幕間--元木光--

--side 光--


「ただいまー」


 家に帰ったらまずただいま。これはあちらで小兄から口酸っぱく言われていたことだ。まあ返事はないのだけれど。

 当然だろう。この部屋には私以外に人はいないのだから。私は俗にいう一人暮らしをしている。


「あー、今日は疲れちゃったなぁ。でも収穫もあったからいっか」


 当初の予定では新たに友人となった日向ちゃんの家に遊びに行くだけの予定だったが、小兄の家に突撃したり、日向ちゃんのお姉ちゃんを助ける事になったりと、非常に慌ただしい一日だったと思う。


 正直言って私が何故それに付き合わされているのかと、思うところが全くないではなかったが、他ならぬ小兄の頼みであれば無論断る事はないし、新たな発見もあったので個人的にはそう悪い事でもなかった。


 まずは小兄のあの眼だ。

 あれは恐らく、私達がこの世界に戻ってくるための時空の穴、と言えば良いだろうか−−それを広げるために、あの魔神から奪ったものに相違ないだろう。

 流石に今日は時間も遅いので詳しく聞く事は出来なかったが、それ以外に心当たりもないし、ほぼ間違いないと言ってもいい。


「ふふ、ようやく小兄もに来たんだね」


 前提として小兄--地原小吾には元々特別なところはない、いわゆる平凡を絵に描いたような人物だった。

 少なくとも初めて出会った時には、今まで出会った人間との差はこれと言ってなく、興味すらなかったように思う。あまつさえ自分で歩くことすらできないという怪我まで負っていたのだから。

 −−ああ、そういう意味では足が動かないほどの大怪我をしながらも召喚されてしまったという点についてはほんの少しだけ哀れんだか。


 思い返してみれば彼に心を開き、惹かれ始めたのはいつだったか。

 私達三人に比べ、全てに劣る小兄は、せめて私達の理解者であろうとした。

 最初はとんだ偽善者だと思った事もあった。私を理解する事など出来やしないクセにと。ある意味で言えば未だに正しく理解はされていないのだろう。

 けれど彼はそんな私の思惑を超えた。超えられて、しまった。

 表面上ではなく、誰かに自分という存在を理解して欲しいという、私の強欲さを正しく受け入れてくれた。

 そのおかげで、本来の私を取り戻す事が出来たのだから、彼には感謝している。


 −−多分、それから興味を持った。そして私が彼に惹かれ始めたのはそれからだろう。


 本当の意味で私達を理解出来る人間はそうはいない。

 生まれた時から特別。挫折を知らない、知る必要のない人間。その異常性を。

 それが私と大兄であり、亜咲ちゃんが、こちら側へと足を踏み入れた。


 無論同じ境遇となった小兄にもそれを期待した事はあったが、彼は常人の枠の中で必死に足掻いてはいたものの、結局を破る事は出来なかった。


 −−だがそれも今日までだった。


 日向ちゃんのお姉さんである七海先輩を救出した、あの時の小兄を思い出すと自然と心が高揚してしまう。

 あの時の彼は間違いなく枠から外れていた。

 彼自身にはあまり自覚はないだろう。自分を下に見てしまう人だから。


 −−だからあの時、少なくとも私よりも早く男を制した事実に気付いていない。


 もっとも、それは大して重要ではない。私が小兄を慕う気持ちには関係ないのだから。

 けれど更に近しい存在となるのであれば、それはそれで歓迎すべき事だと思っていた。


 −−それともう一つ。日向ちゃんのお姉ちゃん。七海先輩の事だ。


 彼女もまた、そこらの凡百とそれほど違いはないだろう。つまるところ学校での成績や、部活動の実績などが優秀だとは言え、凡人に用意された凡人の枠の中で競っているだけなのだから。


 けれど彼女は。どちらかといえば亜咲ちゃんと同類だろうか。おそらく一皮剥けば化けるのだろう。とは言え、この世界でそのきっかけがあるかと言えば期待できるものではないが。


 だから私は彼女が小兄と仲良くしていても−−仮に小兄が彼女と結ばれたとしても構わない。

 そこに私が入ったとしても排除される事はないだろう。彼女は小兄に嫌われるような行動は出来ないだろうから。

 それに姉という存在にも興味があった。日向ちゃんとの関係性を見る限りでは、きっと良い姉であるのだろう。


 だとすれば尚の事、何の問題もない。一夫一妻? 浮気? どうとでも思えば良い。

 そもそも私達をそんな枠に捉えようという事自体が間違いなのだから。


「これから楽しくなりそうだなぁ」


 暗闇の中、自然と自分の口角が釣り上がるのが分かった。


「ふふふ……小兄だーい好き」


 こちらの世界へと帰還して以来、また退屈な日々を送るのかと不安もあったが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。おそらく彼を、あるいは私たちを中心にして物事は動いていくことになるだろう。

 私は弾む心を抑えながら、自分達のこれからに思いを馳せ、眠りにつくのだった。

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