34話

【前書き】

すいません大変お待たせしました。体調も戻ってきたので更新再開します。



「えっと、これどういう状況?」


 --先ほどの亜咲の発言もそうだが、少し状況を整理したい。

 美咲さんに聞いた話では、亜咲が無理矢理お見合い話を承諾させられそうになっているとの事だった。が、どう見てもそんな風には見えない。


 俺の目の前で狼狽している女性が亜咲の母親で、男性は見合い相手とその父親だろう。とてもじゃないが円満に話が進んでいるようには見えない。というよりはなんか疲れた表情してない……?

 まっすぐに俺の事を見ているのは亜咲の見合い相手であろう若い男性だけだった。もちろん若いとは言っても俺よりは年上なのは間違いないが。

 唖然とした表情にもかかわらず、整って見える容姿が少し妬ましい。まあそれはそれとして、だ。


「亜咲、お前何やったの?」


 周りの表情から見るに、おそらく亜咲が何かした後なのだろう。知らない人にいきなり話を聞くわけにもいかず、とりあえず亜咲に今の状況を聞く事にした。


「私は特に何もしてませんよ? ただ目論見が外れて大騒ぎしているだけかと」

「いやそれ嘘だろ」


 悪い事をした奴は大体何もしてないって言うからな。

 そのってやつも外れたんじゃなくて作為的に外したんだろうと予想する。


 とは言え、目論見が外れたってだけで話がめちゃくちゃになるのであれば、それはそれで失礼な話だと思う。

 要するに、このお見合いは何らかの利害関係によるものが大半を占めているという事の証左に他ならないのだから。お見合いとはそういうものだと言われてしまえばそこまでだが。

 というかどんな目論見があったのか知らないが、高校生にしてやられるというのは……この人達が浅はかだったのか、それとも亜咲が狡猾だったのか……あるいは両方なのかもしれない。


「亜咲……ッ!! 勝手な事ばかりして、こんな事許されると思っているの? それにその人は誰なのかしら? 聞き間違えでなければ亜咲さんの伴侶と聞こえたような気がするのだけれど。誰の許しを得て勝手な事をしているの!?」


 亜咲の母親だろう女性が怒りを隠しきれない様子で亜咲へと問い詰める。そういえば突入したら既に現場が混乱していたのですっかり忘れてしまっていたが、後者の発言は俺も気になってはいた。


「母様? 質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、一体誰の許しを請う必要があるのでしょうか?」

「とぼけるのは止めなさい!! こんな……こんな事をして、親の面子を潰してどうするつもりなのですか!?」

「面子を潰した、とはどの事を仰ってるのか分かりませんが。私はただ株式の売買についてお話した事と、お見合いの話は別として既に生涯を歩む方を決めている。というだけの話ではありませんか」


 前者の株式の売買? についてはよく分からないが、後者については俺にとっても聞き捨てならない台詞ではある。

 が、今は母娘の話ではあるし、聞く事なら後でも出来るので黙っておく事にした。


「じゃあ貴女は最初から……」

「ええ、は承諾しましたが、縁談については承諾した覚えはありませんし」


 相手からすればよくもいけしゃあしゃあと、といったところだろうか。

 実際俺から見ても自分より倍以上年齢を重ねた相手に対し、平然と物申している亜咲は空恐ろしく感じる。間違いなく、俺なんかは口では勝てないだろうな。勝った事ないけど……


「そうですか……貴女がどういうつもりかはわかりませんが。良いでしょう。この事は家に帰ってから家族で話を--」

「--不要です。既には承知の事ですから」

「……どういう事かしら?」


 御三方、という言葉に亜咲の母親がピクリと反応する。


「どういう事も何も言葉の通りですが。お爺様、お父様、そして美咲姉さん。先代、当代、次代の当主様方よりこの話をお断りする事は既に承諾を得ています」

「嘘おっしゃい!! 美咲さんはともかく、お義父様とあの人にこの話の事は……!!」

「こちらがその証明となりますが、ご本人に確認されるのでしたらどうぞ。その際にはこの三方の判断に異議を唱えると同義となりますので、くれぐれもご注意くださいね。母様」


 そう告げた亜咲は胸元から折り畳まれた用紙を取り出し……え、胸元? そこって物入れる場所なの?

 つい呆気にとられてしまい、俺は亜咲の胸元を凝視する形になってしまう。

 亜咲はそんな俺の反応を見て面白そうにしていたので、恐らくわざとなのだろう。あるいは俺が来なかったら別の場所から出せるようにしておいた可能性もある。


 亜咲の母はその用紙を恐る恐るといった様子で亜咲の手から受け取り、内容に目を通していた。

 その紙を読み進めるうちに、徐々に目が見開いて行き、更には紙を持つ手が見てわかるくらいに震えていた。


「これは……!? 亜咲、貴女一体何をしたの!?」

「何を、と言われましても。私はただ御三方にその紙に書いた内容をお見せして、内容にご同意頂いただけですよ」

「こんな、こんなふざけた話があるわけないでしょう!? 何故私に断りもなく--」

「失礼ですが母様……貴女に断りを入れる必要がどこに?」


 もはや他人の前だというのに怒りを隠さない亜咲の母親に対し、ただ淡々と対応する亜咲。

 普段亜咲からあまり家庭の話は聞いていなかったが、亜咲は母親が嫌いなのだろうか? 少なくとも良好とは言い難いのかもしれない。


「私は貴女の母親でしょう? 娘の将来を心配して何が悪いというの?」

「心配して頂くのはありがたいですが、私は自分の将来は自分で決めるというだけですので母様に心配頂かなくても大丈夫です」

「だからといって……九条の家を捨てると言うの?」


 九条の家を捨てる、という言葉には流石に俺も引っかかった。

 一体あの紙に何が書いてあったというのだろうか。


「亜咲、どういう事なんだ?」

「小兄様は気にせずとも大丈夫ですよ?」


 それは答える必要はないと言う事だろうか。あるいは俺に知られたくない内容なのだろうか。

 だが当然ながらその答えでは俺は納得出来るはずもなかった。


「亜咲」

「まあ……納得しては貰えませんよね。分かってはいましたが」


 そう言って少しため息を吐きつつ、亜咲は椅子の横に置いていたハンドバッグから一枚の紙を取り出して俺に寄越した。


「これは先ほど母様に渡した紙の原本です」


 やはり先ほど取り出した紙は俺をからかうための物だったのだろう。恐らく俺が来なかった場合はこっちを出すつもりだったに違いない。

 それはともかく、亜咲に手渡された紙の内容に目を通す。


 恐らく亜咲の手書きなのだろうか。文字は整った字で書かれており、とても自分より年下の女性が書いたとは思えない達筆ぶりだった。


 ええと。--九条亜咲(以下甲と記す)は、九条家(以下乙と記す)に対する相続権を放棄し、ここに乙の法定相続人としての効力を喪失するものとする……っておい!?


「亜咲、これって」

「はい、見ての通りですが、私は九条家の相続権を放棄しました」

「いや、見ての通りって……そんな軽々しく決めていいものなのか?」

「私にとってはそれほど執着するほどのものでもありませんし、それにもう既に頂くものは頂いてます。小兄様、最後までちゃんと読みましたか?」

「あー、っと。冒頭部分の衝撃が大きすぎてまだ読んでない」


 亜咲に促されて全文に目を通す。そこには俺にはよく理解できない小難しい言葉が並んでおり、いくつかの会社名や何かの品名? のようなものが並んでいた。


 --尚、本日以前に甲が乙より贈与された金銭を含む資産、及び権利については遡っての返還の必要はなく、乙は甲に対して請求しないものとする。


 こういった小難しい文書に目を通す機会はあまりなかったため、言葉通りの理解しか出来ない。理解できたことと言えば、要するに今後亜咲は九条家から貰うものはないが、今まで貰った物は返す必要はない。という事か?


「読み終わりましたか?」

「ああ、今読み終わった」

「先ほども言いましたが私はもう既に頂くものは頂いています。小兄様を養えるくらいには蓄えもありますし、そこは心配しなくても——」

「そんな心配はした事ないし、普通は逆じゃないのか?」

「つまり小兄様が私を養ってくれるというわけですね」

「バカ、言葉の綾だ」

「ふふ、私はどちらでも良いですよ?」


 ふんわりと柔らかな笑みを浮かべる亜咲。まったくもってこの場にそぐわないと思ったが、こんな表情をされてしまっては文句も言い辛い。


「というわけで私は小兄様と幸せになりますので。行きましょう? 小兄様」

「お前は本当にブレないな……」


 母親も含めてもはや眼中にないのか、俺を引いて早々にこの場を去ろうとする亜咲。ってあれ? 俺ここに何しに来たんだっけ……?


「ま、待ってくれ!!」


 その時、後ろから俺達を引き留める声が聞こえた。


【あとがき】

小吾くん何しに来たの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る