第18話
【前書き】
遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
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「ちょ、ちょっと待ってお兄ちゃん!! 速すぎだよ!!」
連絡の取れない夏希を捜索すべく、家を飛び出した俺達だったが、数分もしないうちに妹のヒナが早々に遅れ始めてしまった。
想定したことではあったが今は悠長にしている暇はないため光に対処を頼むことにする。
「光、頼めるか?」
「はーい、日向ちゃんこっちこっち!!」
俺の言いたい事を察してくれたのだろう。光はヒナを呼び寄せ、地面へとしゃがみ込む。
「え? え?」
「ヒナ、乗るんだ」
「ほらほら、おんぶおんぶ」
余裕のない俺とは裏腹に、楽しそうにヒナへと声をかける光。
きっと彼女も俺の余裕の無さを見て、これ以上焦り過ぎないようにあえて緩くしてくれているのだろう。
……多分。
とは言えゆっくりしている時間はない。ヒナに向かって頷くと、躊躇いながらもヒナが光の背におぶさる。
「な、なんか恥ずかしいな……」
「ヒナ、それじゃ駄目だ」
「え?」
やはり恥ずかしさがあるのだろう。けれど肩に手を乗せる程度じゃ駄目だ。
「光の首を絞めるくらいにしがみついとけ、あと舌を噛まないようにな」
「こ、こう?」
「特急ひかり号!! 出発しまーす!!」
「わっ!! きゃああああ!!」
ヒナがしがみつくように力を入れたのを感じたのか、ふざけた事を言いながら光が走り出す。
いくら背中に乗っているヒナが比較的小柄だとは言え、それでも数十キロはあるわけだから十分な斤量となる。それがしがみついているのであれば、身体の動きも阻害されるだろうし、尚更だ。
にもかかわらず、まるでヒナの重さを感じさせないかのような速度で光が駆けていく。人を一人担いだ光にようやく追いつける程度の自分の体力が恨めしい。
隣を見れば、大輝はまだ余裕があるのか涼しい顔で並走しているのが見えた。
まったく化け物どもめ。頼りになるじゃないか。
体感速度にしてみれば自転車の全力疾走に近い速度だろうか。俺達は速度を維持しながらスマホが示す光点へと向かっていく。
徐々に距離が近付いてはいるものの、電波が悪いのか、はたまたナツが移動しているのか分からないが、光点はまるで俺達から距離を取ろうとするかのように動いていた。
以前からナツは道を覚えるのが苦手だったが、そのせいで幼い頃からスマホの地図アプリを使うクセがついていたはず。
で、あればやはりそれすら出来ない状況なのか、もしくはスマホを落として誰かに拾われてしまったか、だ。
前者であれば一刻も早く駆け付けなければいけないが、後者であればそもそも付近をしらみつぶしに探すしかなくなってしまう。
どちらにしてもあまり良い状況とは言えないだろう。
その時大輝からスマホを手渡された。何故こんな時に?
「小吾、亜咲からだ」
その一言で亜咲が何か手掛かりを掴んだのかと思い、走りながら大輝のスマホを受け取った。
「もしもし、小吾だ」
「小兄様、悪い情報です」
前置きもなく、開口一番に悪い情報だと伝えて来る亜咲。それだけ悠長に話している暇はないという事だろう。
「続けてくれ」
「はい、学園の用務員が七海先輩が学園を出たところを目撃していました。どうやら女性と二人で校門を出たそうです」
女性と? 剣道部の関係者だろうか。それならただの寄り道とも取れるが、何故悪い情報になるのだろうか。
「ですがその後しばらくしてから、天野さんが校門の前を通ったそうです」
天野という名前を聞いてズキリ、と眼の奥に痛みが走る。
「さらに、どうやら天野さんは一人ではなく、学外の男性を数人伴っていたと言っていました。明らかに高校生ではない年齢層の男性もいたそうです」
「つまり、天野がナツを追って行った可能性が高いって事か」
「杞憂であれば良いのですが、おそらくその通りかと。推測の域は出ませんが、小兄様の懸念は当たっているかもしれません」
天野はともかく、亜咲の言っていた男達というところが引っかかる。
最悪の事態を考えればナツのスマホの位置が絶え間なく動いている事にも説明が付く。付いてしまう。
ピンの移動はゆっくりと道を探しながら歩いている速度だとは思えない。時々止まって動かない事もあるが、動き出すとその位置が移動する速度はそれなりのものだった。考えられるとすれば、ナツが走っているだろう事が伺える。
一緒に学園を出たという女性については不明なままだが、家の方向に向かっていない事、走る必要がある事、電話に出なかった事などを総合して考えると、ナツは追われている可能性が高いと思えた。家に急いで帰るためという事も考えられなくはないが……少し無理があるか。
果たして彼女は無事なのだろうか。ある意味ではナツの位置を指し示す点がまだ動いている事が救いだろう。仮に捕まったとしたら一か所に留まっているか、あるいはもっと緩やかに移動するはずだから。
恐らく手遅れには至っていないであろう事を期待するが、どちらにせよ一刻も早くナツを見つける必要がある。居場所を示すピンまではあと僅かな距離だ。きっと間に合うはず、と自分に言い聞かせた。
だがこの距離であればそろそろ姿が見えても良いのではないだろうか。もしかしたら電波の関係などで位置が微妙にズレている? だとしたら後はこの辺りを調べて回るしかないのかもしれない。
そう判断した俺は、当初の予定通り二手に分かれる事にした。
「大輝、光。予定通り二手に分かれよう」
「分かった」
「ヒナを頼むぞ」
「任せとけ。指一本触れさせないさ」
普段なら大輝爆発しろと言っているところだが、こういう非常時には頼もしい限りである。
先ほどの亜咲の情報から察するに、ナツを見つけても荒事になる可能性は非常に高いと思われる。
であれば、こういう時にコイツら以上に頼りになる存在はいないだろう。
俺と光、ヒナと大輝に分かれ、お互いスマホを頼りに左右から回り込むようにナツを捜索する。
それにしても天野という男は何を考えているのだろうか。そもそも本当にナツと天野は付き合っているのか? と、俺の中でそんな疑念が生まれていた。
お互いまだ会話ができていないから何か誤解があるんじゃないだろうか。もちろん前提としては、あの日見た光景が原因ではあるのだけれど。
その時ズキリ、と先ほどよりも鋭い痛みが眼の奥に走った。
だがこの数日間、天野がナツに対して何かしら声をかけているところは見かけたものの、ナツから天野に対して声をかけているところは見た事がない。
むしろそれよりも俺達の方に歩み寄って来ようとしたくらいだ。
実際にはそれも奴に邪魔されてしまった事もあるし、何より俺自身がナツに声をかけなかった負い目はあるのだが……
もしかして俺は勘違いをしてるんじゃないのか? と、これは俺の願望かもしれないがそう思い始めた。
もしそうだとして、視点を変えてみれば奴はナツの都合も考えずに付き纏っていた事になる。
そしてあまつさえこんなところにナツを追い込んでいる事を想像すると、俺は言いようのない怒りを覚えてしまう。
その時、ズグン、と左眼が鈍く疼き、視界にブレが生じた。
「くそっ、こんな時に……っ!!」
「小兄?」
いつもの、いや、それ以上の痛みが襲い掛かって来る。出来るだけ光に気取られまいとするが、痛みは激しさを増す一方で、世界に色が付いていく。赤く、紅く。
俺は咄嗟に左手で目を覆うが、光の動体視力には敵わなかったらしい。光は俺の左目に視線を向け、苦虫を噛み潰したような表情をした。
「小兄……その眼」
「言うな光。今はそれどころじゃない」
いつもの快活さを失い、ただ俺を心配そうに見つめる光。
恐らく彼女は理解しているのだろう。何故この眼が赤く光っているのか、その理由を。
「……なら後で。絶対話して貰うからね」
「ああ、それでいい。今はとにかくナツを……」
痛みに耐えながらナツを探す。もはや左半分の視界は赤一色に染まっており、何も見えないというわけではないが何かを捜すには不向きな状態となっていた。
――どこだ。ナツ、どこにいる。
必死で周囲を見渡すが、注意力も散漫になっているためか、ナツを見つける事が出来ない。
俺は焦燥に駆られ、徐々に冷静さを失っていく。
「――やっ!!」
「っ!!」
今、僅かに人の声が聞こえた。若い女性の声だったように思える。
きっとナツに違いないと、俺は半ば確信していた。
「光!! 聞こえたか!?」
「うん、あっ!! 小兄あそこ!!」
光が指を差す方向に右目を向ける。
まだはっきりとは見えなかったが、誰かが誰かを後ろから拘束している姿が見えた。
そして拘束されている相手に向かって正面の人間が手を伸ばしていく。
――そう認識した頃には既に走り出していた。
「小兄!?」
急に走り出した俺を見た光が声を上げる。すまない光。今は声を返す余裕がない。
「やめて!! しょうちゃん!! 助けて!!」
今度ははっきりと聞こえた。
ナツが俺に助けを求めている。だとしたらコイツらは――敵だ!!
「アァアアアア!!」
左眼の痛みを振り払うかのように雄叫びを上げながらナツを拘束する男へと向かう。
幸いにも瞬発力だけは重点的に鍛えられたおかげか、相手は俺に反応する暇もなく、俺の接近を許してしまう。
俺はそのまま相手の顔を鷲掴みにし、地面へと押し倒した。
何が起こったのか理解出来ないといった様子の男の表情が見えたが、俺はそれに構わず男の頭を少し引き寄せ、勢いを付けて後頭部を地面へと叩きつけた。
男が意識を失った手応えを感じた俺は、男から手を離し、ナツの正面に居た男へと向かっていく。
男はそれに気付いたのか、両手を前に突き出して俺を止めようとする。
が、ただ前に出された手など何の意味もない。俺はそのまま男の腕を振り払い、右手で相手の喉を掴んだ。
未だ左眼の疼きは消える事無く、今にも叫び出したい程ではあったが、俺に喉を掴まれている相手の顔を見た瞬間、俺の感情は憤怒へと変わり、続いて脳を焼くような痛みが俺を襲った。
何故なら俺の目の前に居た男こそが、あの天野だったのだから。
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