41話
「なあ、やっぱり光の事待った方がいいんじゃないか?」
「ダメです。私達は先に帰っておくべきです」
よく味が分からなかった食事を終え、店外へ出たところで俺と亜咲は口論をしていた。
俺は様子のおかしかった光のバイトが終わるまで待って一緒に帰るべきだと主張したが、亜咲は先に帰って光を待つべきだと言う。
「そろそろ日も落ちて暗くなる頃ですし、あまり遅くなると要さんも心配しますよ?」
「それこそ要母さんには連絡すれば大丈夫だろ? だったら光を待つのは俺だけでも……」
「小兄様はかよわい女性だけで暗い夜道を帰れというのですか?」
「いやそれは光も同じだろ……」
「光さんがそこらの一般人に後れを取るとでも?」
「そんな事はないだろうけど……亜咲は光の事が心配じゃないのか?」
さっきから光を待つ事に否定的な亜咲だが、光の事が心配じゃないのだろうか。
「心配に決まってるでしょう。ですが光さんにも時間が必要です。もちろん小兄様が傍にいれば光さんもいつも通り明るく振る舞うかもしれません」
「明るくなるなら良いじゃないか。時間が必要だってのはわかるけど、今一人にする必要は……」
「はぁ……小兄様は女心が分かってませんね。だからモテないんですよ」
「俺がモテない事は関係ないだろ……」
女心が分からないことはその通りかもしれないが、こんな時に言う話でもないだろう。
「今光さんの心が弱ってるのは容易に推測できます。私もあんな光さんを見るのは初めてですから。ですが今、自分の気持ちに整理がつかないまま小兄様に寄りかかってしまっては、今後何かある度に小兄様に依存してしまうような事になりかねません。小兄様はそれで良いのですか?」
「それは……そんなつもりはない」
「ええ、もちろん小兄様がそんなつもりがない事は分かっています。だからこそ無自覚に小兄様に頼ってしまうようではいけないでしょう」
果たしてあの光が俺に依存なんてするだろうか? 俺には想像もつかないが……
「光さんは強い女性です。身体的にも、精神的にも。私達もその強さに何度も助けられたことは事実です。が、だからこそ折れてしまった時が一番危ういと思います」
光が折れる……? そんな姿は想像もつかないが……
「私も全てを把握しているわけではありません。ですがある程度今の状況を推測はできます。これは光さんも大兄様も自分で乗り越えなければならない問題だと」
「大輝も……?」
「ええ、大兄様も関係のない事ではありませんので」
ここで大輝の名前が出てくるとは思わなかった。光とあの男性と大輝……考えられるのはなんだ?
「先ほども言いましたが、これ以上は本人達から話をすべき事です」
「ねえしょうちゃん。私も亜咲ちゃんの言う通り、光ちゃんにも一人になりたい時はあるんじゃないかな?」
ここでナツが亜咲に援護が飛んだ。ヒナや美咲さんの方を見てもどうやら同じ気持ちのようで、ここは俺が不利な様子にも見える。
「……わかった。まずは帰ろう」
「はい、みんなで光さんを待ちましょう」
後ろ髪を引かれる気分でファミレスを後にする。
光が心配だったが女性陣がそう言うのであれば俺だけ残るというのもきっとダメなんだろう。弱っている時こそ傍にいるべきだと思うのはエゴでしかないんだろうか……
帰り道を歩きながらそんな事を頭の中で自問自答する。
「小兄様は何か誤解しているかもしれませんが」
特に会話もない状態で歩いていたが、唐突に亜咲から声がかかった。
「別に小兄様の言った事が間違っているわけではありません。嫌な事があった時に頼れる人が傍にいるという事はとても心強い事ですから」
「だったらなんで」
「それが光さんに必要だと思ったからです。これは光さん自身が選択すべき事だと」
「選択?」
「ええ、私達を頼る事を選ぶか。それとも--いえ、やめておきましょう」
なんだよ……ずいぶん気になる言い方するな……
「私も不安なのかもしれません。先ほどからつい余計な事を言いそうになります」
「亜咲が不安……?」
「なんですかその目は。私にも自信のない事くらいありますよ」
「亜咲は昔から不安な時ほど口数が増えるものねえ。帰ってきてからずいぶん成長したと思ったけど、そういう根本的なところは変わらないのね。安心したわ」
嫌な事があった時は服の裾を摘まむ。というクセは知っていたが、そういうところもあったのか。
「意外です……亜咲ちゃんはいつもしっかりしてるし、わからない事なんてないと思ってた」
「そんな事ないわよ。亜咲だって小さい頃はこんなじゃなくて--」
「姉さん?」
「おお、こわいこわい」
九条姉妹の掛け合いによって幾分か重苦しい雰囲気が和らぐ。
それから家に着くまで、二人の事を話しながら並んで歩くのだった。
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