第9話 長安出兵と再出仕

 またしても、俺は出兵を見送った。俺も前線で指揮したいのね~。

 今回も俺は、漢中でお留守番になっちゃったよ。


 総大将は、王平君とした。張翼君と廖化君は上庸のお留守番だ。

 王平君は、文字も読めない欠点もあるけど、土地勘がある。参謀に司馬昭だ。それと、蜀漢国で登用した、他の雑将軍も同行させる。


 糧道の確保に、諸葛瞻しょかつせん君を起用。諸葛亮の息子だ。まだ、若いけど、実績を積んで貰う。


「う~ん。大丈夫かな~」


 まだ少し、心配だ。

 戦争って自分が指揮するよりも他人に任せる方が、不安になる。裏切りはないと思うけど……。勝てっかな~。

 負けてもいいけど、将兵の損失は避けたいのが本音だ。


「我も行きましょうか?」


 魏延君を見る。

 こいつ、命令違反すんだよな~。戦端を広げ過ぎると防衛が薄くなり過ぎる。

 それに、父の劉備は、魏延を守備の要にしたのもある。守備の名手なんだよね。


「一応、援軍の準備をしておいてね~。臨機応変に出て貰うから~。子午谷道からの電撃戦もありかもね~」


「はっ!」


 嬉しそうだな~。でも、漢中の安定には、魏延君が最適なんだよね~。練兵も上手いし。だけど、出兵は……、ないかな。





 王平君たちを見送って、数日が過ぎた。

 雑務を熟していた時だった。


「うん? 謁見の申し出? 朕に?」


「はっ! 昔、先帝に仕えていた方です」


 劉備時代の人? 誰だろう?

 まあいいか。とりあえず会ってみようか。


 その人物が、部屋に入って来た……。


「……李厳将軍」


 確か、『李平』に改名していたけど、李厳の方が分かりやすいので、李厳で通す。


「面会の機会を頂き、この上ない名誉です」


 この人は、蜀で『勇者』と呼ばれた人だ。

 父劉備は、亡くなる時に、内政を諸葛亮に、軍事を李厳に任せた経緯がある。

 だけど、南蛮遠征の時に、諸葛丞相に軍権を奪われていた。

 本来であれば、戦場で矛を振るう人だったんだけど、食料長官に任命されて、不作の時にヘマをして解任された人だ。

 李家は、その後、子供の李豊が家長になっているみたいだ。


 李厳を見る。もう、初老を通り越して、老人だ。

 史実では、諸葛丞相と同時期に死亡していたことになってたけど……、生きていたんだ。


「劉禅陛下……。今一度、先帝に報いる機会を与えて頂きたい。このままでは、死んでも死に切れませぬ。兵士を指揮したいのです! どうか、どうか……」


 李厳は、涙を流しながら訴えて来た。

 俺は、玉座から立ち上がり、李厳の前まで歩み寄った。李厳の手を取る。


「良く来てくれたのよ~。とっても嬉しいのね~。兵権を預けるので、長安まで行ってくれる?」


「うおおぉ……」


 李厳は、大泣きだ。後ろに控える李家の人たちも、感涙している。

 これ、下手すっとさげすまれていたんじゃないかな?

 まあ、第四次北伐の撤退原因を作った人だし、平民に落とされたら、蜀漢国でどんな扱いを受けるかは想像できる。


「李豊君は、兵士を集めてね」


 名誉挽回の機会を与えてあげたい。


「はっ。李家の戦える者を集めております。千人程度ですが、何時でも出発できます」


 うんうん。忠臣が、まだいたんだね~。

 元の驃騎将軍に任命して、三千人で出兵して貰った。二千人は、俺からの加増だ。


「大丈夫なのですか? やる気は認めるのですが、もはや矛も持てないかと。馬も怪しいと思います」


 魏延君からだった。


「どんなに歳を取っても、戦場での経験は重要なのよ。指揮官として、これ以上ない人物なのよね~。それに軍師でもいいし」


 ボケていたら、面会になんか来ない。そして、瞳の奥に炎が灯っていたのを確認できた。李厳は、どんな若者よりも心に力が漲っている。将軍としては、これ以上ない人物だ。

 父、劉備の徳がまだ残っていたんだな。嬉しい誤算だ。


 だけど、魏延君には理解できないみたいだ。





 一ヵ月後、長安と潼関が陥落したと連絡があった。


「マジ?」


 木簡を見て、驚いた。都を落としちゃったの? マジで?

 そして……。


「なんだと? 李厳将軍が、討ち死にだと?」


 李豊君が、報告に戻って来てくれた。

 詳細を聞く。


「父李厳は、王平将軍の戦術に呼応して、奇襲を繰り返しておりました。討ち取った将兵は数えきれません。戦況が、蜀漢軍に有利に働くと、城門が閉じる前に長安に忍び込み、内側から城門を開ける手柄を挙げております。そして……、全身に矢を受けながら、長安の本殿に突入して、長安太守を討ち取りました……」


 李豊君は、涙を流しながら、報告をしてくれる。

 李家って、血の気の多い者が殆どだったらしい。唯一の例外が、李豊だったんだな。


「あああ……」


 俺も涙が止まらない。

 意気込みを買ったけど、そんな無謀な特攻を行うなんて……。


「父李厳の遺言です。先帝と陛下の徳を称え、李家は忠誠を尽くす様にとのことでした」


「うんうん……。李家には、恩賞を約束するのね。家を建て直してね」


「ありがたき幸せ。これから、李家を建て直してみせます。そして……、父李厳以上の忠誠をお約束いたします」



 少し席を外させて貰った。外で長安方向を見る。

 涙が止まらない。


「忠臣を失ってしまったのね……。失策だったかな~」


 ここで、司馬師君が口を開いた。


「お慰めになるかもしれません。父の司馬懿の話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

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