幕間--七海要--

※なろう版とは投稿順を入れ替えています。


--side要--

 小吾達が夏希を捜すために家を飛び出た後、私の義娘である日向の友人、亜咲ちゃんの用意してくれた車で地原家から自宅へと帰宅した。

 心に余裕のなかった私は亜咲ちゃんには悪いが、車を使って夏希の捜索に行けば良いのでは? と思ってしまったが、亜咲ちゃん曰く。


「日向さんはともかく、小兄様達なら恐らく走った方が早く着くかと思いまして」


 との事だった。

 昔の小吾を知っている私としてはなまじ信じがたい内容ではあったが、この場面で彼女が嘘を吐くようにも思えず、今はただ、小吾達を信じる事にした。


 続いて車の中で亜咲ちゃんに携帯電話を借り、警察に電話をした。

 夏希の特徴や最後に居場所を確認出来た所などを詳細に聞かれ、私はやきもきしながら担当者の質問に答えた。

 すぐに捜索に乗り出すとの回答を貰えたため、お願いしますとだけ告げて電話を切った。


 家に帰ってすぐ、夫である巽さんに夏希が帰宅していない事実を伝えたところ、以前の件があったからか、彼は非常に狼狽えた様子でどこかに電話をしていた。

 警察に電話をしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。どこか親しみのある声音で。


「はい、はい。え? そちらもですか? ではもしかしたら一緒に居るのかもしれませんね。こちらも何か分かったら連絡します」


 そんな会話が聞こえてきたものだから、恐らく相手は天野君の父親だろうと推測する。

 警察には既に連絡済みのため、別に彼から警察に連絡する必要がない事は確かではあるものの、何故まずそこに連絡したのかが私には理解が出来なかった。


「どうやら天野さんのところの息子さんもまだ帰宅してないらしい。もしかしたら二人で出かけてるんじゃないか?」


 などと不可解な事を私に伝えて来た。この人はそんな情報で私が安心するとでも思っているのだろうか。


「だったら何故連絡が取れないの? 普通一緒にいると考えるならあちらからお子さんに連絡して貰えれば確認できるんじゃないの?」

「それは……夏希も男の子と二人で居る時に親の電話に出るのは恥ずかしかったんじゃないのか?」

「だとしたら普通男の子の方から相手の親を安心させるために連絡するのが普通じゃないかしら? 私には何故そんな発想になるのかが分からないのだけれど」


 確かに夏希が何かに巻き込まれている。というのは今のところ可能性でしかない。

 だからといってあまりにも楽観的に過ぎる彼の発言に怒りを通り越して呆れてしまう。


「警察には私が連絡しました。それに小吾達にも夏希を捜すようにお願いしてるから――」

「また小吾君か……警察に連絡したのなら、彼に何が出来るというんだ?」

「そうね。でも少なくとも小吾はすぐ夏希を捜しに行ってくれたわ。それで、貴方はそれ以上に何か出来ることがあるの?」


 私が小吾を名を出せば、表情を苦くして彼を貶めようとする。

 どうしてここまで彼の事を認めようとしないのだろうか。昔はそれほどでもなかったと思うのだが。


「だから天野さんのところに確認を……」

「だからそれに何の意味があるの? さっきの電話も確認して貰うようには伝えてなかったわよね?」


 それが何の担保となるのか理解出来なかった私は率直に尋ねた。


「……ともかく、警察が動いてくれているのなら私達には無事を祈る事しか出来ない」

「……ええそうね。今は警察と小吾達に任せましょう」

「ふん、小吾、小吾と君もやけにこだわるな。ああ、確かにこの間あの子を見て驚いたよ。どんどんに似てきたものな」

「ッ!! ふざけないで!!」


 いくらなんでも言っていい事と悪い事がある。

 まるで私が小吾の事をの代わりに見ているような言い草に、言い様のない怒りを覚えてしまった。

 同時に今の発言でどうして夫が小吾を邪見に扱うのか、その一端が垣間見えた気がした。


「そういう貴方こそヒナにを見ているんでしょう!? だから――」


 これは不毛な争いだ。自分でも分かっている。

 彼らの忘れ形見を、彼らの代わりであるかのように見ているという双方の主張。

 お互いにとって大切な人を亡くしたという事実は、私達の関係を歪にして行くのが分かった。


 無論の事だが、私にとって小吾は親友の息子であり、娘の幼馴染である事以外に他意はない。そこにの存在まで混在させられてしまうのは甚だ不愉快でならない。


 それから何を言い合ったのかはあまり覚えていない。だってあまりにも意味のない言い合いでしかなかったのだから。

 思えばこの時にはもう、私の気持ちは決まっていたのかもしれない。


 しばらく言い合った後、話にならないとお互い無言となり、ただただ娘の無事を願っていた。少なくとも私は。

 時計を見れば、まだ地原の家を出てからそれほど時間は経っていない。だが待つ身としては途方もない時間を待たされているような気がしていた。


 ――プルルルルッ。


 と、不意に自宅の電話が鳴る音が聞こえた。

 私は急いで受話器を取り、その声が日向のものであった事を確認し、ようやく見つかったのかと期待を込めて言葉を待った。


「要お母さん? 夏希お姉ちゃん見つかったよ!! ちょっと足を怪我しちゃったみたいだけど無事みたい!!」

「良かった……日向、ありがとう」


 受話器を耳に当てながら、私は一気に身体から力が抜けていくのが分かった。


「夏希は? 電話に出れる?」

「えっとそのぉ……今はちょっと無理かも」


 先ほど無事だと言っていたが、やはり何かあったのだろうか。電話に出れない程の何かが。

 私は急に不安を取り戻してしまい、ヒナに何があったのか聞いてしまう。


「私が言った事は絶対夏希お姉ちゃんには内緒にしといてね……!! 夏希お姉ちゃん、今お兄ちゃんに抱き着いてるから、電話に出るのは無理かも」

「え? ああ、そうなの……」


 再び身体の力が抜けていくのが分かった。我が娘ながらなんとも……と思わなくもないが、その光景を想像して私にも活力が戻っていくのを感じていた。


「まあ無事なら良いわ。小吾には私からもまたお礼を言っておくから。みんな気を付けて帰って来てね」

「うん、警察も来てるから大丈夫。それと犯人なんだけど……」


 と、少しヒナが言いづらそうにするのを感じ取り、私は一つの可能性に思い至る事となった。


「天野先輩が大勢の男の人を連れて夏希お姉ちゃんを追いかけてたって……私達が見つけた時はお姉ちゃんが捕まっていたところだったから、お兄ちゃんがもう少し遅かったら……」

「そう……」


 やはりか。と内心で疑念が確信に変わった。

 何はともあれ、夏希を含めてみんなが無事であるのなら、詳細は後でも良いだろう。


「分かったわ。ヒナもありがとう。疲れたでしょうからゆっくり帰ってらっしゃい」

「うん、亜咲ちゃんが送ってくれるらしいから大丈夫。今から帰るね」

「ええ、待ってるわ」


 なんだかんだで亜咲ちゃんも現場に駆け付けてくれたらしい。あの子達にはしっかりとお礼をしなければならないようだ。


「夏希が見つかったのか!?」

「ええ、無事発見されたそうよ。男の人達に襲われかけてたらしいけど小吾達が助けてくれたらしいわ」

「そうか、小吾君が……」


 夫の安堵した表情の陰に、一瞬悔しさのような感情が見えた。何故素直に喜び、感謝する事が出来ないのだろうか。


「それと、夏希を襲ったのは天野君だそうよ。ヒナが言うには天野君が大勢の男の人を連れて夏希を追いかけていたって」

「……はぁ!? 何を根拠にそんな――」

「根拠も何も現行犯でしょう? それ以上の根拠があるのかしら?」


 どうやら彼には受け入れがたい話だったらしい。


「そんな……何かの間違いだ。彼がそんな事を」

「今は夏希が無事だった事を喜ぶべきで、天野君の事はどうでも良いと思うのだけれど」


 何故夏希が無事だったというのに、夫は顔を青ざめさせているのだろうか。取引先が、仕事がそんなに大事だというのだろうか。


「どうでも良い? そんなはずないだろう!? 明日から私はどうすれば――」

「また、"どうすれば"なのね」


 この瞬間、私は完全に夫への興味を無くしていたと思う。


「そんなもの、勝手に考えて勝手にすれば良いわ。私はもう付き合い切れない」

「……要?」

「ともかく、私は夏希とヒナを迎えてあげないといけないから。貴方とはこれ以上話す事もないわ」


 茫然と立ちすくむ夫――だと信じていた男を尻目に、私はお風呂を沸かし、帰って来たら少し話をしようと、コーヒーを用意する。

 しばらくして、彼はおもむろに動き出し、仕事用の鞄と自分の財布を手に取り、ふらふらと家を出て行った。


「そう、逃げるのね」


 私の声に身体をビクリとさせるが、彼は振り返る事無く家を出て行く。

 ここで何か返答があれば、と思わないでもないが、もはや何を言われたところで関係を修復する事は不可能だろう。


「はぁ、せっかく夏希が無事だったっていうのに。一難去ってまた一難、ね」


 まずは娘達を迎える事が大事だろう、と自分に言い聞かせて、私は彼女らの帰宅を待つのだった。

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