第二章--九条亜咲編--

22話

「あ、おはようしょうちゃん」

「あー……おはよう……?」


  予想していないわけではなかったが、やはり今日も我が幼馴染様が来ていた。朝の挨拶をかけられて寝ぼけながら返事を返す。高校生にもなって幼馴染が起こしに来るとかそれなんてラノベ? と言いたいところではあるが、朝に弱い自分としては流石に来るなとも言えない。

 そして俺の勝手な予想ではあるが、これはもう毎日来るんじゃないかと思う。実際あれから毎日来てるし。


「ほら、朝ご飯の用意してあるから、早く顔洗ってらっしゃい」

「うーい……」


 お前は俺のオカンか、とツッコみたくなったが、まだ寝起きで身体も少し怠いため、雑な返事をするに留め、昨日と同じようにリビングを抜け、洗面所へと向かう。


「おはようございます。小兄様」

「おはよ……うぇ?」


 思わず変な声が出てしまった。

 というかなんでお前がうちに居る?


「どうしました? 変な物を見るような顔をして。まるで"なんでお前がここにいるんだ"というような」

「まるで、というかそのまんまだ。亜咲、なんでお前が俺の家にいる」


 ナツの場合は元々近所だし、学園に向かう上でも別に遠回りになるわけじゃないから、まあ分からなくもない。

 いや、わざわざ早起きして朝ご飯の用意をしてくれているのだから、それはそれで自然かと言われればどうなのかとは思うが。

 だが亜咲の場合、俺の家に来ようとすると学園を跨いで来ることになる。


 なのに朝から俺の家に来るとは、もしかして何か問題でもあったのだろうか。


「せっかくですから小兄様と一緒に登校しようと思いまして」


 問題なんてなかった。いや、ある意味問題だらけだが。遠回りってレベルじゃねーぞ。


「いや、俺の家と亜咲の家って学園跨いで逆側だろ? なのになんでわざわざ——」

「あら、小兄様は私と登校するのが不服ですか?」


 と、わざとらしく首を傾げ、人差し指を頬に当てて尋ねてくる始末。きっとこういうのをあざといって言うんだろうな。


「不服もなにも……」

「小兄様、どちらにしても早く支度しませんと遅刻してしまいますよ?」


 てめえ亜咲この野郎。


「あ、しょうちゃんまだこんなところにいる!! ほら、早く顔洗ってご飯食べて。本当に遅刻しちゃうよ?」

「いやナツ。お前は亜咲がココに居るのおかしいと思わないのか?」

「え? だって亜咲ちゃんと約束してたんでしょ?」

「は?」


 おかしい。そんな約束は一言も——


「どうやら小兄様は覚えてないようですね。亜咲は悲しいです」

「しょうちゃんひどい……」

「待て待て、俺はそんな約束した覚えは——」

「学園に編入する時に言ったはずですが?」


 え? そんな前に?

 記憶を遡ってみるが、やはりそんな約束をした記憶はなかった。


「いや、やっぱり一緒に登校するって約束は……」

「おかしいですね。確かに言ったはずですよ? "私と一緒に九条学園に通いませんか?"と」

「ああ、それは確かに……ってそういう意味かよ!?」


 確かにその言葉は覚えているが、それはあくまで亜咲が九条学園に編入するから一緒にどうか。という意味合いで捉えていた。

 が、確かに一緒に登校するという意味にも解釈出来なくはない。出来なくはないが、あのタイミングで一緒に登校するという意味まで深読みなんて出来ないだろう。ふつう。


「まあまあ、来てしまったものは仕方がないのですから、とりあえず小兄様はとっとと支度を済ませやがってください」

「しかも意外と辛辣だなオイ」


 とは言え時間がないのは事実なので、俺は反論を諦めて洗面所へと向かう。どうせ亜咲相手に口で勝負したって勝てっこないのは分かってるし。

 洗面所で手早く顔を洗い、歯を磨いてリビングに戻る。

 リビングに戻れば昨日同様、テーブルに朝食とカフェオレが用意されていたので、ナツと亜咲に見守られる形で用意された朝食を食べた。最近カフェオレばっかり飲んでる気がする。

 人の食事を見て何が楽しいのか分からないが、不快な視線というわけでもないので、少し気恥ずかしさを感じながら朝食を終える。


「ごちそうさま。じゃあとっとと着替えて来る」


 冷めかけたカフェオレをグイッと飲み干し、制服に着替えるべく部屋に向かった。

 寝間着のTシャツを脱ぎ、ジャージの下を脱ごうと手をかけたところで視線を感じ、部屋の入口へと眼を向けると、そこには亜咲が立っていた。


「どうしました? 早く着替えないと遅刻しますよ?」

「いやそうだけどそうじゃないだろ、なんでついてきたよ。というかナツに止められなかったのか?」

「夏姉様ならこちらに」

「わっ、亜咲ちゃん!! シーッ!!」


 ナツなら止めてくれると思ってたが、どうやら俺は亜咲を見くびっていたようだ。

 どうせアレだろ? 亜咲が上手い事言って味方に引き込んだんだろ?


「とりあえず着替えるから出ていけ」

「なんでしたら手伝いますが」

「良いから出て行きなさい!!」


 と、上半身裸のままで亜咲とナツを部屋の外へ押し出し、部屋の鍵を閉める。まったく油断も隙もありゃしない……

 今度こそジャージの下を脱ぎ、制服へと着替えた俺は、念のために鞄の中身を確認していた。


「どうしよう亜咲ちゃん。しょうちゃん怒っちゃったよ……?」

「夏姉様大丈夫です。アレはきっと照れ隠しですから。今頃小兄様は美女二人に着替えを見られた事に興奮して--」

「び、美女だなんてそんな。私は--」

「謙遜してはいけません夏姉様。光さんもそうですが、夏姉様も十二分に可愛いです」


 亜咲がナツを籠絡しようとしていたので、とっとと支度を終えて部屋を出る。というか二人ともわざわざ部屋の前で会話しなくても良いだろう。


「ほら、支度終わったぞ」

「おや、思ったより早かったのですね。てっきり--」

「てっきり?」

「朝から私達を見て若さゆえの劣情を発散していたのかと--」

「れ、れつじょう? はっさん……!!」

「アホか」


 亜咲の言葉にナツが顔を真っ赤にして狼狽えていた。これはこれで面白い物が見れたとは思うが、これにツッコめばまた反撃を食らうのは目に見えている。

 なので俺はあえて二人を無視するように鞄を手に持ち、無言で玄関へと向かった。

 二人はそんな俺を見て少し慌てた様子でついてくる。どうやら俺が怒っていると思っているようだ。いや、内心怒ってもいいよね? とは思ってはいたが。

 そのまま家を出て、しばらくの間無言で通学路を歩いていた。


「あの……しょうちゃん。怒ってる?」

「小兄様。そ、その……」


 と、二人の不安げな声が聞こえてきた。正直ナツに関しては亜咲に巻き込まれたのは理解しているが、連帯責任である。

 とは言え、反省したのであれば俺も怒ったフリを続ける理由はないので、二人へと向き直る。


「少しは反省したか?」

「したした。ごめんね?」

「申し訳ありません……」


 少し落ち込んだように謝罪の言葉を口にする二人。ちゃんと反省して謝るのであればこれ以上二人を落ち込ませるのも本意ではない。

「特に亜咲。からかうのも良いが人を巻き込むのはやめとけ」

ふぉうひいはま小兄様ひはいへふ痛いです


 戦犯である亜咲にはお仕置きとして軽く頬をつねっておく。女の子の顔に、とか暴力だ。とか言われようが罪には罰を、だ。

 仲が良ければ何をしても良いわけではないからな。


「これに懲りたら程々にしておくようにな。ナツもいくら相手が亜咲だからって流され過ぎは良くないぞ」

「うぅ……分かった」


 説教とまではいかないが、二人を諭すように注意をしてから、二人の頭に軽く手を乗せる。流石に頭を撫でるのは恥ずかしいので、乗せた後はすぐに手を退けた。

 きっとこういう事を恥ずかしがらずに出来るのは、大輝のようなイケメン連中だろう。


「じゃあ気を取り直して行くとするか」

「うん!!」

「はい!」


 亜咲まで元気な声を出してきたのは少し意外だったが、機嫌の直った二人と共に、他愛のない話をしながら学園へと向かう。

 少しずつだが日常を取り戻してきたのかと思い、なんとなく足取りが軽くなるのを感じて学園へと向かっていた。


「おい、アイツまた……」

「あの子って先週転校してきた子だよな? なんでアイツばっかり」


 --が、数秒足らずで足取りが重くなるのを感じた。だってこの状況って別に俺が悪いわけじゃないよね?

 どうやらまたしばらくの間は噂されるんだろうな。と、俺は朝から軽いため息を吐くのだった。

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