


 あのときどんな気持ちだったか、どうしてそんなことをしたのか、今はどんな気持ちか、どうすればあんなことをしなくなるか、そう言う話をする。


 ぼくは正直に話した。


 完璧な家族になろうって、お姉ちゃん達と話をしたって……。

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