31話
「で、ノコノコ帰って来たと」
「言い方」
結局俺は答えが出せないまま生徒会室を後にした。
仮に最後の質問が"どう思っているのか"であれば、大切な仲間だと答えていただろう。そう思っている事は本心なのだから。
だが美咲さんは"どうしたいのか"と言った。つまり今現在の話ではなく、将来的な話も含めての問いかけなんだと思う。
「あのなぁ小吾」
考え込む俺を見かねてか、ふぅ、と溜め息を吐いて大輝が声をかけてきた。
「難しく考えすぎなんだよ。そもそもが」
「いや、そうは言うけどだな……」
俺が亜咲をどうしたいかだなんて、そう簡単に答えが出せるものじゃないだろ?
俺だって亜咲がお見合いなんて嫌がっているだろう事くらいは想像はつく。自信過剰と言われるかもしれないが、毎日のようにアレだけ分かりやすく亜咲から好意を向けられて、実は今回のお見合いに前向きだ、なんて聞いたら逆にショックを受けるかもしれない。
「あのね、小兄」
「どうした光--待て、なんで拳を振り上げる」
まるで俺を殴ろうとしてるみたいじゃないか。冗談でもお前に殴られると相当痛いんからやめて欲しいんだが……
「あ、まだ叩いたりしないよ? ちゃんと答えたら許してあげる」
「まだってお前な……」
それってつまり後で殴られるわけだろ? ちゃんと答えたらって言うけど一体何を質問する気なのか……
「小兄は私達の事どう思ってるの? あ、私達って言っても大兄はどうでも良いからね」
いつになく真面目な声音で俺に尋ねる光。それだけにどうでも良いと言われた大輝が哀れでならない。
まあそれは良いとして、俺が光達の事をどう思っているか、か。
「そりゃもちろん大切な仲間として――でっ!?」
思っていた事を口にしたら光の拳が振り下ろされた。なんでだよ? 俺も真面目に答えたんだぞ?
「それは分かってるよ!! じゃなくて、女の子としてどう思ってるのかっていう話!! 亜咲ちゃんに対して、夏姉や私に対しても!!」
それはつまり異性としてどうか、という事だろう。いつか聞かれるだろうとは思っていたが、まさかこのタイミングだとは思っていなかった。
俺自身無意識、というよりは意識的にだろうが、今の関係を崩したくなくて考える事を避けてた問題だって事は分かっている。
「そりゃ……三人とも好きだけどさ」
「けど、何?」
「……誰が一番かなんて、今の俺には選べない」
これが傲慢な答えだなんて事は自分が一番分かっている。まるで自分が選択権を持っているかのように答えた自分に嫌気も差すというものだ。
だけど三人から寄せられる好意に気付けないなんて、いくら鈍感な人間だってあり得るはずがない。
これが俺の勘違いならまだ良い。俺が恥を掻いて終わりなのだから。けれど恥をかかせる事だけはしたくない。
「小兄、何言ってるの?」
「え?」
俺の答えに対し、光は呆れたような視線を向けて来た。もしかして俺は本当に勘違いしていたのだろうか。
「あ、ああすまん。そうだな、勝手に選ぶとか言ったけど、三人に好かれてるだなんてとんだ思い上がりだよな」
「大丈夫、そこは合ってるよ!!」
何が大丈夫かは分からないが合ってたらしい。
ただこうもハッキリ言われると、かなり恥ずかしいものがある。
なんとなくナツの方へと視線を向けてみると、顔を赤くしながら俯いているのが見えた。そうだよな、いきなりこんな話されたら恥ずかしいよな……
「じゃなくて、なんで一番を選ばなきゃいけないの?」
「どういう事だ?」
光の言っている事が今一つ理解出来ない。倫理的と言えばいいのか、常識的にと言えばいいのかは分からないが、一人を選ばないのはその、不義理というやつなんじゃないだろうか。
「じゃあ選ばれなかった人は小兄の事を諦めないといけないの?」
「え……っと、それは……」
よくある話で言えば諦めてくれと言うべきなのだろう。どんなに相手を思っていようが、報われない恋を続けろというのは、あまりにも残酷ではないだろうか。それがせめてもの誠意というやつなんだと、頭では理解している。
「別に私は小兄が好きだからって結婚したいってわけじゃないよ?」
「結婚ってまた飛躍したな」
結婚という具体的な言葉まで出てしまってはどうしても意識せざるを得ない。もっとも、光は結婚したいわけではないと言っているが。
「私は小兄と一緒に居たいだけ。それとも小兄は私達の誰か--ううん、別の人かもしれないけど、誰か一人を選んだら私達と離れたいの?」
「そんなわけないだろ!!」
流石にその言葉には俺も声を荒げてしまう。光や亜咲、ナツの誰かと離れたい? そんなわけが--
--ああ、そういう事か。
自覚してしまえば胸にストンと何かが落ちる感覚があった。そんな俺の様子を見て、光は満足気な様子で頷いていた。
「ねえ小兄? 私達って普通じゃないよね?」
その言葉の意味するところは俺でも察する事が出来た。特に大輝と光に関しては元々普通の枠を飛び越えているし、俺ですらあの経験を経て普通とは言えなくなっている。
「だったら価値観だって普通じゃなくても良いんじゃない?」
「わ、私は普通だよ?」
ナツよ、そこは空気を読んでおけ。言いたい事は分かるけども……
「もちろんやっぱり小兄が誰か一人を選ぶのならそれはそれで良いよ。でも今は違うよね?」
「ああ……少なくとも今は誰かを選ぶなんて出来ない」
それが俺の正直な気持ちだった。
不義理だと言うのならきっとそうなのだろう。傲慢だと言うのならそれも間違いではないのだろう。
「それにまだ私達高校生だよ? そんなに急いで大人にならなくても良いんじゃない?」
「……そうか、そうだな」
いずれ誰か一人を選ばなくてはならない時が来るかもしれない。
でもそれは今である必要はない。何故なら俺達はまだ子供なのだから。
どうやら俺は、これまで薄汚い大人達の中に混ざっていたせいか、自分まで大人になったつもりでいたらしい。
「うん、だったらもうやる事は決まってるよね!?」
「分かってる。亜咲をとっ捕まえて学園に引っ張り出す。だろ?」
俺の答えに満足したのか、光は満面の笑みで大きく頷いた。
「一応美咲さんからお見合いの日取りは聞いてある……といっても明日だから急がないといけないな」
とは言え、別に何か準備するものが必要というわけじゃない。
光の言った通り、俺達はまだ子供だ。だったら子供らしくわがままを通させて貰うとしよう。
もしかしたら何故来たのかと亜咲は怒るかもしれない。だが俺だって亜咲に言いたい事はある。
俺達を巻き込まないためかもしれないが、勝手に自分で決めるんじゃねえ、と。そう言ってやろうと、俺はグッと拳を握り込んで決意を新たにする。
「えっと、しょうちゃん? 美咲さんって生徒会長だよね? いつの間に名前で呼ぶほど仲良くなったの?」
「あ」
そういえばまだみんなには話してなかった事を失念していた。
「なあ小吾よ?」
「どうした大輝?」
大輝が何かを言いたそうに俺に声をかけて来た。きっと協力してくれるとかそういう事を--
「モテモテだな。よっ、ハーレムクソ野郎!!」
俺は握り込んだ拳を大輝に向かって振り下ろしたのだった。
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