第49話 柴桑_陸抗視点

◆陸抗視点



 今眼下には、蜀漢軍がひしめき合っていた。塀に取り付かれて、攻防戦が始まっている……。


「やられたな……。こんな悪天候時に出航して来るとは。それも、『連環の計』とはな。赤壁の作戦を用いて来るとは。あの時の、劉備軍は味方だったのに」


 曹操を打ち破った計略だけど、実際には敵側にも有効だったのかもしれない。

 どんなに波が高くても、船が転覆しないのであれば、有効としか言いようがない。

 呉軍の船は転覆の危険があったので引き上げさせたが、まさか敵船が岸まで辿り着くとは思わなかった……。しかもお家芸の火計も使えない天候でだ。

 正直、対処方法が思い浮かばなかった、指揮官の差による負けなのかもしれない。


 朱績しゅせき丁奉ていほうが、兵士を指揮して戦っているけど、上陸された時点で終わりだ。この天候では、火計も使えないので防衛が精一杯だ。

 一手で逆転できる手は、残されていなかった。

 数の差は、圧倒的だ。それは、二人も分かっているだろう。


 それと、蜀漢国の一軍が、柴桑より下流に進んだと連絡があった。孫権陛下が、粛清を繰り返していたので、指揮をとれる武将がどれだけ残っているか。

 交州の反乱も無視できない。荊州南部の兵士を導入しているんだし。

 会稽郡は……、もう考えられないな。呉の四姓に任せるしかない。


「もうね……。一人じゃ無理だね。戦端が広すぎるよ。父の陸遜は、どうしていたのかね……」


 俺は、城の南側を見た。

 蜀漢国の陸軍が、攻め込んで来た。

 王濬おうしゅんが対応しているが、雨風で矢が流れる。

 あれでは、進軍を止められない。

 城壁に取り付かれてしまうだろう。


「陸戦でも、数の差は、覆らなかったか……」


 蜀漢軍の水軍が、次々と上陸して来る。


「これ、無理じゃね? 周瑜都督って、どうやって勝ったのかな? 大雨で、火計とか使えないし。疫病も流行ってないし」


 敵陣を望む。

 曹操以上の知略を持つ、劉禅皇帝か……。

 あんな傑物と同時代に生まれた自分の運命を呪いたい。

 だけど、俺にもプライドがある。


「撤退の銅鑼どらを鳴らせ! 城の防衛戦に移行する。特に、朱績しゅせき丁奉ていほうを戻させろ!」


「はっ!」


 ――ジャーン、ジャーン……


 皆、悔しいだろうな。水戦では互角だったけど、計略の差で負けてしまった。

 それでも、数倍もの敵と互角だったんだ。


「結局は、指揮官の差か……」


 自分の不甲斐なさを恥じるしかない。

 だけど、負けられない。

 俺は、呉国を背負っている自負がある。父陸遜から受け継がれたモノがあるんだ。


「最後の一兵まで抵抗しないと、後世でなにを言われるか分かったもんじゃない」


 ここで、朱績しゅせき丁奉ていほうが戻って来た。


「陸抗殿……。徹底抗戦ですかな?」


「すまないが、最後まで付き合って貰いたい」


 二人が笑う。


「なにを謝られますか。儂らの方が長く呉国に仕えているんじゃぞ」


 三人で笑い合う。


「東西南北の各城壁へ向かいましょうか。夜には、王濬おうしゅんを招いて四人で呑みましょうぞ」


 固い握手を交わして、分れた。





「城壁を登らせるな~!」


「「「おおお!」」」


 縄をかけられるが、切って落とす。

 とにかく、弓矢で迎撃する。

 石を落として、敵兵を叩き落す。登って来たら槍で押し返す。


「まだ、戦える!」


 旗から、魏延が相手みたいだが、姿を現さない。後方で指揮を執っているみたいだ。もう老人だもんね。

 最前線で矛を振るう相手であれば、まだ逆転の目もあったんだが……。


 後方から、梯子が送られて来るのが見えた。

 この大雨では、火計が使えないのが痛い。もうね、いっぱい油を用意してたのよ。

 これだけ兵士数に差があると、城壁を登られた時点で終わりかな……。有効な計略が思いつかない。


 全員が理解しているだろう。だけど、下がる兵士などいなかった。

 この柴桑城の重要性を理解する兵士たちだ。

 呉国の最精鋭たちなんだ。



 夜となり、攻撃が止んだ。

 蜀漢軍としても、補給の問題があるのだろう。正直、暴風雨の一日だったし。

 一時の休憩だ。

 兵士たちも、食事をとっている。


 俺は、柴桑城の宮殿へ向かった。


「おお、陸抗殿。無事でしたか!」


 朱績しゅせき丁奉ていほう王濬おうしゅんが出迎えてくれた。

 全員生き残れたか。


王濬おうしゅん殿は、矢傷を負っているのか?」


「かすり傷ですたい」


 その後、四人で酒を酌み交わす。

 明日また会えるとは、限らない。

 敗戦は、誰もが悟っているだろう。

 だけど、今だけは笑い話をする。


「昔、陸遜殿に盾突きましてな。大恥をかきましたわ」


 父陸遜の話は、面白い。

 敵を蹴散らしただけでなく、年上の味方までこうべを垂れさせた話は、痛快だった。

 魏国も蜀漢国も退けた英雄だったんだ。最後がちょっとあれだったけど。

 事後を引き継いだ俺だけど、守りきれなかったな~。

 だけど、最後に戦友ともが三人もできた。


 ここで、鬨の声が上がった。


「さて、行きますかな。誰が最後でしょうかね?」


 王濬おうしゅんは若く、丁奉ていほうは老人だ。

 できれば、このメンバーで呉国を支えて行きたかった。


 熱い抱擁を四人で交わし、今生の別れとした。



「さて、行くか。陸家として恥じない最後を見せてやる!」

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