21話(1章完結)

「ん……っ、朝か……」


 昨夜は亜咲に家まで送って貰った後、思った以上に疲れていたのか、家に着いてすぐに眠りについてしまった。


 まだ少し頭がボーっとしている感じがあるが、背伸びをする事で意識を覚醒させていく。

 少し寝過ぎたかと思ったが、時計を見ればまだ時計の針は七時と少しを指していたため、遅刻する事はなさそうだ、とホッとする。


 とりあえずショボショボする眼を擦りながら、顔を洗おうと洗面所へと向かった。


「あ、しょうちゃんおはよう。テーブルの上に朝ごはん用意してあるから、顔洗ったら食べてね」

「うーい……」


 リビングを抜ける際に声をかけられたので返事をし……いや待て。


「どうかしたの?」

「どうかしたのは俺じゃないと思う」


 一瞬まだ寝てるのかと思い、頭を振った俺を、彼女は不思議そうな目で見ていた。


「なんでここにいるんだ。ナツ」


 俺の家にいる理由は考えても分からなかったので、直接彼女に聞くことにした。


「だって今日から学校でしょ? だったら一緒に行こうかと思って」

「ああ、そういう……」


 理由は分かったが、昨日の今日で行動力に溢れすぎじゃないかと思う。


「それにその……昨日家に帰ってからね。お母さんに聞いたの、お父さんの事」

「ああ……」


 恐らく俺が帰還した初日の事だろう。そういえば昨日は解散して、詳しい話はまた後日、としていたため、その辺の話はしていなかった事を思い出す。


「あれはナツが気にするような事じゃない。肝心な時に居られなかった事自体は本当の事なんだからな」

「でも……」

「まあ詳しい話は学校が終わってからにしよう。わざわざありがとうな」


 恐らくは罪悪感もあるのだろうが、正直言って彼女に何の責任もない。というよりも俺自身あの日の出来事には今更特に思う事もないわけだし。


「うん、今日一緒に帰ろうね」

「あれ? 今日は部活ないのか?」

「大丈夫だよ。ちょうど部活は辞めようと思ってたから」


 さも当然のように、ナツは平然とそう言い放った。


「でも代表選手に選ばれたんじゃないのか?」

「いいの、元々流れで続けてただけだし……ほ、ほら。また昨日みたいな事があったら怖いからしょうちゃんと一緒に帰れるようにしようって……だめ?」

「いや、駄目とかはないんだが……まあナツが良いなら俺が反対する理由はないし」


 確かに第二、第三の天野が出て来たらたまったもんじゃないからな。ナツが不安に思う気持ちも分かる。にしても長年続けてきた剣道をこうもアッサリ辞めてしまえるものだろうか?


「じゃあ早くご飯食べて食べて!! あんまりゆっくりしてると遅刻しちゃうよ?」

「そうだな、せっかく用意してくれたんだし甘えるとするか」


 いったん話をそこで打ち切り、洗面所で顔を洗ってリビングへと戻る。

 テーブルの上を見るとサンドイッチとカフェオレが用意されていた。


「しょうちゃんはカフェオレ派だったよね?」

「ああ、よく覚えてたな」

「昔は一緒に暮らしてたんだから当たり前じゃない」

「それもそうか。じゃあいただきます」


 随分長い事離れていた気もするが、そういえばたったの一年半しか経っていなかったな。と思い出す。

 サンドイッチの具はシンプルにレタスとハム、それに卵を挟んだものだった。朝食としては程よい軽さなのがありがたい。

 俺が朝食を摂っている間、ナツはこちらを見て機嫌良さそうに微笑んでいた。


「ナツは食べないのか?」

「うん、私は家で食べて来たから」


 となると家で朝食を摂って学校の準備をしてうちに来て俺の朝食を……めちゃくちゃ早起きしてないか?


「それだと早起きし過ぎじゃないか? 俺の事なら無理しなくても……」

「元々部活で早起きしてたから平気だよ。ほら、早く食べて学校いこ?」


 そういうものだろうか。と納得出来るような出来ないような理由だった。

 とは言え、これでナツまで遅刻させてしまっては申し訳が立たないので、残るサンドイッチを食べ終え、カフェオレを喉に流し込む。程よい甘さと温かさでホッとした気持ちになった。


「ごちそうさま。じゃあとっとと着替えて来る」

「うん、私は後片付けして待ってるからね」

「なんか悪いな……」

「良いんだよ。私が好きでやってる事だから」

「そうか、ありがとうな」


 ナツに感謝を告げ、一度自分の部屋に戻って制服へと着替える。

 何か忘れているような気がしたので、ポケットの中を確認し、鞄の中も再確認したが、財布もあるし家の鍵もある。じゃあ何を忘れているのだろうかと頭を捻ったが、ナツが待っている事を思い出し、鞄を手に取ってリビングへと戻った。


「お待たせ」

「こっちも終わったよ。忘れ物はない?」

「大丈夫、確認した」

「それじゃ大丈夫だね。じゃあいこっ?」


 どこか弾んだ声で促す彼女に先導されて家を出る。もちろん鍵を閉める事は忘れない。

 道すがらナツとはここ最近で起こった出来事などを聞いた。


 話を聞けば聞くほど、ナツが天野を快くは思っていなかった事と、天野のナツに対する執着ぶりが伺えた。

 聞いていて思ったが、彼女も強く否定しなかった事が色々誤解を生んだんだろうな。という事も見えて来たので、本人も自覚していたようではあったが、今後は気を付けて欲しいものだ。


「でもなんでちゃんと否定しなかったんだ?」


 次に同じ事がないように、否定しなかった理由を聞いておけば今後の課題になるかもしれないと思い聞いてみたところ。


「え、えっとね? ほら、私ってその、いわゆるモテる? ……みたいで」


 言いづらそうにする彼女から理由を聞いてみたところ、どうやら彼女は九条学園に入学してからというもの、徐々に男子生徒から告白される回数が増え、気が付けばほぼ毎日のように昼休みや放課後に呼び出されては告白されていたのだという。


 いい加減辟易していたところに、例の事件が起こり、天野が纏わりつくようになってからというもの、男子生徒からの告白が目に見えて減るようになったのだという。


「だからその、実際には付き合ってるわけじゃないし、告白される回数も減るなら噂くらいは良いかなって……」

「ああ、そういう……」


 まあ確かにナツの容姿は十人に聞けば十人が可愛いと答えるだろう。

 子供の頃から変わらない黒髪は、昔よりも伸ばされており、背中のちょうど真ん中くらいまである。

 決して垂れ目というわけではないが、優しさを感じさせる少し大きな目と、少し長い睫毛は見られた者をドキリとさせてしまうのも無理はないと思う。実際俺もそうだったし。


 それに昔に比べて背も伸びたし、女性らしい丸みを帯びて来た事も記憶とは違っているところだろう。

 隣に並んでみると身長は俺の方が高いようだったので、なんとか俺のちっぽけなプライドは守られた事は秘密である。


「まあ今後は断るにしてもハッキリ断らないと駄目だな」

「う……分かってるよ……」


 図星を指されたためか、ナツは少し表情を歪ませて拗ねたフリをする。

 そんな他愛のない話をしている内に、学園の校門が目に入った。


「おはよう夏希……と、あれ?」

「あ、おはよう春香はるかちゃん。どうかした?」


 後ろから誰かが駆け寄って来るのを感じていたが、どうやらナツの友人だったらしい。

 一応目を向けてみれば、ナツの後ろの席の子だったか、顔に見覚えがあった。

 なんとなく面倒な気配を感じた俺は、気配を消しながらナツから離れ……っておい。


 俺が逃げようとする事に気付いていたのか、ナツに袖を掴まれていた。


「えーっと、彼は?」

「何言ってるの? 同じクラスじゃない」

「あ、どうも地原です」

「地原……地原……あっ、先週転校してきた!!」

「そうそう、その――」

「天翔君じゃない方だ!!」


 なにそれひどくない?


「春香ちゃん、その覚え方はちょっと……」

「あはは、ごめんごめん。でもほら、地原君? ってクラスの子と話してる印象がなくてさ」


 彼女はまったく悪びれずに言った。まあ大輝の存在感が大きすぎて目立たないのは理解していたが、まさか存在すら認識されていなかったとは思わなかった。

 やっぱり大輝のせいだな。後で殴っとこう。


「それにほら、先週は眼鏡かけてたじゃない? 今日はかけてないみたいだから余計に分からなくってさー」

「あー……しまった。忘れてた」


 支度をする時に感じていた違和感はこれか。まあ昼間は特に問題ないだろうから大丈夫だろう。


「そういえばしょうちゃん、昔は眼鏡なんてかけてなかったよね? なんか前髪だって無駄に長いし」

「無駄って言うな。まあアレは……帰ったら話す」

「え? なになに? どういう関係?」


 興味津々に俺達の関係について突っ込んでくる彼女。馴れ馴れしいとは思ったが、そこまで不快というわけではないので、自分はあまり喋らずにナツに任せる事にした。


「私達幼馴染なの。しばらく離れてたから再会してびっくりしたんだけどね」

「へー、そりゃ凄い偶然だね。でも良いの? 他の男の子と仲良くして天野君が怒ったりしない?」


 天野の名前を出され、ナツがピクリと肩を震わせた。

 一瞬俺の方を見るが、自分で対応しろ、という意思を込めて、俺は軽く頷くに留めた。


「だから前も言ったと思うけど、私と天野君の関係はそんなんじゃないよ。第一私は誰とも付き合った事なんてないし」

「ああ、あれって照れ隠しだと思ってたんだけど……本当だったの?」

「うん本当。もう誤解されるのも嫌だからハッキリ言わなきゃと思って」

「そっかぁ。もしそれが本当だったらまた男子が騒ぎそうだなぁ」


 そんなに人気があるのかナツの奴。


「その時はしょうちゃんが守ってくれるから大丈夫!!」

「自分の事は自分でやれ」


 昨日のような事があれば当然守るが、流石に彼女のプライバシーに関わるような事まで面倒見きれるかというと正直そうでもない。

 もうお互い高校生なわけだし。


「えー、しょうちゃんのケチ!!」

「ケチじゃない」

「いじわる!!」

「いじわるでもない」

「うーん、っていうか幼馴染、ねえ。夏希は地原君の事名前で呼んでるし……っていうか夏希、アンタそんな性格だったっけ?」


 俺からすれば今のナツが素だと思っているが、やはり今まで猫を被っていたとでも言えばいいのだろうか。随分大人しいとは思っていた。


「今まではその、勉強とか必死だったし、毎日のように告白されたりとかで疲れてて……」

「で、地原君が戻って来たから元に戻ったと」

「そういう事になるのかな? うん、多分そうかも」


 恐らく自分の中で確認する意味もあったのだろう。ナツは一人納得するように強く頷いた。


「へー、いいなぁ。私もそんな幼馴染がいたらなぁ」

「あはは、でも私達の場合はちょっと特殊かもしれないから」


 会話に華を咲かせている二人は気付いていないようだったが、ナツに袖を掴まれて歩く俺は現在針のむしろに座らされたかのような状態となっていた。


「おい、七海の隣に居る男誰だ? 天野じゃないよな?」

「本当だ、七海が朝から男と一緒に登校する事なんてあったか?」

「つか七海さんもアイツの袖掴んでね? どういう事だ?」


 などなど、ナツが注目を浴びる中、ただ隣にいるだけであればともかく、ナツが俺の袖を掴んだままというのが問題だった。

 当然天野の名前も耳に入って来たが、それよりも俺に対する敵意というか疑問が大きいようだ。


「あ!! 俺アイツ知ってるぜ。確か先週転校してきた奴だ」

「ああ、あの休み時間に可愛い子と居る奴だ」

「はぁ? 何で転校してきたばっかで可愛い子と一緒に居るんだよ」


 続いて休み時間に押しかけて来る光や亜咲の話題も追加される。

 そうだよな。アイツら目立つもんな。おかげでこっちはとんだ災難だよちくしょうめ。


 結局教室に着くまで袖は掴まれたままだった。というか下駄箱で靴履き替えてからわざわざ掴み直す意味はあったんですか夏希さん。

 当然教室に入ってからも注目は浴びっぱなしで、自分の席に着く時にようやく解放される形となった。


 だからと言って俺に話しかけて来るような好事家はいなかったが。


「お、小吾。早速やってるな」


 ――いや、一人だけいた。

 というかやってるなって何をだよ?


「ああ、大輝か。昨日はありがとうな」

「素直に礼を言われると気持ち悪い」


 とりあえず無言で頭を殴っておく。


「おい、アイツ天翔の事殴ったぞ」

「天翔君の事叩くなんて何様?」

「天翔君可哀想に……なでなでしてあげたい」


 最後の人、多分身長が足りないので無理だと思いますよ? というか俺への敵意マシマシじゃない?

 いつもの事だったのでつい手を出してしまったが、俺と大輝の関係をよく知らない人からすれば異常なのだろう。


 なんだろう。普通に考えれば俺は大輝の取り巻きだとでも思われてるんだろうか。

 やだよコイツの取り巻きなんて、なんも得しないし。

 大輝を見れば"ざまぁみろ"と口を動かしていた。ぐぬぬ、もう一発殴ってやろうか。


 でもまた騒がれそうだからやめておいた。


 そんなざわめきも先生が教室に入ってくればおさまり、それからは先週と変わらない風景が繰り広げられる。

 ただ大きく変わった事と言えば、休み時間に光や亜咲が俺の下に訪れた際、ナツも会話に混ざって来た事だ。

 それを見て周りの生徒達が騒ぐ事になるのだが、もはや俺は諦めの境地に達し、周囲の事は無視して彼女らと話をしていた。


 当然天野との話題も出るわけで、最初は天野の名前が出る度に反応していたナツだったが、午後になる頃にはようやく慣れたのか、周りの事は気にしないことにしたらしい。


 そして天野が学園を退学していた事も噂になり、ナツにフられたから学園に居づらくなっただの、親の仕事の都合で急に転校する事になっただの。色々な噂が広まっていた。

 まあこちらからわざわざ真実を話す必要もないし、俺達は知らないフリを決め込んでいたが。


 ――そしてその日の放課後


「しょうちゃん、一緒に帰ろ!! あ、お母さんが晩御飯一緒に食べようって言ってたよ? だから後でしょうちゃんの家に行くからね?」


 と、ナツが俺に声をかけて来た事がトドメとなった。


「お、おい。七海がアイツの家に行くって……」

「あ、俺聞いたぞ。実は天野と七海は付き合ってなかったらしい」

「マジかよ!! じゃあ俺にもチャンスあるじゃん!!」


 周囲がどんどん騒がしくなって行き、男子生徒達がナツへと群がっていく。


「七海さん、前から好きでした!! 俺と付き合ってください!!」

「あ、お前抜け駆けかよ!! 七海!! 俺と!!」

「天野と付き合ってなかっただって!? じゃあ俺と友達から……」

「え? え?」


 混乱するナツをよそに、今までの鬱憤を晴らすかの如く、人目を憚らずに次から次へとナツへ告白する男子生徒達。


「あ、小兄居た!! 一緒にかえろー!?」

「小兄様。今日も一緒に帰りましょう」


 混乱に拍車をかけるかのように、光と亜咲までやってくる。


「おいアイツ七海さんだけじゃなくてあの子達まで」

「どうなってんだよちくしょう!! 天翔ならともかくなんでアイツが!!」


 もはや教室は興奮の坩堝と化し、混乱は収まるところを知らない。


「ひ、光ちゃんに亜咲ちゃんまで、しょうちゃんとは私が――」

「だったら夏希おねーちゃんも一緒に――」

「あ、それは良いですね。私は別に何人になっても――」


 などと俺に向けられた敵意を関係ないというように三人で話していた。


「まったく、モテモテだな小吾」

「お前は黙ってろ」


 ――二年振りに再会した幼馴染には、どうやら彼氏がらしい。

 というのは勘違いと分かり、解決に至ったわけだが――


「またアイツ天翔君にあんな口を!!」

「なんであんなに偉そうなの!?」


 もはやクラスのみ留まらず、学年全体から敵認定されたような様相に、思わず苦笑を漏らす。


「七海、俺と!!」

「いいや俺と!!」

「ちょ、ちょっと待って、私はしょうちゃんと――」


 加えてナツに群がる男子達は興奮冷めやらず、次々と告白しては玉砕していく。

 やがてナツは限界に達したのか――


「もう!! こうなったら――」


 ――二年振りに再会した幼馴染には。


「しょうちゃん!!」


 ――どうやら。


「私の彼氏になって!!」

「「「「ええええええええ!!?」」」」

「おいこら!! 俺を巻き込むな!!」


 ――どうやら彼氏がらしい。



【あとがき】

これにて一章完結です。ここまでお読みいただいてありがとうございます!!

ここからは各ヒロインに焦点を当てたお話が続きます。


ちょうどキリの良いところですので、お礼と少しのお願いとなります。

※物語とは関係がないため読み飛ばして問題ありません。


ここまででジャンル別の日間・週間一位を取らせていただいたりと、多くの方々に読んでいただいてとても嬉しく思っています。


また、現在開催中のカクヨムコンテストにも応募中ですので、今後もお読みいただければ幸いとともに、本作のフォロー、またレビュー評価もいただければありがたいです。


レビュー評価は最新話の後ろの「★で称える」と記載されている部分の+マークを押して貰えれば良いようです(決してコメント書けってことはないです)

アプリだと関連情報を見るってところですかね?


今までは宣伝的な事は読むうえで邪魔かなと思ってはいたのですが、せっかくなのでより多くの方々にもお読みいただきたいと思いましたので、この場を借りてお願いします!!


それでは今後ともどうぞよろしくお願いします!!

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