二年振りに再会した幼馴染には、どうやら彼氏がいるらしい

28話

「とまあ、可愛い後輩と二人きりで、しかもここまで言われても手を出さない、ヘタレな小兄様の事は置いておきますが」

「急に辛辣になったな」

　亜咲は隙あらばこういう事を言ってくるので本気か冗談か判断がしづらい。

　今更亜咲が俺に向ける好意を否定する気はないが、おそらく手を出せば最後、既成事実でもなんでも理由を用意されて逃げる事は出来なくなるに違いない。

　俺自身亜咲に好意がないとは口が裂けても言わないが、亜咲が俺に好意を抱いたであろう状況が特殊過ぎて、一種のつり橋効果によるものではないかとも疑っている。

　だからこそ平和な日常に戻った今。その気持ちに変化が起きるかもしれないと思い、俺は光と亜咲から寄せられる好意を受け入れる事はしない。

　後から悔やむような結果になればお互い不幸になるだけだと思うから。

「－－なんて事を考えているのでしょうが、それは余計なお世話というものですよ。小兄様」

「人の気持ちを勝手に読むのは止めなさい」

　－－とまあ、俺程度の考えは彼女には予想済みだったようだ。

　だが亜咲が俺の従妹だと知った今、彼女との関係についても色々考えなければいけないのかもしれない。まさか親戚だとは思いもよらなかったし。

　もしかして今日家に来たのはわざわざこの話をするためだったのだろうか。

「さて、余談はこのくらいにして本題なのですが……」

「割と衝撃の事実だったんだが」

　と思ったら違った。先ほどの話は亜咲にとっては余談程度の事だったらしい。いや、俺にとってはむしろこれが本題でもいいレベルなんだが。

「ええ、だってそうでしょう？　今の話は事実ですが、だからといって私達の関係が変わるとでも？」

「まあ、少しは思うところもあるけど変わらない、な」

「私もこの話をしたからどうしろ、というつもりはありませんから。ですので余談です」

「で、この話じゃないとすれば本題は？」

　余談でアレだけ重い話だったのだから、本題は更に驚愕の事実が……と思うと、思わず身構えてしまう。

「実は美咲姉さんの事なのですが……」

　やはり生徒会長の話になるらしい。そういえば彼女も俺にとっては従姉という事になるのか……お互い知らない事とは言え、今日のやり取りを思い出すとなんとも言い難い気持ちになる。いや従姉に宣戦布告て。どういう状況よ。

　ともあれ身寄りがないと思っていた俺達兄妹に親戚が居て、しかもそれがこんな近くにいるとは思っていなかった。それだけに戸惑う気持ちが強い。

　しかもその従姉とは未確定とは言え敵対しかけている。今日の事は亜咲としても思う事があるのかもしれない。

　俺はそう思い、亜咲の言葉を待った。

「彼女はどちらかというと支配欲が強いように見えますが、実は支配される方が好－－」

「ちょっと待ってなにそれどういうこと？」

　急に頭がバグりそうになった。一体その情報に何の意味が？　というかどちらかというとあまり知りたくない情報の類に入るのだが。なんでいきなり従姉の嗜好を聞かされなければならないのか。

「何と言われましても、私が調べた姉さんの嗜好ですが」

「どうやって調べたのかは気になるが、何故俺に生徒会長の嗜好を教える必要が？」

　いつもの事ではあるが亜咲の思考が読めない。特に今回の話は尚更意味が分からなかった。

「小兄様に美咲姉さんを落として頂こうと思いまして」

「は？」

　落とす？　校舎の三階からってこと？

　徹底的に潰せ。などであればまあ分からなくもないが、落とせというのはどういう事なんだろうか。

「先ほども言いましたが、姉さんはアレでなかなかに有能な方です。それに姉さんをこちら側に付けてしまえば、少なからず九条家の後ろ盾も得られますし、容姿も決して悪くない……と言うよりはとても良い方だと思います」

「お前は一体俺を何と戦わせたいわけ？」

　容姿に関しては目にしたので否定する事はない。有能という点では名家の跡取りとしての教育を受け、名門校である九条学園の生徒会長を務めている。となればいくらなんでも無能という事はないのだろう。

　家のコネとかあるなら分からないが、亜咲が言うほどなのだからそこも間違いはないのだと思う。

「それは追々分かるかと。もちろん美咲姉さんの事が好みでないと仰られるのであれば無理強いはしませんが……」

「いや、そういう問題でもない気が……」

　何故亜咲は俺に選択権があるかのような言い方をするのだろうか。

　今日の俺と生徒会長のやり取りを見れば、決して友好的とは言えない事は分かるだろうに。

「まあ、今日はこれを伝えに来ただけですから」

「え？　本題ってこれ？」

「そうですが何か？」

　亜咲は何を言っているのか。と言わんばかりの表情で俺を見る。

「いや……何でもない」

　少なくとも俺にとっては、本題より余談の方が何倍もインパクトがあったんだが……

「さて、ではお話も終わった事ですし」

　そう言って亜咲が立ち上がる。

「あ、帰るか？　なら送って――」

「一緒にお風呂に入りましょうか」

「いや帰れよ」

　なんでそうなる。

　いつもながらこういった亜咲の突拍子のない発言は読む事が出来ない。

　真面目に話しているのかと思いきや急にふざけた事を言い出すし、ふざけているのかと思えば、急に真面目な話をぶち込んできたりする。

　まあ一緒に風呂に入る事が真面目な話に繋がるとは全く思えないので、これは完全にふざけているのだろうが。

「皆には黙っていてあげますから、ご心配なさらずに」

「心配なのはお前の頭だ」

　さっきまでの緊張感はなんだったのかと言わんばかりの態度に、思わず下を向いて溜め息を吐く。そして顔を上げると、いつの間にか亜咲が隣に座っていた。

　どうやら先ほど立ち上がったのはこちらに来るためだったようだ。

　そして亜咲に腕を掴まれ、亜咲は自分の胸元へ俺の腕を引き寄せた。掴まれた俺の腕は亜咲の胸の間で……あれ腕が消えた。マジか。

　柔らかいのに弾力がある……効果音をつけるとしたら"ふよふよ"とか"ふにょんふにょん"とか気の抜けそうな音が鳴ってそうだ。何よりとても温かい。とりあえず反射的に腕を引き抜きそうになったが、亜咲の好きなようにさせておく。

　と言うのも、亜咲がこういうスキンシップを取って来るのは何も初めてではない。

　こういう時の傾向としては、その日に何かイライラするような事があった時、こうして甘えて来る事が多かった。

　だから俺は気恥ずかしさはあるもののこれくらいであれば、と黙って亜咲の好きなようにさせておく事にしている。

　当然人目がある時にはここまではさせないが。だって下手すりゃ人生詰むし。

「さて、ではこのままお風呂に－－」

「それは駄目だ」

　亜咲は軽く頬を膨らませ、俺を睨み付けるようにして腕を握る力を強める。

　ただ力を強められても今の状態だと痛くも痒くもない。こう言ってはなんだが、心地いい感触が強まっただけだった。

　しかし俺も男だし、これ以上続けられては精神衛生上よろしくない。

「亜咲、もうそろそろ離してもいいか？」

「もう少し、もう少しだけ……」

　そう言って亜咲は甘えるように俺の腕を抱きしめながら、頬をすり寄せて来た。

　なんだかんだで俺も亜咲に甘いんだよなぁ。と内心で苦笑しながら俺は空いた方の手で亜咲の頭を撫でる。まるで猫をあやすかのような気持ちだったが、実際亜咲が気持ち良さそうに目を細めているのを見て、本当に猫のようだと思った。

　結局、亜咲が満足して離れるまで十分と少々、この状態が続いたわけだが。

　その後落ち着いた亜咲を家まで送り、帰宅途中にあるコンビニでカップ麺を購入。再度帰宅した俺は夕食にそのカップ麺を食べて横になる。

　色々と話を聞いて思うところはあったものの、亜咲の言う通り、俺達が親戚関係だったからと言って今すぐ何か変化があるかといえばそうでもないだろう。

　ならあまり難しく考える必要はないのかもしれない。

　そう思いはするが、では何故亜咲がこのタイミングでこの話をしたのだろうかと考えてしまう。意味もなくこういう話をしてくるタイプじゃないしな。

　だが結局、結論が出せないままその日は眠りについたのだった。

　そして次の日－－

　朝になって目を覚ませば、いつものようにナツが来て朝食を用意してくれていた。どうやら今日は亜咲は来ていないらしい。

　まあお互いの家は距離もあるし毎日は来ないよな。と一人で納得していた。

　朝食を終えてナツと二人で学園に登校する、もはや生徒達からのひそひそ話にも慣れて来たもので、雑音だと思えばそれほど気になる事もなくなった。

　その日の休み時間はいつも通り光がやってきた。昨日の事もあったので亜咲は来ないのかと少し気になって、亜咲はどうしているか光に聞いてみた。

「あれ？　亜咲ちゃん小兄には連絡しなかったんだ？」

　話を聞いてみると、どうやら亜咲は学園を休んでいるらしい。

　昨日の感じでは特に体調を崩しているようにも見えなかったが、もしかしたら今日になって体調を崩したのかもしれない。

　あるいは何か事情があるのかもしれないと思い、その日はそれほど気にせずにいつも通りの学園生活を送っていた。

　まあ誰にでも学校を休む事はあるだろうと、その時はまだ、そのくらいに考えていた。

　――それから二日が経っても亜咲が登校してくる事はなかった。

【あとがき】

小吾。自害しろ。

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