第13話

「ところで光ちゃんと亜咲ちゃんは剣道部に入る気になってくれた?」


 昼食を終え、食後の雑談タイムとなった。

そういえばこの間聞いたな。ヒナに連れられて部活動の見学に行ったんだったか。光め、ちゃんと断ってなかったのか。


「んーとね……興味がないわけじゃないんだけどやめとこうかなって」

「そっかぁ……亜咲ちゃんも?」

「私は元々そこまで興味があるわけではなかったので」


 うおバッサリか。なかなか辛辣だな亜咲のやつ。まあ変に期待を持たせないという意味では良いのかもしれないが……


「残念だなぁ。体育の時に見たけど、二人とも運動神経すごくいいし、きっとすぐに大会とか出れると思うんだけど」

「ごめんね日向ちゃん」

「でももし良かったらちょっとくらい――」


 なおも食い下がろうとするヒナ。せっかく出来た友人なのだから一緒に頑張りたいという気持ちは分からないでもないが、俺としてはこの二人が剣道部に入ったら入ったで、色々と問題が起きる気しかしない。

 だから俺は余計なお世話と分かりつつも口を出す事にした。


「亜咲はまあはっきり断ってるからまあいいとして、光を誘うのだけは止めとけ。あ、ついでに大輝もやめといた方がいいぞ」

「ついで」

「うーん、きっといい選手になると思うんだけどなぁ。あ!! お兄ちゃんだって剣道再開出来るんじゃない!? また一緒にやろうよ!! 夏希お姉ちゃんだってきっと喜ぶよ!!」


 邪気のない顔を向けられて思わず顔を背けそうになってしまう。


「すまんヒナ。俺ももう剣道を続ける気はないんだ」

「なんで? せっかく足も治ったんだし、また一緒に――」

「口で言うより見せた方が早いよな。光、大輝、ちょっと手伝ってくれ」

「なになに? 何すればいいの?」

「ちょっとここで待っててくれ」


 言い残して俺は自分の部屋へと戻っていく。確か押し入れの中にあったよな、と記憶を頼りにそれを探す。


「ああ、あったあった」


 目的の物を見つけた俺は、押し入れから包みを二つ取り出し、リビングへと戻る。


「光、大輝」


 もう一度二人の名を呼び、手に持った包みを各々へと放り投げる。それを手に取った大輝は察したかのように俺の方を見るが、俺は頷くに留めた。


「お兄ちゃん。それってお兄ちゃんの竹刀だよね? 見せた方が早いって何するの?」

「二人がどれだけ非常識かは見た方が分かりやすい」


 光と大輝の二人は包みから竹刀を取り出し、改めて俺の方へと向き直った。


「外に出て目立つのもなんだし、ここでやってくれ。但し家具とか壊されたら困るから、お互い踏み込んで良いのは一歩だけ。あと軽くだぞ? 軽くな?」

「おー!! 大兄とやるの久しぶりだー!!」

「まったく、自分でやればいいだろうに……」


 喜々として竹刀をぶんぶん振り回す光と、対照的に半眼で俺を睨む大輝。

 しょうがないだろう。俺がやると数秒も持たないんだから。


「時間は十秒くらいでいいか。適当にやってくれ」

「はーい!! 大兄行くよー!!」

「小吾も言ってたけど軽くだぞ!? 軽く!!」


 オーソドックスに正眼の構えを取る大輝に対し、光はぶらぶらと竹刀を遊ばせている。

 要母さんとヒナは興味深そうに二人を見ているが、恐らく動き出せば印象は変わるだろう。


「よっと!!」

「っ!?」


 光の身体がブレたと思った瞬間、慌てて屈んだ大輝の頭の上を、光の振るった竹刀が掠めていく。

 大輝も負けじと光に向かって斬り上げるが、光は足を一歩下げ、身体を僅かに逸らす事でその一太刀を回避した。

 続いて大輝の伸びた腕を狙って光が下から斬り上げる。だが大輝は竹刀から手を離す事で回避、一瞬竹刀が宙に浮くが逆の手でそのままキャッチ。

 光はその隙を狙って返す刀で上から斬り下ろすが、大輝は掴んだ勢いをそのまま竹刀を素早く上に振り上げ防御、一瞬の均衡の後に光の勢いに逆らわず、攻撃を受け流す。


 それが高速で展開されているものだから、興味津々の様子だったヒナも要母さんも開いた口が塞がらないと言った風に、呆けた表情で二人を見ていた。


 対して光と大輝は家を傷つけないように配慮してくれているのか、床に竹刀を打ち付けたり、派手に動くような事はせず、お互い最小限の動きで攻撃と回避を繰り返していく。

 それはまるで、美しい殺陣を見ているかのようだった。


「よし十秒。二人とも、もういいぞ」


 十秒が経過した頃、俺は二人を止めるべく声をかけた。


「えーもう終わり? まだ全然動いてない!!」

「勘弁してくれ……」


 まだまだ動き足りないといった様子の光と、よほど神経を使ったのか疲れた様子を見せる大輝。実際には余裕があるのだろうが、お礼を兼ねて後でジュースでも奢ってやろう。


「とまぁこういうわけだから、コイツらを誘うのはやめておいた方が良い」


 ヒナに向かってそう言うと、まだ驚きが覚めないのか、何も言わずに首だけコクコクと上下に動いていた。


「次は小兄やろうよ!!」

「やらん」


 意図が分かっているのか分かっていないのか、光は物足りないと言った風に俺にまで声をかけてくる。やなこった。


「けち!!」

「何とでも言え。俺はまだ死にたくない」


「はー……二人とも凄いのねえ」

「凄いなんてもんじゃないよ!!」


 どこか抜けた感想を漏らす要母さんに、強く否定するヒナ。そりゃあんなの見せられたらどっちの気持ちもよくわかる。


「……もしかしてお兄ちゃんもあんな動き出来るの?」

「無茶言うな。俺ならもってあの半分くらいだ」


 あんな人外どもと一緒にして欲しくない。と暗に否定するが、ヒナの態度は明らかに俺に対しても引いていた。

 え? どういうこと?


「私なら最初の一撃すら避けれる気しないけど……」

「それはもう慣れとしか……」


 毎日真剣で首を狙われれば嫌でも慣れるよ!! よく生きてたな俺。


「まあそういうわけだから。光、大輝ありがとうな」

「ちぇー、もっとやりたかったなぁ」

「これ貸し一つだからな?」


 どっちもやなこった。と心の中で呟いて二人から竹刀を回収する。

 それからしばらくはお互いの学園生活やあちらでの事を話せる範囲で話したりしていた。

 ふと外を見れば外は薄暗くなってきており、時計を見ればそろそろ夜になろうという時刻だった。


「あ、もうこんな時間か。そろそろみんな帰らないといけないんじゃないか?」

「ん? ああ、俺は別に構わないけど、明日も学校だしな」


 大輝の心配はしていない。ついでに言えば光の心配もしていないが、仮にも女の子だし、何かあってからじゃ遅いからな。


「そうね、そろそろお暇しないと」

「私は泊まってく!!」

「そうですね。では私も」

「帰れ」


 なんで堂々と男の家に泊まる宣言してんだよ。むしろこっちの方が貞操の危機を感じるわ。


「……お兄ちゃんは一緒に帰らないの?」

「あー、まあ色々と事情もあってな。家事も出来るようになったし、せっかくだから一人暮らしでもしようかと」


 我ながら苦しい言い訳だとは思うが、ヒナには眼の事もおじさんの事も教えていない。

 どちらも既に要母さんにはバレてしまっているが、眼の事を知れば必要以上に心配させてしまうだろうし、おじさんの事を言えばヒナまでこちらの家に住むと言い出しかねないだろう。


「だったら私もこっちで住む!!」

「まあまあ落ち着けって。ヒナは部活だってあるし、まだ高校生活にだって慣れてないだろ? この話はもうちょっと落ち着いてから改めて話そう。な?」

「でも……」


 だがヒナを説得する理由としては弱いのだろう。俺と暮らしたいと思ってくれる事は物凄く嬉しいのだが、今はまだ七海家で平和に暮らしていて欲しい。


「まあまあ、これからは来ようと思えばいつでも来れるんだし、私だってヒナが戻りたいっていうなら反対はしないからね。でも小吾の言う通り、学園での生活が落ち着いてから皆で話しましょう?」


 要母さんがフォローに入ってくれる。こういう時に事情を知ってくれている人がいるのは非常にありがたいと思った。


「うん……」


 渋々と言った様子で引き下がるヒナ。その表情を見て罪悪感に駆られてしまうが、全てを話すにはもう少し時間が欲しい。


「じゃあそろそろ帰りましょうか。申し訳ないけど光ちゃんと亜咲ちゃんは小吾が送って行ってくれる? 私も夏希に今から帰るって連絡しておくから」


 そういえばナツは今日も部活なんだったか。休みの日も練習とはアイツも頑張ってるんだな……


「あら? 出ないわね」

「まだ練習してるんじゃ?」


 確か選手に選ばれたから練習してるんだったか。なら遅くなってもおかしくはない。のか?


「今日は確かに代表選手だけ練習だけど、大会前だから午前中で終わりのはずだよ? だから本当ならもうとっくに帰ってるはずだけど……」


 と、剣道部の状況を理解しているヒナが言った。


「だったら出ないのはおかしいわね。お友達と寄り道でもしてるのかしら?」

「うーん、今日練習に出てる女子選手は夏希お姉ちゃん以外は三年の先輩ばかりだと思うから、どこかに寄り道するとも思えないんだけど……」

「契約次第だと思いますが、家族のスマートフォンなら場所が分かるのでは?」


 亜咲の提案を受け、要母さんとヒナがスマートフォンのアプリからナツのスマートフォンの場所を検索していた。高校生ともなればまだそこまで遅い時間ではないし、心配しすぎかもしれないが……

 そう思いはするのだが、なんとなく嫌な予感がした。こういう時の予感は得てして当たってしまうもので。


「あ、場所が表示されたよ!! ……あれ? ここってどこ?」


 みんなで一斉にヒナのスマートフォンを覗き込む。マップ上に表示されたナツのスマートフォンであろうピンは学園から少し離れた場所にあり、七海家からは全く逆方向に存在する場所を指していた。


「なんでこんなところに?」

「ヒナ、夏希は出かける時にどこかに寄るとかは言ってなかったのよね?」

「うん……今日は午前だけだからって言ってたし、早く帰って来るのかと思ってたけど……」

「この辺りは……うろ覚えですが特に何もなかったと思います。とは言っても車で通った事があるくらいなので詳しくはわかりませんが、通った限りでは寄り道に適したお店などはなかったかと……」


 何故そんなところに? と、たちまち不穏な空気が立ち込める。ただの寄り道だったらまだ良いが、だったらわざわざ何もないところに行くだろうか。


「要母さん、俺達で夏希を探してくるよ」

「……お願い出来る? 本当は親である私が行くべきなんでしょうけど……」

「何かトラブルだとしたら、要母さんやヒナまで巻き込まれてしまうかもしれないし、もしも事件だとしたら大人に連絡が取れた方がいい。仮に荒事ならこっちには大輝も光もいるしね。大輝、光、亜咲。頼んでも良いか?」

「ああ、もちろん」

「私も手伝うよ!!」

「私は……そうですね。お二人のように直接は役に立たないかもしれませんから、周辺の人に日向さんのお姉さんを見た人がいないか聞いてみます。確かこの間小兄様に話しかけようとしていた人ですよね?」


 どうやらその時の事を覚えていたらしい。やっぱり分かっててやってたのか。


「ああ、それで間違いない。頼めるか?」

「小兄様のお願いですもの。その代わりご褒美は貰いますよ?」


 それでいい。と亜咲に首肯する。


「小吾、私のスマートフォンを持って行きなさい。これなら夏希の場所も分かるでしょうから。暗証番号もこの紙に書いておいたわ」

「ありがとう要母さん。でももしナツに連絡が取れるようになった時に困らないか?」

「……お礼を言うのはこっちなんだけどね。こっちは家の電話から夏希に連絡するようにするから大丈夫よ」


 自身の無力を嘆いているのか、力なく苦笑する要母さん。でもこれは彼女が悪いわけではない。


「私も行くよ!!」


 と、ヒナが勢い込んで立ち上がる。正直ヒナも置いて行きたいところではあるが、学園よりも離れた場所となると少し土地勘に自信がない。亜咲には動き回ってもらうことになるだろうし、どうしたものか……


「仕方ない。大輝、頼めるか?」

「俺がか? 小吾と日向ちゃんで行った方が良いんじゃないのか?」

「それだと何かあった時のことを考えた場合、戦力的にバランスが悪い。もちろんこの場所までは四人で揃って行けばいいけど、周辺で見当たらない場合は分かれて探す必要があるかもしれない。お前ならヒナを守りながらでも余裕だろうし、スマートフォンも二台しかない。だったら俺と光、お前とヒナで分かれた方が良い」

「小吾が言うなら俺はそれで良いが……分かった。日向ちゃんの事は任せておけ」

「見つけたらお互いすぐ連絡して合流することを心がければ大丈夫だろ。要母さんは家に戻ってて、ナツは絶対見つけて来るから」


 要母さんにそう告げて、スマートフォンに表示される頼りない点を頼りに、俺達五人は家を出て走り出した。

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