37話

「と、いうわけなんだが」

「なるほど爆ぜろ」


 辛辣過ぎない?


「あはは!! でも二人とも無事に帰って来たんだからいいんじゃないの? ねえ大兄?」

「まあ……それは光の言う通りなんだが……心配していたこっちがバカみたいでな」

「心配かけたのは悪かったと思ってるよ」


 あの後も亜咲がなかなか離れてくれなかったが、皆が心配しているから、と伝える事でようやく解放された。

 で、その翌日、こうして俺の家に集まって事の顛末を話しているわけなんだが……


「それにしても小吾もやるわねえ。まさかお見合いの場に乱入するなんて。夏希、うかうかしてると小吾の事取られちゃうわよ?」

「え!? わ、私は別に……」


 要母さんが皆の分の飲み物を用意しながら、ナツに話を振る。というかそれって俺の前で言って良い事なんだろうか?


「でも……言っていいのか分からないけど」

「ん? どうしたヒナ? 何か気になる事でもあったか?」


 言うべきかどうか迷っているヒナを見て、何か見落としてでもあっただろうか? と気になってしまう。


「えっと、お兄ちゃんが行く意味あったのかな? って」

「ふぐぅ!?」


 い、痛いところを突いてくる……確かに俺が乱入しようがしまいが、今回の件は亜咲の独壇場だったわけで、結果としては変わらなかっただろう。分かってはいるが改めて第三者からも突っ込まれると辛いものがある。


「まあこうなる事は分かってて、私もしょうくんに場所を教えましたしね」


 出された紅茶を優雅に口へと運ぶ美咲さん。なんで貴女がここにいるんでしょうか?


「あら? 私はお邪魔かしら?」

「いやいや、誰もそんな事言ってないじゃないですか。確かになんでここにいるんだろう、とは思いましたけども」


 無論邪魔なはずがない。

 結局俺の出番はほとんど、というより全くなかったわけだが、それでも美咲さんが協力してくれた事には間違いないのだから。


「えっと……生徒会長と亜咲さんはその、あまり仲が良くないんじゃ……?」


 確かに、初対面での美咲さんと亜咲の雰囲気はお世辞にも良いとは思わなかった。が、美咲さんが亜咲の事を心配しているのは分かっているし、亜咲も美咲さんがここにいる事に対して、異論を挟む事もない。

 だったら最初の険悪なやり取りはなんだったんだ?


「それは俺も気になります。美咲さんは俺に亜咲の場所を教えてくれましたけど、だったら最初のやり取りはなんだったんでしょうか?」

「演技よ」


 はやっ!? 少しも間をおかずに言い切ったよこの人!?


「ああ、言っておくけれど、貴方達を生徒会に勧誘したのは本心よ。亜咲の話を聞いて非常に興味が湧いた事も事実だし、それに――」


 美咲さんはそこでいったん言葉を切り、手に持ったティーカップを静かに置いた。


「可愛い従弟の顔も見ておきたかったですしね。残念ながら初対面での印象は最悪だったでしょうけど」

「まあ……」


 実際、完全に敵対したと思ってたからな。とてもじゃないが演技には見えなかったし……

 だが、くすりと微笑みながら、こちらを見る美咲さんの眼差しは優しい。きっとその言葉は本心なのだろう。


「あ、ちなみに九条学園の生徒会長の伝統も嘘だから」

「え?」


 えっと、伝統っていうと、代々九条学園の生徒会長は九条家が人間が務めるってアレか?


「少し考えれば分かる事なのだけれど……代々と言っても、私の前は父まで遡るのよ? 二十年、三十年に一回の出来事に伝統も何もないでしょう? まあ兄弟がいれば何年か連続する事はあるかもしれないけれど、それは伝統ではなく、個人の実力によるものよ」

「言われてみれば……でもなんで演技なんてする必要があったんですか?」


 別に最初から協力者でも良かったのでは? わざわざ演技までして、険悪さをアピールする意味はあったのだろうか。


「ごめんなさい。それは私がしょうくんを試したかったからなの」

「試す?」


 美咲さんは申し訳なさを滲ませてそう言った。


「ええ、しょうくんが本当に亜咲の事を大事に思っているかどうかを、ね」

「それと演技した事とどういう関係が?」


 なんかさっきから質問ばっかりだな俺。


「しょうくんは最初、私に対して友好的ではない--いえ、むしろ敵とすら思っていたでしょう?」

「それは……そうですね」

「だったら何故、再度私のところに来たのかしら?」

「それは亜咲が学園を休んでる理由を--ああ、そういう事なのか……」


 要は亜咲の事を知るため、仮に敵であっても頼る事が出来るかどうかを試したって事なんだろう。俺自身そこまで考えてなかったと言えばそこまでなのだが。


「まあ演技とは言っても、少しは本心も混ざっていた事は否定しないわ」

「姉さん?」

「だってそうでしょう? 亜咲は元々優秀な子だったけれど、帰って来てからは一皮剥けた、と言えば良いのかしら? どう考えても将来的に抱えておきたい人材なのよ? しかもそれが亜咲と肩を並べられる逸材が揃っているんだから、生徒会に引き込みたいと思っても無理はないでしょう?」


 少し興奮した様子で美咲さんが捲し立てる。そりゃ俺はともかく、光と大輝は超スペックだし、ナツにしたって成績優秀、品行方正で評判も良い……とくれば、やはり美咲さんとしては欲しい人材だろう。


「姉さん、私達は生徒会に入るつもりはありませんからね」

「亜咲に言われなくても分かってるわよ。愚痴よ、愚痴」


 亜咲に窘められ、フンッと鼻を鳴らしながら、先ほどよりやや乱暴にティーカップを手に取る美咲さん。よっぽど惜しいと思っているのだろう。


「なあ、小吾」

「あん?」


 美咲さんと亜咲のやり取りを見ていると、急に大輝から声がかかった。


「従姉弟ってどういう事なんだ?」

「あれ? 話してなかったっけ?」


 確か美咲さんにお見合いの場所を聞いた後、説明したと思っていたが……あ、思い出した。


「お前が俺の事を"ハーレムクソ野郎"とか言ったせいで、肝心なところ説明出来てなかったんじゃねえか!!」

「俺のせいかよ!?」


 あの時にちゃんと説明しようと思っていたのに、唐突に光から問われた事と、コイツが茶化してくるもんだから、肝心な事を説明し忘れていた。


「ったく……ちゃんと説明しなかった俺も悪いんだけどさ」

「小兄って、そういうとこあるよね」

「なんでダメ出し!?」


 唐突な光からのダメ出しに動揺しながらも、俺は改めて美咲さん、亜咲--つまりは九条家と地原家の関係について説明した。


 俺の母さんが九条家の人間だった事。

 昔にも九条家と天野家の縁談があった事。

 そして、天野家と七海家の事。


 正直俺も色々整理しきれていない事が多くて、合間に美咲さんからの補足が入りつつの説明となったが、恐らく三家の関係については説明出来たと思う。

 当然ナツは天野との関係に驚いていたし、当事者である要母さんは表情を僅かに曇らせていたから、あまりナツに知られたくはなかったのかもしれない。

 とは言え、要母さんとしても吹っ切れているのか、話を中断させる事はしなかったし、ナツに関しても天野が二度と目の前に現れる事がない事から、それほど動揺や混乱を招く事はなかったようだ。


 ただなんというか、世間は狭いというべきなのか、それなりに地位のある"家"同士の繋がりが厄介なのかは分からないが、大輝と光を除く全員が、元々何らかの関係があったというのが驚きではある。


 説明が終わってから、皆思うところがあったのか、しばらく無言のままだった。


 --ピンポーン。


 と、唐突に家のインターフォンが鳴った。


「ごめん、ちょっと誰か来たみたいだから出てくるよ」


 皆に断りを入れて、俺は玄関に足を運び、ドアを開けた。


「はーい、と。あれ? 吉田のおじさんじゃないですか。どうしたんですか?」


 我が家を訪ねて来たのはお隣の吉田さんちのおじさんだった。


「急にすまないね。昨日挨拶に来ようと思ったんだけど、小吾くんいなかったみたいだから」

「あ、そうなんですね。すいませんわざわざ」


 昨日も訪ねて来たという言葉に軽く謝罪するが、吉田のおじさんは「こっちの都合だから」と手を振った。


「急なんだけど引っ越す事になってね。その挨拶に来たんだよ」

「えっ!? 引っ越しちゃうんですか!?」

「ああ、もう大きな荷物は昨日の内に業者に運んで貰ったからね」


 初耳だった。確かに昨日は亜咲の件で家にいなかったから気付かなかったんだろう。


「小吾くんも、色々大変だと思うけど、元気に頑張るんだよ?」

「はい、色々お世話になりました」


 両親が亡くなってからは、ほとんど交流がなくなっていたが、お隣さんが居なくなるというのは少し寂しいものがある。


「じゃあそろそろ行かないと……おや?」


 踵を返そうとした吉田のおじさんが、何かに気付いたように足を止めた。


「こんにちは吉田さん、もう出発ですか?」


 後ろから吉田のおじさんに挨拶する声が聞こえた。振り向くとそこには亜咲が立っていたが……知り合いだったのか? まさか吉田さんも実は名家の出だとか……?


「ええ、もう家は空けてありますので……こちらでお会いするとは思っていませんでしたが。小吾くんとお知り合いだったんですね。あ、鍵はこの後不動産会社に返しておきますのでご心配なく」

「分かりました。明日には鍵も交換する予定ですので」

「そうですね。それが良いと思います。では私は家族を待たせてますのでこれで。小吾くん、元気でね」

「は、え? あ、はいおじさんもお元気で」


 なんで吉田のおじさんと亜咲が鍵の話してんの? いや待って、なんか分かりそうだけど分かりたくない。というかどういう事?


「あ、小兄様。言い忘れてましたが--」


 やめて聞きたくない。こわい。


「明日からお隣同士ですね。よろしくお願いします」

「いやなんでだよ!?」


 どうやら予想が的中したらしく、思わず大声で突っ込んでしまう。


「どうしたの小吾? そんな大声出したらご近所に迷惑でしょう?」

「あ、要母さん。いやさっき吉田のおじさんが来て……」

「あら、わざわざ挨拶に来たのね」

「はい?」


 わざわざ挨拶に、という発言をするという事は、吉田さんちが引っ越す事を知っていた。という事だろうか。何故に?


「あら? 小吾には言ってなかったの?」

「ええ、その方が面白いと思いまして」


 むしろ亜咲が引っ越してくる事すら知っていた模様。全く意味が分からないんですが……


「小吾も大変ねえ……あ、亜咲ちゃん。荷物の整理とかは私に任せて貰っていいからね?」

「申し訳ありません。私も明日帰宅したら手伝います」

「良いのよ。これから一緒に生活するわけだし」

「は?」


 今なんて?


「あ、小吾、明日から晩御飯は私が用意するからね?」

「え?」

「要さんも伝えてなかったんですね」

「ええ、その方が面白いでしょう?」


 --なんて?

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