第35話 幽州戦_司馬昭視点
◆司馬昭視点
「さて……、陛下も見送ったし、動くか」
今私は、
燕国は、もう後がないだろう。本来であれば、力攻めで終わりだ。
だけど、北の烏桓族が、動いている。
隙を見せたら、反撃してこないともいえない。
戦略レベルで、危ない場面なのは、誰もが理解している。
それで、劉禅陛下に退いて貰ったのもあるのだし。
「ここまで巨大になった、蜀漢国……。一回の敗戦で覆りはしないだろうが、汚点は残したくない」
しかし、あの陛下は、なんなんだろうか?
未来を知っているとしか、思えない采配だ。
諸葛亮が死亡してから、連戦連勝だ。そんなことは、曹操ですら無理だったんだぞ? つうか、気がついたら、中華の大半を支配してんだけど……。
魏国を罷免された時に、兄と義弟の杜預と共に仕官したのだが、正解だった。
そして古の王翦や韓信、楽毅にも引けを取らないその兵法。しかも、武将ではなく皇帝だし。
民心を掴んで離さないのもある。劉備譲りの徳。
文武官も平伏するほど、人の使い方が上手い。正直、人を使うのが上手すぎる。適材適所……、どれだけ人を見る目があるのだろうか……。上司として文句のつけようがなかった。
「古の楽毅と韓信にも引けを取らない戦略。そして、あの腑抜けた話し方の裏に、どれだけの知略を隠しているのか……」
兄の司馬師が常に傍にいるが、その深慮遠謀は読めないのだそうだ。
そして……、父の仇でもある。
そう……、父の司馬懿以上の知略の持ち主の可能性もあるのだ。
少なくとも、北伐を成し遂げられなかった、諸葛亮以上であることは、明白だ。
「あんな人物が、帝位に着いたのだ。中華の地の未来は決まったも同然だな」
私たちは、皇帝の手足に過ぎない。
後世に名を残すためにも、一族の今後のためにも、目の前の一戦には負けられなかった。
◇
軍議を開く。鍾会と孫礼と王凌を筆頭とした雑将軍を集めた。
こいつらは、降伏した武将でもある。手柄が欲しいはずだ。
だけど、先に仕官した者から、順次高い役職に就いている。
そして、今回の司令官は、私だ。
練りに練った作戦を披露する。
「兵士を分散配置するのですか? 匈奴は、一点突破を狙って来ますよ。騎兵なんだし」
鍾会は、不満なようだ。
「一時的に、薊を放棄することも考えている。とにかく、敵を引き込んでから、包囲して叩くんだ! 李牧が雁門で行った作戦を再現する。隙を見せて、敵を引き込んでから、包囲殲滅する!」
「「「城の放棄ですか……」」」
鍾会以下、文武官は渋い顔だ。
反対されるのも分かる。
平定後の治安に繋がるしね。
私は、独断専行はしない。軍議を重ねる。文武官の過半数の支持が得られるまで、粘り強く交渉を行う。
策を練るが、反対されて実行できない。
そんな軍議を重ねる日々が続いた。
深夜に一人で実務を熟している時だった。
「司馬昭さま。手紙が届いております」
深夜まで仕事を熟していたが、こんな時間に木簡を差し出された……?
「貴様……。何者だ?」
剣に手をかける。
「……
――ピク
郭淮だと……? 魏王
少し考えて、木簡を受け取る。
『反乱しない? 今なら燕国王として、推挙するよ。曹芳と郭淮より』
「ふむ……」
「お返事は……?」
「却下だな。こんな辺鄙な土地をとっても、維持できるとは思えない。陛下に滅ぼされて終わりだろう。それよりも、曹芳は何処にいる?」
「……」
その男は、無言で下がって行った。
私は追わない。返り討ちにあいたくないからだ。武芸は、からっきしなんだよな~。
だけど、薊の最奥であるはずの、この執務室にまで辿り着けられたのも事実だ。
見張りの衛兵は、どうしたのだろうか……?
ドアを開ける。
「!?」
衛兵が、倒れていた。それも100人くらいだ。
鈴を鳴らすと、大騒ぎになった。
『やっべえよ。暗殺者じゃん。追わなくて良かった~』
あの木簡は、私程度なら何時でも殺せるという脅しでもあったんだな。
その後、薊の警備を厳重にした。
◇
「曹芳は、何処にいるんだろうか……」
もしかすると、薊で庶民に化けている?
そうすると、燕国と鳥桓族が来た時点で、城内から呼応するかもしれない。
捉えるチャンスだとも思えるが、場合により敗走するかもしれない。
城を囮にするのは、危ういかもしれないな。
「司馬昭さま。ここにおられましたか」
鍾会が来た。
昨夜の事件を話す。
「……暗殺者に執務室まで入られたと。危ないですな」
危険なのは、分かっている。
だけど、郭淮が暗殺者を囲っているなんて、聞いたことがないんだけど?
「司馬昭さま。この地での戦は、内乱で負けるかもしれません」
私もそう思って来た。
「やっぱさ~、鳥桓族討伐に行こうか~。作戦変更してさ、防衛から侵攻にしようぜ!」
「「「それがよろしいかと……」」」
これで方針が決まった。
曹操ができて、私ができない理由などない。白狼山の戦いの資料も読みつくした。
私は、北を望んだ。
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