第11話

「そういえばお兄ちゃん。夏希お姉ちゃんとはまだお話出来てないんだよね?」

「ん? あ、ああ。ちょっとタイミングを逃してしまったっていうか、クラスの雰囲気的にも話しかけづらくてな……」


 昼食を終えて一息ついていたところに、ヒナから先制攻撃を受けてしまった。


「私に会いに来てくれなかったのもそうだけど、お兄ちゃん気にしすぎだよ。こっちは物凄く心配してたんだからね!!」

「いや……はい。仰る通りです……」


 本来なら真っ先に顔を見せ、無事を報告すべきだったのは分かっていたんだけども……


「ただほら、事情が事情だったから会ったとしてなんて話せばいいか分からないんだよ」


 例えば開口一番に「ただいま。異世界行ってました!! はいこれお土産!!」なんて言った日には、こっちは心配していたのに馬鹿にしているのか。と思われてしまうことだろう。

 とは言え、別の理由をでっち上げたとしてもどこかで矛盾が出てきそうだし、俺の場合は特に足のこともある。いきなり治っていいもんじゃないし。


「うーん……確かに私もまだ異世界だなんて言われても信じ切れないのは確かだけど……」

「だろ? 俺だってみんなに心配かけた事は分かってるし、ちゃんと話はしたいと思ってたよ」


 とは言っても要母さんとヒナの二人には話せたのだから、後はナツに説明するくらいではあるんだが。


「でも夏希お姉ちゃんと同じクラスなんでしょ? 話す機会なんていくらでもあったと思うんだけど……」

「ああ、それなんだけど……」


 休み時間毎に光か亜咲が俺を訪ねて来る事や、天野の話を伝えると、ヒナの表情が曇っていくのが分かった。


「あー……天野先輩かぁ。私あの先輩苦手なんだよね」

「俺も仲良く出来そうにはないな。でもナツと天野はその、付き合ってるんだろ?」

「えーと、んー……、けど」


 なんとも歯切れが悪い答えが返って来た。そういう事にはなってる。ってことは付き合ってるわけじゃないのか? 

 少なくとも天野はナツに対して好意を持ってるようには見えたが。

 もっとも、光や亜咲を侍らせているように思われている俺が言っても説得力はないだろうけど。


「それこそちゃんと夏希お姉ちゃんと話して欲しいんだけどね」

「うっ……結局そうなるよな」


 そうなのだ。結局は当人同士でちゃんと話をしろという結論になる。


「ねえねえ小兄」

「ん? なんだ光」


 俺達兄妹の会話を邪魔すまいとしていたのだろう。今まで口を閉ざしていた光が服の裾をクイクイと引っ張る。


「小兄ってそんなにヘタレだったっけ?」

「は?」


 何を言うのかと思えば唐突なヘタレ呼ばわりである。なんだコイツ、喧嘩売ってんのか? 買うよ? 勝てないけど。


「光さん。違いますよ」

「亜咲」


 流石は亜咲、俺はお前を信じて--


「小兄様がヘタレなのは今に始まった事じゃないと思いますよ?」

「お前もか」


 よろしい。ならば戦争だ。

 と言いたいところだが、ヘタレてる自覚はある上に、戦争となれば一方的に蹂躙される未来しか見えないので黙っておく。

 大輝や要母さんがくつくつと笑っているのが見えた。全員まとめていつか仕返ししてやりたいと思う。


「それにその、夏希お姉ちゃんの事もそうだけど、お兄ちゃん、光ちゃんと亜咲ちゃんとはどういう関係なの?」

「どういうって、さっき話した通り俺達四人は--」

「そうじゃなくて!! どっちかと付き合ってたりするの? それともまさか二人とも……?」


 あー、そういう事ね。妹よ。まだ何も言ってないのに勝手に想像して引いてるのはお兄ちゃん的にちょっとダメージ高いぞ。まあ結構、というかすごく距離感が近いのは確かなんだけども。


「ん? 別に小兄とは付き合ってないよ?」

「私も小兄様とは付き合ってるわけではないですね」


 ヒナの懸念をよそに、あっけらかんと答える二人。うん、まあ付き合ってるかと言えば付き合ってはいない。


「えぇ……? でもほら、大輝先輩に対する態度とお兄ちゃんに対する態度が違うっていうか……」

「大兄の事は好きだよ? でも面白くないんだもん!!」

「大兄様の事は私も好ましく思ってはいます。色々と秀でてはいますし、ですがそれだけですからね」

「小吾、俺泣いていい?」


 この言われようである。ざまあみやがれ。

 まあこの二人の言い分も理解出来ないではない。大輝は超人と言っていいスペックではあるが、それは俺のような平均族から見た印象だ。

 スペックで対等である光からすれば特別な印象はないのだろう。


「まあ将来手元に抱えておきたい人材ではありますが」


 亜咲に至ってはコレである。

とは言え、それは大輝に対する評価であって、二人が俺の傍にいるのかという疑問の答えにはなっていない。


「でもクラスの男子から言い寄られても煩わしそうというか、あんまり相手にしてないよね?」

「だって鬱陶しいんだもん!!」

「見た目だけで言い寄って来られても迷惑なだけですね」


 などとバッサリである。哀れ男子諸君。気持ちは分かるぞ。


 何しろ光は性格も明るく、見た目も可愛いのは事実だ。周囲の女子よりもちょっと身長が低いのもポイントだろう。小動物的な可愛さがある。

 対して亜咲は話した印象では冷たい人間だと思われがちだが、実際には優しい子だ。その上容姿にしてみても、これまた光とは逆の方向で男ウケするのは間違いない。


 やや垂れ目気味の柔和な瞳にゆるふわ系? とでも言えばいいのだろうか。艶のある髪と楚々とした立ち振る舞いは、大半の人が上品なお嬢様と表現する事だろう。

 そして何より目が行ってしまうのは当然その胸部だろう。女子の平均値などは分からないが、制服を押し上げて存在を主張するはもはや装甲、あるいは兵器と言っても過言ではないのかもしれない。


 なのであまりくっつかれると困る。何がってその感触及び周囲の視線的な意味で。


「じゃあお兄ちゃんは?」

「小兄はねー、面白いし安心するから大好き!!」

「好きか嫌いかで言えば愛してますね」

「えぇ……どういう事なの……?」


 そこまで好意を前面に出されると恥ずかしくなってしまうが、元々二人の好意については俺自身認識している。かといって別に付き合っているわけでもない。とくればヒナの混乱も理解出来なくはない。


「まあ、色々あったんだよ……」

「うぅ……いつの間にかお兄ちゃんがハーレムクソ野郎になっちゃった」

「ハーレムクソ野郎」


 実の兄に向かって随分な言い草である。否定出来るかと言えば出来ないけど。


「だったら夏希お姉ちゃんの事はどうするの?」

「どうもこうも……とりあえず話をしてみない事には」

「私が言うのもなんだけど、絶対お姉ちゃんはお兄ちゃんと二人の関係の事気にしてると思うよ?」

「それはそうなんだろうけど、今となってはお互い様というか……」


 言い訳がましくなってしまうが、向こうが俺達の事を気にしているというのなら、俺も同様にナツと天野の関係を気にしている。

 それでも向こうは何度か話しかけようとしてくれていたし、この場合俺の方が悪いのだろう。分かっちゃいるんだけど、な。


「それにもしお兄ちゃんとお姉ちゃんが元通りになったとして、光ちゃんと亜咲ちゃんはそれでいいの?」

「私達?」

「それで良いのか、とは?」

「だからお兄ちゃんに彼女が出来たとしたらそれでも良いのかって事!!」


 元通りになる=ナツと恋人になるというのはいささか飛躍し過ぎな気もするが、妹の鬼気迫る態度に口出しを控えた。ヒナにとってはせっかく出来た友人だし、二人の事を心配しての事なんだろうが。


「え? 別に私は気にしないよ? それで小兄が変わっちゃうなら嫌だなぁとは思うけど」

「私もですね。今までと変わらず私の事も見てくれるのであればそれはそれで」

「想いが強すぎる!? お兄ちゃんはそれでいいの!?」


 ヒナが混乱の極みに達した模様。心中お察しします。


「落ち着けヒナ。二人は俺の事を兄として慕ってくれてるんだ。ほら、俺達今までずっと四人で一緒に生きてきたからさ。もはや家族っていうか」

「え? あ、そういう……そうだよね、だったらまだ――」

「あ、でも小兄様との子供なら欲しいですよ?」

「こどっ!?」


 亜咲ェ……


「あ、私も!!」


 加えて光からも燃料が投下される。ヒナはと言えば顔を真っ赤にして口をパクパクとさせていた。


「光、亜咲。前から言ってるが俺は--」

「あくまで妹として見ている。でしょう? まあ私はそれでも十分ですしね」


 とは言えここまで好意を示されて、ただ馴れ合う関係で良いのかと思う事もある。何度もきちんと折り合いをつけるべきだと考えたことはあるが、これまでが色恋を考える余裕がなかったことは事実としてあった。

 でもだからといって、今更この二人と疎遠になるような選択もしたくはない。うわ俺マジでヘタレなのでは……?


「えっと……私からかわれたのかな?」

「キリがないからそういう事にしとけ」


 これが問題の先送りだと言われてしまえばそうなんだろう。けれど俺はこの曖昧な関係を心地よいとすら思っており、自ら手放すには遅すぎたのだと自覚している。

 まあでもそろそろはっきりさせないといけない頃合いなのかもしれないな。二人のこともちゃんと考えないと……


「ところで小吾、何か相談があるって言ってなかったか?」

「ああ、とは言っても今の会話がほとんどそうだったんだが……」


 改めて大輝にナツにどう切り出せば良いか相談したところ。


「とりあえず放課後にどっかで話す場を作れば良いんじゃないか?」


 なんなら俺も同席するぞ、と言ってくれた。

 いくらヘタレの俺でも流石に二人で話した方が良いだろうと思い、礼を言ってその申し出は断らせて貰った。


 その後はヒナが今までどうしていたとか、俺達がどんな生活を送っていたとか、クラスではどうなのかなど、お互いの情報交換をしながら会話を楽しんだ。




【あとがき】

いつもお読みいただいて本当にありがとうございます。

おそらくこの回が序盤で一番物議を醸しそうな回だと思うので作者的にもそれは理解しつつ、でもやっぱり物語を変えるつもりはなかったので言い訳しに来ました。


言い訳しに来たんですけど、「なんだ結局ハーレムものかよ」って言われると辛いところなんですが、先の展開をネタバレするわけにもいかないので言い訳しようがないことに今気付きました。なので言われても仕方ねえや!!


せめて作者が泣かない程度にお願いしますね……?

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