第16話

【前書き】

少し長くなってしまいましたが、夏希視点は次で終わります。


--side夏希--


 久しぶりに夢を見た。


 しょうちゃんのお父さんとお母さんが亡くなった時、しょうちゃんはずっと泣いていた。

 私も悲しくて一緒に泣いてしまったが、しょうちゃんには笑っていて欲しいと思った。だから「私がずっと、しょうちゃんの傍にいるから」なんて言ってしまったのだろう。


 それからはしょうちゃんにバカにされないように、いつも背伸びしてお姉さんぶっていたと思う。

 結局いつも「ナツはドジだなぁ」なんて最後にはバカにされていたけど。


 そんな幼い頃の情景が流れては消えていく。

 それはきっと今の私が望んでいる憧憬。もう一度あの日に戻りたいという願望なんだろう。


 今日が学校も休みだし、もう少し見ていたいと思ったが、部活の練習がある事を思い出す。あまり気分は乗らなかったが、急に休むと迷惑がかかると思い、まだ若干寝惚けている頭を振って、意識を覚醒させる。


 洗面所で顔を洗い、部活で汗を拭うためのタオルなどを準備した後、部屋に戻って制服に着替える。

 朝食を摂ってそろそろ家を出ようとした頃、妹のヒナちゃんが起きて来た。


「おはよう……あれ? お姉ちゃん今日も練習?」

「うん、今日は午前中だけだけど。ヒナちゃんも今日は朝早いね?」

「まだ眠いけどね……でも今日はお友達が来るから」


 ああ、そういえば転校してきた子と仲良くなったのだったか。とそんな話をしていた事を思い出す。


「じゃあ今度私にも紹介して貰おうかな」

「うん、二人とも良い子だから、お姉ちゃんもきっと仲良くなれると思うよ!」


 それにしてもこの時期に転校生とは珍しい。しょうちゃん達も合わせれば同時に四人も……同時?


「あーっ!!」

「え? な、なにお姉ちゃん。急に大声出して」


 何故今まで気付かなかったんだろうか。妹の友達が遊びに来る、というくらいにしか考えていなかったが、それが転校生だというのなら、つまりはそういう事ではないのか。

 私の脳裏にはいつも休み時間にしょうちゃんの下を訪れる二人の女の子の姿が思い浮かぶ。


「今日練習終わったら早く帰るから!!」

「え? う、うん」


 私の知らない間のしょうちゃんを知っている二人が来るのだと理解した私は、今日の練習が終わったら急いで帰って来て二人に話を聞いてみようと思っていた。


「じゃあ行ってくるね!!」

「なんか急に元気に……行ってらっしゃい。頑張ってね」


 もしかしたらこれがきっかけであの輪に混ざる事が出来るかもしれないと思った私は、いつもより少し軽い足取りで学園へと向かった。


 ――が、得てして期待は裏切られるもので。


「――じゃあ今日の練習を終わります。道場に向かって礼!!」

「ありがとうございました!!」


 練習が終わったので、私は手早く後片付けを終え、制服に着替えていた。

 帰りに何かお菓子とか差し入れでも買っていった方が良いかな? と久しぶりに内心浮かれていたと思う。


「七海さん。ちょっと良い?」

「はい?」


 先輩から声をかけられるとは思っていなかった私は、少し間の抜けた返事をしてしまう。


「えっと、ちょっと相談があるのだけれど……」


 少しためらいがちに話しかけて来る先輩。先輩が後輩に相談というのも珍しい。一体どうしたのだろうと木にはなったものの、今日は早く帰りたいので明日の放課後でも良いかやんわりと断りを入れてみるも。


「少しだけ、少しだけで良いから付き合ってくれないかな?」


 だが予想外にも食い下がられてしまった。真剣な表情の先輩に押され、少しで良いなら、と承諾してしまう。

 この時、もっとハッキリと断れば良かったと私は後悔する事になる。いや、ハッキリと断るべきだったのはこの時に始まったことではないか……


 先輩の帰り支度が終わるのを待ち、誰もいなくなった道場を見ながら、そういえばしょうちゃんは剣道をやめてしまったのだろうか。と思いに耽る。

 元々剣道を始めたのは、彼が言い出したからだった。どうやら性に合っていたのか、私は始めて間もない頃から試合などで結果を出していた。


 それを見てしょうちゃんは「次は絶対ナツよりいい結果出すからな」と言っていたが、それを聞いて私が更に奮闘するようになった事を、果たして彼は知っていたのだろうか。

 しょうちゃんが私を追いかけて来るという事が嬉しくて、中学、高校と部活に打ち込んで来たが、今の彼を見る限りでは部活に入るような様子はない。


 もし剣道に興味がなくなってしまったのであれば、私にとっても剣道を続ける意味はなくなってしまう。

 勉強に関してもそうだ。どういう経緯か分からないが、既に足が治ったという事であれば、彼のいるこの学園に入った意味こそあれど、必要以上に頑張る意味ももうないのかもしれない。

 そう考えると自分が今までやって来た事は無駄だったのだろうかと思えてしまい、なんだか少し悲しくなってしまう。


「ごめん、待たせちゃったね」

「いえ、大丈夫です」


 先輩が帰り支度を終えて私の下にやってくる。この先輩は私が急に部活を辞めると言ったらどういう反応をするのだろうか、などと益体のない事を考えてしまった。


「学園はこの後門閉めちゃうらしいから、お昼も兼ねてファミレスでも良いかな?」

「えっと、お話を聞くんですよね?」

「まあまあ、そのお礼も兼ねて奢るから、ね?」


 そこまで言われてしまうと無下にする事も出来ない。

 私は内心で溜め息を吐きながら承諾する。


 先輩が案内してくれたお店は家から逆方向にあるのだという。それを聞いてまた帰宅が遅れてしまう事を懸念した私は、別の場所を提案しようとは考えたものの、あまり寄り道などした事がなかったため、提案出来るような場所を知らなかった事に気付き、やむを得ず先輩に付いていく事にした。

 先輩に案内されたのは、学園から少し離れた場所にある某有名チェーンのファミレスだった。


「何でも好きなの頼んでくれていいからね」


 と、先輩は言ってくれるが、別にそこまで食べたいものがあったわけでもないので、日替りランチとドリンクバーを注文する。


「ありがとうございます。ところで先輩、話って……」

「まあまあ、とりあえず食べてからにしようよ」


 早く本題に入りたい私の気持ちを知ってか知らずか、先輩は食事を始めてしまう。

 なんだろう。こんな人だったかな? ともやもやしつつ私も運ばれてきた日替りランチに手を付けた。


 昼食が終わり、ようやく本題に入るつもりになったのか、先輩は食後のコーヒーを飲みつつ話を切り出した。


「そういえば七海さん。天野くんと付き合ってるって噂、本当なの?」

「え……?」


 やっと話が始まったと思えばこの話題か。と私は嘆息する。

 だったらわざわざこんなところまで来なくても、部活が終わってから更衣室でもどこでも話が出来たのではないだろうか。


「いえ、付き合ってなんかいません。天野君がどう思っているかはともかく」

「ああ、やっぱりそうなのね。だったら良かったわ」

「良かった? 何がですか?」


 先輩の言っている事が今一つ要領を得ない。

 私と天野君が付き合ってなくて先輩に良い事と言えば……


「もしかしてその、先輩は天野君の事……」

「違う違う。他の子はともかく、私はないわよ」


 と笑いながら手を振る先輩。だとしたら何が良かったというのだろうか。


「見た目と人当りは良く見えるからね、あの子」

「まあ……そうですね」


 今でこそしょうちゃんと一緒に転校してきた天翔君が騒がれているが、それよりも前は天野君がそのポジションに居たと思う。

 私も何度か同じ学年の女子生徒からやっかみを受けた事があるが、何とか説明して理解して貰えたが、今でも彼に想いを馳せる女の子は多いだろう。


「あ、そうか。私が七海さんと天野君が付き合ってなくて良かったって言ったから勘違いしたのね。ごめんごめん」

「いえ、こちらこそ誤解してしまってすいません」


 改めて私の誤解を正しく理解してくれた先輩。それにしても話が見えない。


「あのね。天野君には気をつけないと駄目だよ?」

「え?」


 どういう意味か、と問うと先輩は話してくれた。


「これはもう去年くらいの話なんだけどさ――」


 今は別の高校に通う後輩が、当時天野君と付き合っていたのだという。その子も剣道部に所属していたとの事だったので、もしかしたら過去に大会などで顔を見かけた事があるかもしれない。


 その後輩の子はとても明るく、見た目も可愛いと評判だったので、周りからも人気があったそうだが、天野君と付き合い始めてからどんどん様子が変わって行ったのだと言う。


「で、私も可愛い後輩を放っておけなくて、直接話を聞いてみたの」


 その続きを聞いて私は驚愕した。


 どうやら付き合い始めた当初は周りも羨むほど仲の良いカップルだったそうだが、ある日その後輩は天野君から友達を紹介したいと言われ、彼に付いて行ったそうだ。

 そして紹介された友達というのが、お世辞にも柄が良いとは言えず、年齢もバラバラで明らかに高校生ではない男も居たらしい。


「ここまで言えば続きはなんとなく想像出来るだろうけど……」


 コーヒーカップを持つ先輩の手が震えているのが分かった。恐らくその話を聞いた時の事を思い出しているのだろう。


 結論から言えば、その後輩は複数の男達に乱暴されたのだという。それ以来その後輩は男性不信に陥り、カウンセリングを受けてようやく最近学校に復帰したのだとか。


「そんなの、そんなの犯罪じゃないですか!! だったら警察に!!」

「もちろん言ったらしいよ。でも証拠がないからって……」


 そこで先輩は口を噤んでしまう。


「だから七海さん。私は貴女を心配しているの。あの後輩と同じような事になったら……って」

「そうなんですね……ありがとうございます」


 ここに来るまでは人の事を考えない人なのかと思ってしまったが、どうやら私を心配しての忠告だったようだ。私は先輩にお礼を告げ、それからしばらく部活の事などを話した。

 いつしか先輩に親近感が湧き、もしかしたら部活を辞めるかもしれない事を伝えたところ。


「それならそれで三年生が代表になるかもしれないしね。私としては残念だけど、他にやりたい事があるなら良いんじゃない?」


 と、肯定的とも取れる意見をくれた。それからは話を変え、過去剣道部で起こった話などの雑談を交え、こちらもしょうちゃんと話ができないことなどを相談した。結局は気にしすぎないで一度話した方が良いという結論ではあったが。

 今まであまり部活の人達とコミュニケーションを取ってこなかったが、この先輩とは部活抜きにしても仲良くなれるかもしれないと思った。


 ふと店内の時計を見れば夕刻も近い時間となってしまっていた。予定よりもかなり遅くなってしまったが、先輩と話したこの時間にも意味はあったのかもしれない。帰ったらヒナちゃんにはちゃんと謝ろう。そして明日にでもしょうちゃんには話しかけてみよう。そう思ってそろそろ帰宅する事を伝え、今日は解散することになった。

 先輩とはファミレスの前で分かれ、私は急いで帰ろうと踵を返す。


 そういえばこっちの方にはあまり来たことがなかったので、ヒナちゃん怒ってるかなぁ。などと呑気な事を考えながら、早く帰れるルートを調べようと、私は地図アプリを見ながら自宅へと向かった。

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