第17話
【前書き】
夏希サイドはここまでになります。
--side夏希--
「--はぁ、はぁッ……!!」
私は荒れた道を走っていた。どうしてこんな目に……と自らの状況と発端となった人物を呪いながら。
---先輩と別れた後、スマホで帰り道を調べていたところだった。
「ああ、話は終わったのかい。待ってたよ夏希」
「どうしてここに……」
そこには天野君が立っていた。まるで当然のように声をかけてくる姿にはうすら寒さを感じさせる。
「どうしてって、君を送るのは僕の役目じゃないか」
「でも今日の練習は試合に出る選手だけで……それにこの場所だって先輩以外誰にも」
「校門で君達がこっちに来るのが見えたからね。着いて来ただけだよ」
「着いて来ただけって……そんなのまるで――」
まるでストーカーではないか。と言葉を発しようとして。
「今更何を言ってるんだい? 僕はずっと君の事を見ていたじゃないか」
「……え?」
「まあでもそのおかげであの時夏希を助けられたんだから、やっぱり僕のやってた事は正しかったんだよ。あ、別にお礼が欲しいわけじゃないからね。僕が夏希の事を――」
「ずっと……?」
あの日、男が発した言葉に感じた違和感が再び頭をもたげた。
「私の事を見ていたって、いつからなの?」
「もう一年以上も前からかなぁ。たまたま父さんに用があって病院に行った時、初めて君を見てからだよ」
病院、という言葉を聞いて思い出す。
しょうちゃんが入院していた、あの天野病院の事だろう。つまりその頃から彼は私の事を見ていたというのだ。
だとしたらおかしい。先ほど先輩は言っていたではないか。
後輩が天野君と付き合っていたのは去年の事だと。
「……去年別の子と付き合ってたんじゃないの?」
「あれ? 何で知ってるんだい? ひょっとして別の子と付き合ってたから怒ってるのかい?」
「答えて!!」
目の前のこの男が何を考えているのか全く理解出来ない。自ら私の事をストーキングしていたとも取れる発言をして、何故こうも平然としていられるのか。
「怒った顔も可愛いよね夏希は。まあ答えてあげるけど、あの子はただの遊びだよ。夏希が全然僕の事を気にしてくれないから、たまには息抜きにね。僕の友人達も可愛い子と遊びたいって言ってたからちょうど良いかなって」
「そんな……」
「ああ、でも夏希ともそろそろ付き合い始めて一か月くらい経つし、ちょうど友達にも紹介しようかなって思ってたところなんだ」
「……って、ない」
「ん? なんだい?」
「貴方と付き合ってなんかない!!」
流石にもう我慢の限界だった。
本当はもっと穏便に済ませたいと思っていた。仮にも恩人だと思っていたから。
あの男から助けられた事は事実なのだろう。けれど実際には恩人どころかストーカーであり、あろう事か他の女の子まで害している。
「最初から貴方となんて付き合ってない!! それなのにいつも私に纏わりついて!! もうこんな事止めて!!」
「な、何を言ってるんだい夏希」
「もう、もう二度と――」
スゥ、と一呼吸置き、私は言う。
「私に近寄らないで!!」
感情に任せて大声で叫ぶ。
一気にまくし立てて少し息が乱れてしまったが、ようやく言えた。
「夏希……」
「私の事を名前で呼ばないで」
天野君が項垂れ、下を向いてしまうが、私はそれどころではなかった。
一刻も早く家に帰りたい。一刻も早くしょうちゃんに会いたい。
それだけを胸に決心して、私は天野君から離れようとした。
「そうか、残念だよ」
が、意外にも拒絶したことを理解したのか。天野君の声に私は足を止めた。
「出来る事なら乱暴な手は取りたくなかったんだけど、夏希がそう言うなら仕方ないか」
彼の声音に不穏なモノが混ざる。
「みんな、ちょっと予定は狂っちゃったけど紹介するよ。僕の彼女になるはずだった夏希だよ」
この時彼と言葉を交わすことなく、私は急いでその場を去るべきだった。
「あーあ、フラれちまったなぁおい」
「まあいいや。だったら俺達で好きにしちまってもいいよな」
声のした方を振り向くと、どこに居たのか、ガラの悪そうな男達がぞろぞろと出てきて私を囲もうとする。
「それじゃあ夏希、鬼ごっこの時間だよ」
私はその言葉を聞き終える事無く、全力でその場を逃げ出した。
――それからどれくらい走っただろうか。土地勘のない場所を走り続け、もう体力もあまり残っていない。
辺りはすっかり暗くなってしまっており視界も悪い、これなら流石にもう彼等は諦めただろうか、と期待するも。
「おい、居たか!?」
「くそっ、どこに隠れやがったあの女!!」
などと怒号が聞こえ、もっと遠くに逃げなくては、と疲れた身体を無理矢理に動かす。
警察に電話しようとも考えたが、この辺りは街灯もあまりないためか非常に暗い。
もしスマートフォンの光で居場所がバレてしまったら……と考えると、それも憚られてしまう。
――ピリリリリッ!!
その時不意にスマートフォンの着信音が鳴った。急いでマナーモードへと切り替えるが、着信音が鳴った事はなかった事には出来ない。
「おい、あっちから音がしたぞ!!」
どうやら男の一人に気付かれてしまったらしい。このまま隠れてやり過ごせないかと思ったが、男達が集まってから虱潰しに探されてしまえばいつかはバレてしまうだろう。
だったらまだ人数が集まっていない内にと思い、私は慌てて走り出す。
だが限界に近かった体力は数分走るだけで底をついてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
地面に膝をつき、荒い息を繰り返す。
どうして私がこんな目に、と何度も繰り返し、心の中で助けを求めたが、私の逃げる方向が悪いのか、あるいは見て見ぬフリをされているのかは分からない。
もう何時間も逃げ続けているにもかかわらず、人に会う事の出来なかった不運を呪う。
もういっそ諦めてしまえば良いのだろうか。と疲れた身体は心までも疲弊させていく。
けれど諦めてしまってはきっとろくなことにはならない。ようやく向かい合うと決めたしょうちゃんにも胸を張って会う事ができなくなってしまうだろう。
もしかしたら彼は優しく慰めてくれるかもしれない。私のために怒ってくれるかもしれない。
でも私の中には汚されたという事実が一生心の中に残り続けるだろう。
それがどうしても嫌だと感じた私は、疲れた身体に鞭を打ち、必死で走り出そうと足を前に出す。
「あっ!!」
だが私の意志を嘲笑うかのように、疲弊した身体は足をもつれさせ、地面へと倒れこんでいく。
「そこで音がしたぞ!!」
――気付かれた!!
必死に逃げるために立ち上がろうとするが、倒れた際に足を捻ってしまったのか、思うように動けない。
まるで地面を這うように、少しずつ前へと進んでいく。
そんな時、私の前に影が差した。
「おっと、行き止まりだぜ夏希ちゃん」
下卑た笑いを浮かべ、私を舐め回すように男の視線が移動する。
「まったく手こずらせやがって、これはもうキツいお仕置きが必要だよなぁ。おいみんな!! 居たぞ!!」
私がまともに動けない事を見て取ったのか、男は余裕の表情で他の男達が来るのを待っていた。私はせめて泣いてやるものかと男をキッと睨み付ける。
「そんな目で見ても無駄無駄、どうせ一時間も経たない内に逆らう気も起きなくなるからよ」
私の決意を嘲笑うかのように、いや、実際に嘲笑っているのだろう。男は愉快そうに言った。
しばらくすると複数の足音が聞こえ、男達がこちらへ向かってくるのが分かった。
「おー、やっと捕まえたのか。なかなかしぶとかったなぁ」
「こんだけ抵抗されたの久しぶりじゃね?」
まるでゲームでもしているかのように軽い様子で話す男達。口振りから何度も同じような事を繰り返しているのだろう。
「ふふ、ようやく観念したようだね。夏希」
そしてそこにはあの男もいた。今までと同じように私に話しかけて来る事の異常さに、恐怖と嫌悪感を抑える事が出ない。
「つかおい、まだ待たせんのかよ。もうこんだけ集まったんだからいいだろ? とっとと始めちまおうぜ」
「そうだね。まあ僕が最初だから、後は来た順番で良いか」
「お、なら始めるか」
そう言って男の一人が私の腕を掴み、引き寄せる。
「ほっそいなぁ。ちゃんと飯食ってんのかよ」
「ばーか、そういうのはスタイルが良いって言うんだ」
まるで私を品定めするかのように男達の目に晒される。
「じゃあ天野からだな。暴れたら困るから俺が捕まえといてやるよ。つっても後がつかえてんだからとっとと済ませろよ?」
私は目の前に立つ天野君……いや、天野を睨み付ける。
「夏希がいけないんだよ? 最初はもっと優しくしてあげたかったのに、あんな事を言うから」
「誰が貴方なんかに!!」
せめてもの抵抗と思い、決して屈しないと意志を込めて言葉を吐く。
だがこの状態では何を言っても男達を楽しませる要素でしかないらしい。
天野の手が、私の制服へと伸びるのが見えた。
「いやっ!!」
必死で身じろぎしてその手をかわそうとするが、後ろから羽交い絞めにされてしまい、振りほどくことが出来ない。
「やめて!! しょうちゃん!! 助けて!!」
思わずここに居ない彼へと助けを求めてしまう。それでも天野の手は止まる事無く私へと迫って来る。
私はギュッと目を瞑り、しょうちゃん、ごめんなさい。と彼に謝っていた。
――その時だった。
「アァアアアア!!」
雄叫びのような声が聞こえ、私の頬を風が撫ぜた。
その瞬間、私を捕らえていた腕が解かれ、そのまま後ろへと倒れこんでしまう。
そのおかげで天野の手は私に触れる事無く、空を切る事となった。
「お、おいなんだよこれ」
「なんだお前……ひぃっ!!」
一瞬前後不覚となった私には何が起きたか分からなかった。
だが男達の反応から、何かが起きている事が分かる。
天野が茫然とした表情で見ている方を振り向いてみれば、私が助けを求めてやまなかった彼が男の顔を鷲掴みにして、地面へと押し付けている姿が目に映る。
「しょう……ちゃん?」
この時私の混乱は相当なものだったと思う。
彼はこんな獰猛な表情をする人だっただろうか。
大の大人を一人、軽々と押さえ付けられるような力があっただろうか、と。
そして何より。
彼の瞳はこんなに赤かっただろうか。
――闇夜を照らすかのように、彼の瞳は赤く輝いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます