32話

--side亜咲--


「亜咲さん、そろそろ出発しますよ。事前に教えた通り、先方の事は把握していますね?」

「はい、もちろんです。母様」


 母様から出発する旨を伝えられ、私はそれに逆らう事なく外へと向かう。

 学園を欠席し始めてから四日目の今日、私が向かうのはお見合いの相手が待つ某有名ホテル。

 天野家との婚約を破談にした際、いずれは新たな相手を用意される事は想定していたが、母の暴走とも呼べる性急さで今回の運びとなりました。


 父様からはこの話を聞いていなかったので、恐らくは母様が勝手に決めた事なのだろう。事実、九条家現当主である父様と未だ影響力の強い先代であるお爺様が不在のこのタイミングで、お見合いを行うというのもおかしな話です。

 恐らくこの事が父様に知られれば母様は何かしらの叱責を受けるのでしょうが、それでも縁談とは相手があっての話。


 いくら父様やお爺様が反対してくれたとしても、相手方が前向きであればあるほど断った際の影響は大きくなる。九条家は何度も縁談を持ちかけては破棄をする。など少なからず外聞が悪くなってしまう事でしょう。

 だからこそ母様は今日の内に話を纏めてしまい、父様達が戻ってからでは断る事が難しい状況を作りたいのだと思います。

 実際のところはそんなもの、私が固辞してしまえば良いだけではあるので、そもそもが破綻した浅知恵ではありますが。


 恐らく母様も私が拒否すると予想はしていたのでしょう。私が相手方と会う事を了承した事が意外だったか、驚いた表情をしていたのを覚えています。


 もっとも、相手が誰であろうと私が縁談を受けるつもりはありません。私は小兄様だけを愛しているのですから。

 私がこのお見合いの場へ向かうのは、あくまで相手方の面子を潰さない事と、それから--


「お嬢様、お足下にご注意ください」

「ええ、ありがとう」


 考え事をしていると使用人の一人に注意を促されました。考えは既に整理できているため、意識を現実に引き戻して車の後部座席へと乗り込みます。隣には母様が座り、もう何度目となるのか私に言い聞かせてきました。


「亜咲さん。大丈夫とは思いますが、今回のお見合いは家の発展の為にも大事な機会なのです。先方に失礼のないよう、九条家の一員としての振る舞いを期待していますよ?」


 要するに相手に失礼な事を言うな。という釘を刺しておきたいのでしょう。あるいは相手が乗り気であればその話を断るな。という意味合いも含んでいるのかもしれません。

 結局のところ、母様は未だに私の事を九条家の部品としてしか見ていないのでしょう。

 事実、天野家との縁談も母様が一枚噛んでいるという情報も既に入手済みです。


 九条家の発展のため……というのはまったく嘘ではないのでしょうが、恐らく相手方から何かしらのメリットを提示されている。あるいは提示させたのでしょう。例えば先方の経営する企業の役員として迎えるなどがすぐに思いつくひとつでしょうか。


「本日お会いする四條しじょう家は、天野家からすれば少し格は落ちますが、それでもお相手として十分な家柄である事に違いはありません。それに九条の遠縁でもあるのですから、お話が纏まれば九条家の結束はより強くなる事でしょう」

「そうですね」


 だが私からすれば、どれだけ相手の家柄が良かろうが何の魅力も感じない。そもそも九条家の次期当主は美咲姉さんであり、家の結束が強くなったところで私が何か得をするかといえばそうでもないのですから。

 結論から言えばこのお見合い自体には興味はありません。母様への返事も淡泊な相槌を打つだけに留めました。


「それに先方はとても好青年だと聞いています。年齢は少し貴女より上ですが、亜咲さんには包容力のある男性が良いと思いますし、お互い相性も良いはずです」

「そうですか」


 何をもって相性が良いのか分からないませんが、ふと私は小兄様の事を思い浮かべました。

 私の皮肉を受けながらも一度も拒絶した事のない彼は包容力がある……と言えなくもないのでしょうか?

 まあ私自身、どこまで許されるのか彼を試している節があるので、そういう意味では彼に甘えているとも言えるのかもしれません。


 先日小兄様の家で久しぶりに彼に甘えた事を思い出しました。

 小兄様が私や光さんに対して劣情を抱かないようにしているのは知っていますが、それでも時々私の胸元に視線が向く事があります。なんとか見ないようにしている姿を見るのは可愛いものですが逸らした時の不自然さでバレバレです。

 なので彼の腕を取り、私の唯一の武器でもある、この無駄に育った胸に彼の腕を挟んでみましたが、効果は上々だったようです。


 嫁入り前の娘がはしたないと思われるかもしれませんが、仮にそれ以上の行為があれば、私としては即嫁入りする覚悟はあります。だから何の問題もありませんね。むしろ既成事実が出来てしまえば万々歳です。

 ただ最近では夏姉様という新たなライバルも登場したため、私自身、少し功を急いでいる感があるのも否めません。もっとも、夏姉様は現時点で恋敵というよりも同志という関係性ではありますが……


「奥様、お嬢様。到着致しました」

「ご苦労様、さあ亜咲さん。行きますよ」


 到着を告げられ、車のドアが開かれる。私は特に返事もせずに母様に続いて車を降りました。

 私達はホテルに入ってすぐのロビーにあるソファに腰かけ、相手の到着を待ちます。


「やあ九条さん。お待たせして申し訳ない」


 --母様とは特に会話もないまま待つ事数分、一人の男性が母様へと声をかけました。恐らくこの人が私の見合い相手の父親なのでしょう。

 一見すれば人の良さそうな人という印象です。が、もっともそれだけの人物でないのは確かなのでしょう。


「いいえ、こちらも来たところですのでお気遣いなく。亜咲さん、この方が現四條家当主の四條俊也としやさんです。さ、ご挨拶を」

「九条家次女の九条亜咲です」


 本来なら本日はよろしくお願いします。とでも言うべきなのでしょうが、あいにくとこちらはよろしくするつもりも、されるつもりもないので、椅子から立ち上がり、名乗るだけに留めておきました。


「これはご丁寧に。しかし噂には聞いていましたがお美しいご息女ですな。正義まさよし、お前も挨拶なさい」


 四條さんが後ろを振り向き、背の高い男性に声をかけた。恐らくこの人が私の見合い相手、という事なのでしょう。


「四條正義です。お会い出来て光栄です」

「正義さんですね。初めまして、九条亜咲です」


 彼は私に柔らかく微笑み、穏やかな声音でそう名乗った。

 なるほど、母様が言った通り好青年、という噂に相違はないのでしょうね。失礼ながら少し値踏みさせていただきます。

 恐らく握手を求めようとしたのでしょう、こちらに手を差し出そうとする気配が伺えたため、私は機先を制するように母様へと声をかけました。


「母様。お互い挨拶も終えた事ですし、予定の部屋へと移動しては?」

「おや、亜咲さんは意外とこの話に前向きなのですかな?」

「はは、だとしたら僕も嬉しいですね。確かにここで立ち話というのもなんですし、部屋に移動しましょうか」


 と、四條親子は私の発言を好意的に捉えたのでしょうか。残念ですが私はこのお見合いを手早く終わらせて帰りたいだけなのです。


「あらあら、亜咲さんも意外と積極的だったのね」


 その流れに乗るかのように母様までそんな事を言ってくる。このまま無言で立ち去ってやろうかとも考えたが、それは流石に何のメリットもないため我慢する事とします。

 そもそもこの話自体、私にとってメリットのある話ではないので、なおの事気分が乗ることはありません。。

 それでは早速、と俊也さんが受付へと向かおうとしたところで、正義さんが声を上げました。


「父さん、受付なら僕が行ってくるよ」

「そうか? すまないな、なら頼む」

「すぐに戻りますので、少しこちらで待っていてください」


 そう言い残して正義さんは受付へと向かいました。なるほど、あれが自然にできるのであれば女性にモテる事でしょうね。


「良いご子息ですのね」

「いえいえ、きっと亜咲さんに良いところを見せたいのでしょう」

「ご謙遜なさらず。ああいう細かい気遣いの出来る男性はきっと良い夫になりますわ。亜咲さんもそう思うでしょう?」

「そうですね」


 肯定とも取れる相槌を打つが、当然頭には、という前提がある事は言うまでもありません。

 その発言がどのように捉えられたのかは定かではありませんが、親同士で話が弾んでいるところから察するに、これも好意的な解釈をされているのでしょう……はぁ、早く帰りたいものです。


「お待たせしました。この方が案内してくれるそうです。行きましょう」


 ホテルの従業員を伴って正義さんが戻ってきました。

 いえ、従業員と言えば従業員なのでしょうが、恐らくこの人は何らかの役職についている人でしょう。

 ロビーにいるホテルマンや受付の方々とも制服が異なる事もありますし、身に纏った雰囲気も違いますしね。


 まあそれもそうか。と一人納得しました。

 私が調べた限りでは、今回の会場として用意されたこのホテル自体、四條家が経営していたはずです。ならば失礼な対応があってはいけないと判断しての事でしょう。


 その従業員は俊也さんに丁寧な挨拶をした後、続いて母様と私に対して一礼し、それでは案内します。と私達の先頭を歩き始めました。

 親同士はこの縁談に盛り上がっているようですが、当事者の私達は特に会話もないまま、エレベータに乗って上の階へと向かいました。


 ほどなくしてエレベータは目的の階層へと到着し、降りてすぐの部屋に案内されました。

 さて、いよいよお見合い開始という事ですね。申し訳ありませんがこの場は上手く利用させていただきます--


【あとがき】

いつもありがとうございます。少し今回から書き方を変えているところがあるのであとがき挟ませていただきました。


ちょっと以前の話もいじらないといけないかもしれませんが、小吾くん以外の視点の場合、そのキャラの性格や口調に合うように地の文も見直そうと思っています。


今までは地の文(心の声的なところ)は、ほぼどの人物も同じ書き方をしていたのですが、急に思いついたので今回からこういう形にしようかと思います。


ついでに宣伝もします。★とフォローよろしくね!!(こっちは一行)

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