26話

 生徒会室を後にした俺達は特にどこに寄るでもなくそのまま昇降口で靴を履き替え、校門へと向かう。

 結局生徒会長とは少し話してすぐに出てくる形となったので、それほど時間は経っていなかった。まだ多くの生徒達が校内に残っている事が伺える。


 ならせっかくだし、ヒナの部活終わりを待ってやりたいところではあるが、よくよく考えたら俺を裏切ってくれたので待つ事はやめて、大人しく帰路に着く事にした。


「じゃあいつも通り帰るか。最初は学生寮からで良いか?」


 ここ最近お決まりとなった下校ルートを提案する。

 距離的には光の暮らす学園の学生寮に立ち寄り、逆方向ではあるが亜咲を家まで送ってから、大輝と俺はその後引き返す形で途中の道で分かれる。というルートになっている。

 そこにナツとヒナが追加とはなったが、この二人は俺と家が近いのでほぼ帰る道は同じだ。最終的には大輝と別れてから三人で帰る事が多い。今日はヒナがいないのでナツと二人になるが。


「うーん、いつも私が一番最初にバイバイするの寂しいなぁ。たまには最後にしてくれてもいいのに」

「気持ちは分からないでもないが、それだと凄い遠回りというか、一周回って戻ってくるだけだからな?」


 学園から歩いて十分かかるかどうかの距離にある学生寮を最後にした場合、結局一番距離のある俺の家から学園まで往復する必要があるため、正直言って何の意味もない。

 だったら学園に残って話でもするか、あるいはどこか近くのファミレスや喫茶店にでも寄って時間を潰した方が良いくらいだ。


「今度ヒナが部活の時はどっかで時間潰すとかでも良いだろ」

「あ、それいいね!!」


 まあ全員の予定がなければ、と言ったところだが、ナツも部活を止めてしまったせいか、結構暇を持て余しているようだ。

 というかお前らクラスメイトと仲悪いわけじゃないだろうし、たまには同じクラスの奴らと遊べよと思わなくもない。俺? 俺は他に友達いないよ? なんか文句あります?


 そうこうしている内に学生寮の前へと到着したので、光に別れを告げ、次は亜咲の家へと向かおうとした時だった。


「あ……申し訳ありません。どうやら昨日忘れ物をしてしまったようなので、小兄様の家に寄らせて頂いても良いでしょうか?」

「ん? 忘れ物なら俺が聞いて明日学園で渡せば良いんじゃないか?」


 昨日の夜、今日の朝と、確かに亜咲がうちに来ていたのは事実だがその時か?

 あまり亜咲が忘れ物をするという事が想像出来ないが、ここ最近バタバタしていたのも事実ではあるし、そういう事もあるのだろう。


「いえ、今日使うものですので。もしご迷惑でなければ直接取りに行っては駄目ですか?」

「別に構わないけど、俺の家から亜咲の家って結構距離あるだろ? 大丈夫なのか?」

「小兄様。それは今更というものです」


 よく考えたら今日の朝も来てたしな。今更っちゃ今更か。

俺としては別に家に入られて困るようなものもないし、来ること自体は構わない。なんなら勝手に入られてるまである。

 断る理由もないので亜咲の申し出を受け入れる事にした。


「なら先にナツを家まで送ってからでも良いか?」

「ええ、もちろんです」

「ん? じゃあ亜咲の家には向かわないんだな?」

「はい、私は後で小兄様に送って貰いますので」


 あ、そうなるのね。いやもちろん送るつもりだったけども。


「なら大丈夫か……と、なると俺はここでお別れだな」

「あ、そうか。大輝の家はあっちだもんな」


 実は未だに大輝の家の詳しい位置は知らないが、いつも分かれる道がちょうどこの辺だったと思う。


「じゃあな、また明日」

「はい、さようなら大兄様」

「天翔君さようならー」


 亜咲とナツの挨拶を受けて大輝と別れた。そういえば亜咲と生徒会長の関係とかもそうだけど、俺達ってあんまりお互いの家庭の事とかよく知らないよな。

 俺の場合は実妹であるヒナ。それに幼馴染一家であるナツと要母さんとは全員が既に顔見知りだし、俺に両親が居ない事などはもう話してある。


 けれど光が学生寮に入っている理由も知らないし、多分家が遠いんだろうな。という事くらいしか察する事が出来ない。

 聞けば教えてくれるのかもしれないが、光は意外と家族の話題を出したがらない雰囲気があるため、おそらく聞いてもはぐらかされんじゃないだろうか。


 亜咲は本人が語らずとも"九条"という名と今日の生徒会長とのやり取りを考えれば、家族関係がそれほど良いものではないのでは? と邪推せざるを得ない。

 だが身内のようなものだとは言え、他人の家庭にまで口を出すのは野暮だと思うので、本人が相談してくれるのを待つしかないのだろう。


 更に謎なのが大輝だ。俺達の関係性は親友と呼べるくらいの仲だとは思っているが、実はこいつの私生活が一番見えてこない。

 今日弁当を持って来ていた。という事は家族かそれに準ずる人が居るのだろう。もしかしたら彼女とか、あるいは俺と同じで仲の良い幼馴染が居たりするのかもしれない。

 まあ世間一般的な幼馴染が果たして弁当を作ってくれるものなのかは分からないが、自分という例があるのでそれも選択肢に入れておく。でもそんな幼馴染がいたら俺達とつるんでばかりってこともないか?


 ただ家族が居るのであれば、ナツの捜索に協力して貰ったあの日、遅くなる事は家に一本連絡を入れておいてもおかしくないのでは? とも思った。

 いくら男とは言え、まだ俺達は未成年だし、親としても連絡無しに子供が帰ってこないとなれば心配するだろうと思う。


 特にあんな事のあった俺達の場合は尚更じゃないのか、とも。


 こちらに帰って来てからというもの、今まで気にもならなかった部分がふとした時に気にかかる事が多くなった。

 それだけ心に余裕が出来たという事なのだろうか。


 考え事に集中してしまっていたためか、ナツと亜咲に「ちゃんと話を聞いているのか」と怒られてしまったのはご愛嬌だろう。すいません聞いてませんでした……


 ただ家庭の事情なんてものは考えても仕方のない事だし、勝手に決めつけるのも良くない。折を見てみんなで話す機会を設けてみるのも良いかもしれないな。もちろん本人達が話してくれるのであれば、だが。

 話したくないのであれば無理強いはするつもりもないし、してもそれこそ仕方のない事だしなぁ。


 同時に、早速その機会があるのではないかという予感もあった。亜咲がわざわざ忘れ物をしたというをしたのも、恐らくはそのせいだろう。


 本当に忘れ物をした可能性もないではないが、昨日も今日も、亜咲が何か持ってきた物を家のどこかに置いたという素振りは見受けられなかった。何より性格上一番忘れ物とか無縁そうだし。


 ふと亜咲の方を見れば、ナツと楽しそうに話をしているのが伺えた。

 上の空の俺に話しかけても仕方ないと判断したのか、もはや二人とも俺に話題を振って来る事はないようだ。ごめんて。


 そんな俺の視線に気付いたのか、亜咲は柔らかな笑顔を向けて来る。


「小兄様。考え事は纏まりましたか?」

「ん、ごめんな。ちょっと考え事してた」

「まったく、しょうちゃんは失礼だよ。せっかくこんな可愛い女の子と一緒に帰ってるのに考え事なんて」

「そうだな。可愛い幼馴染と可愛い後輩に失礼だったな」

「っ……!? そ、そうだよ。失礼だよもう」


 ナツは冗談のつもりで言ったのだろうが、だったらこちらも反撃してやるまでだ。モテ男をいつも見させられている俺をなめるなよ?

 俺が自然体を装ってそう返事したものだから、意表を突かれたのかナツがたじろいでいるのが分かった。


 亜咲にはジトッとした視線を向けられてしまったが、言った本人であるナツは恥ずかしがっているのか、顔を赤くして俯いてしまう。

 そんな二人の様子を見て、平和な日常がここにある事を実感する。

 出来ればこうやって普通の毎日を過ごせれば。と、何故かそう願わずにはいられなかった。

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