27話

 その後俺と亜咲はナツと別れ、我が家である地原家へと足を運んだ。

 二人になってからは先ほどと打って変わってあまり会話がなかった。いつもなら亜咲から何かしら皮肉の一つでも飛んで来ようものだが、彼女には何か考えている事があるようだ。あまり見られない姿だったので、おそらく何か大事な事なのかもしれないと思い、必要以上に声をかけることもしないでおいた。


 そうは言っても七海家からそれほど距離があるわけでもないため、ほどなくして我が家に辿り着き、玄関の鍵を開けて家に入る。


「今更目新しいものもないだろうけど、まあ入ってくれ」

「ええ、ではお言葉に甘えて。お邪魔します」


 そういえばナツとヒナ以外の女性と家で二人きりになるのはこれが初めてだったか。大体亜咲といる時は光もセットでついてくる感じだったしな。

 それにこう言っては何だが、正直なところ亜咲や光の場合はそこまで異性として意識しているわけではなく、妹であるヒナに近いものがある。そのため二人きりとは言え、それほど緊張感を覚える事はなかった。本人に言えば間違いなく怒られると思うので言わないけど。


 だがまったく何も思わない、というわけではないのが逆に何とも言えない気分になる。この年齢にして自分が枯れたとは思いたくはないし、正常だと思いたい……


「小兄様?」

「あ、ああすまん。とりあえず着替えて来るからリビングで待っててくれ」


 妙な事を考えていた事を気取られないよう誤魔化す。こんな事考えていたなんてバレたら何を言われるか分かったものではない。


 亜咲をリビングに残し、俺は自分の部屋に戻って制服から私服に着替える。

 この後亜咲を家まで送る必要があるので、外に出れるように最低限の恰好はしておく事にした。


「お待たせ。忘れ物はあったか?」


 着替えを終えた俺は部屋から戻り、亜咲に声をかけた。


「分かってて言ってますよね?」

「そりゃな。亜咲が忘れ物をするとも思えないし」


 むしろ俺が何か忘れ物をして亜咲に注意されるというのなら分かるが、亜咲に限ってそれは考えづらい。実際うちで何かを取り出すような素振りも記憶にないし。


「で、何の話だ?」

「ええ、まずは姉さんの非礼を詫びます。姉が失礼な事を言ってしまって申し訳ありません」

「非礼? 何かあったっけ?」

「小兄様の場合は本気でそう思ってるから余計タチが悪いですよね」


 まあ部外者扱いされたのは事実だけど、実際呼ばれてないのに行ったのはこちらの落ち度と言えば落ち度だろう。どちらかというと連れて行かれた側なので被害者と言っても良いかもしれないが。


「でも俺が部外者だったのは事実じゃないか? まあちょっと態度があからさまだったのは確かだけど」

「姉さんは昔からああですので……彼女自身はその、有能な方だとは思っているのですが、気に入った人とそれ以外の人で分けるクセがあります」

「人って大体そんなもんじゃないのか?」


 俺も結構敵か味方かで分類しちゃうところあるし。自分がやってることで人を咎めるのもなんだかなと。


「それで、その姉の話なのですが」

「ああ、そういえば亜咲から家族の話聞くのって初めてだな」


 姉がいるという話は元々聞いてはいたが、同じ学園にいるという話は聞いていなかった。

 ただ知ってたら何か変わったか、といえば別に何も変わってなかっただろう。


「そうですね。確かにあまり話はしてこなかったと思います。ですが小兄様に無関係というわけでもないので」

「亜咲の家族と俺に関係が?」


 全く想像もつかないし、急に関係があると言われても俺にはピンと来ない。


「私もこちらに帰って来てから調べて知った事です。あまり楽しい話というわけではありませんので、小兄様が聞きたくなければすぐに止めますから仰ってくださいね」


 そう前置きして亜咲は語りだした。


「まず話は私達の両親の世代まで遡るのですが」

「俺達自身の、じゃなくてか?」

「はい。何故この話になったかと言うと……今日姉さんが私と天野との縁談が、と言ったのを覚えていますか?」


 ――天野家との縁談も勝手に。

 生徒会長がそう言ったのは確かに覚えている。


「ああ、覚えてる。思わずといった感じだったけど」

「元々は幼少の頃まで遡るのですが、私は成人後--正確には大学卒業後を予定していましたが、天野家に嫁ぐ予定となっていました」

「それはその、家の都合で、か?」

「はい」


 まあこれについては予想がつかなくもない。

 名家の令嬢ともなればそういう話はあるものなんだろう。個人的にはこのご時世にどうなんだという気持ちはあるが。


「元々非公式のものでしたし、それに幸いと言って良いものか、夏姉様のあの事件でその話は解消する事が出来たので、今となっては過去の話とはなりますが」


 あの時天野が言った亜咲と自分との仲、というのは恐らくこの事だろう。話を聞けば一応理解はできたが、納得するかといえば別ではある。


「その九条家と天野家との縁談ですが、元々は以前にもあった話なのです」

「以前って事は亜咲じゃなくってことか。でも結局亜咲にその話が回ってきたって事は、それもなかった事に?」

「ええ、以前破談となった原因は九条家にあるのですが、その影響でしばらく九条家は天野家に多少なりとも負い目を感じていたようです。もっとも、先日の事件もあって立場は逆転しつつありますが」


 つまり九条家の事情で天野家との縁談を破棄してしまった事で、天野家を怒らせてしまったと。

 で、先日の天野が起こした事件の影響で、ようやく九条家が天野家に対して強く出る事が出来るようになった、という構図が頭に浮かんだ。


「まあそれは結果として私に利のある話となりましたが、本題はここからとなります。当時縁談が持ち上がっていた方は私の父の妹。つまりは私の叔母に当たる方となります」

「その叔母さんはどうしてるんだ?」

「……亡くなりました。私が幼い頃に事故にあって。あまり記憶もありませんが、その縁談を破棄した事によって九条家からは勘当された身でありながら、私の事を気にかけてくれていたようです。恐らく自分のせいで私が天野家に嫁ぐ事になった事に対して負い目もあったのでしょう」


 事故でなくなった、か。

 不意に自分の両親の顔が浮かんだ。少し頼りないながらも優しかった父と、同じく俺とヒナに愛情を注いでくれた母。

 昔はよく母が父を困らせるような事を言っていた記憶があるが、今思えば亜咲が俺にするように、母は父をからかっていたのだろう。俺の中で母と亜咲のイメージが重なるのを感じた。


「その当時、天野家は縁談が破棄された事に対して強く抗議してきたようです。お爺様はそれでも叔母様を守るべく、その賠償として当時計画していた病院の設立に関する権利を天野家に譲渡する事にしました。それによって一応は解決したそうなのですが……」


 この話の流れで言うと、俺が入院していた天野病院がそれに当たるのだと思われる。

 だが入院していた病院にそんな経緯があったとしても、俺に関係があるかというと微妙なところだと思う。となるとまだ話は続くのだろう。


「結果として、先ほど言ったように叔母様は九条家を勘当されました。そして当時恋仲であった男性と、半ば駆け落ちのような形で結ばれました。一方破談された形となった天野家はその後、叔母様の友人関係にあった一般女性と結婚されたと聞いています。もっともこの縁談は九条家、天野家共にお互い次期当主ではなく次女、次男の縁談だったので、例え縁談が成立していたとしても両家の存続に関わるような話ではなかったようです。あくまで対外的にお互いの関係が良好であると示すためのものですね」

「なるほど……なんかややこしいな。名家の事情って」


 理解したのかしていないのか分からない俺の答えに亜咲が苦笑する。


「確かにややこしく、面倒です。ですがその分、いわゆる一般の方より優遇されている面があるのは事実ですから。ですが小兄様。先ほど申し上げた通り、小兄様も無関係というわけではないのですよ?」

「それなんだけどさ。今までの話の流れで俺が関係あるのって入院してた病院が天野病院だったって事くらいだよな?」

「ここまで言えば少しは察して貰えると思いましたが……やはり小兄様は小兄様ですね」


 はぁ、と呆れたように溜め息を吐く亜咲。俺ってそんなに察しが悪いんだろうか……?


「突然ですが、小兄様は自分のお母様のお名前を覚えてますか?」

「そりゃ覚えてるさ。母さんの名前は--」

「ちなみにですが、その亡くなった叔母様の名前は九条千早ちはやというお名前です」

「――え?」

「そして縁談を破棄された方の当時の名前は天野巽。天野家ではその世代の当主のみが天野の性を継ぐものとされているそうなので、その叔母様の友人と結婚された際、その方の苗字に変わっているはずですが……こちらは言わなくても分かりますよね?」

「あ、ああ。ちょっと待ってくれ。言っている意味は理解出来るんだが頭の中が整理出来てない」


 混乱してしまった頭の中の情報を整理する。


 亜咲の叔母さんは元々天野家との縁談が持ち上がっていた。

 けれど叔母さんはその縁談が受け入れられなかったのか、別の男性と結婚した。

 その相手が……話の流れからすれば恐らく俺の父さん。つまり亜咲の叔母さんは俺の母さんだという事になる。


 そしてもう一つ。


 亜咲の叔母さん……いや、母さんの縁談相手は天野巽という名だった。

 天野家の名は当主にしか継がせないとの事だから、当然その巽氏は違う苗字となっている。

 巽氏は母さんの友人と結婚した……つまりは。


「亜咲は俺の従妹で、天野がナツの従兄……?」

「ようやくお判りいただけましたか?」


 いや、ようやくっていうか突拍子もなくて驚きの方が大きい。亜咲が嘘を言うと思ってはいないが、半信半疑なところがあるのも事実だ。


「ですが安心してください。小兄様」

「なんだ? まだ何かあるのか……?」


 もうこれ以上驚かされると心臓に悪いんだが……


「いとこ同士の結婚は認められています。ですので私が小兄様の子供を身籠っても--」

「ああうん、流石にこれだけ真面目な話ぶちこんどいて、そう来るとは思ってなかったわ」


 やはり亜咲は亜咲だったようだ。さっきまでの俺の葛藤を返せよ!!

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