第40話 襄陽1

 洛陽を発つことになった。荊州の視察だ。

 本当であれば、皇帝自らすることじゃないけど、反対はさせなかった。


「費禕君。悪いけど、また留守をよろしくね」


「お任せを」


 大丈夫そうだ。あれこれ、指示はしない。相国なんだし、自由に政治を行って貰おうと思う。権力を握ったら、性格が変わる人がいるけど、費禕君は大丈夫だと思う。

 まあ、戻って悪政を敷いていたら、益州牧に戻すだけだけどね。

 こうして洛陽を、出発した。

 南陽を通って、樊城へ向かう。


「この地域は、有名な古戦場が多いよね~」


 父の劉備が、滞在した新野城も近い。俺の産まれた場所だな。

 樊城は、徐庶や関羽、曹仁、満寵、于禁、徐晃が有名だよね。樊城の戦いだ。


 川が多いので、船での移動に切り替える。


「この地は、山も高くて、川も水量が多い。不便な土地だったのね~」


「大軍を動かす地域では、ありませんからね。守りに堅い土地になります」


 司馬炎君を見る。

 確か本当の歴史であれば、【芍陂の役しゃくひのえき】でここら辺は、戦火に見舞われたんだよね。

 でもその前に俺が、長安攻略をしたから、歴史が滅茶苦茶になってしまった土地だな。上庸は起きなかった戦争が起きて、芍陂は戦火に巻き込まれなかった。この後も戦争は起きないだろう。

 楊儀が襄陽に攻め込んで、落城させちゃったしね。


「上庸と長安、襄陽の三角地帯。ここを落とせたから、朕の快進撃も始まったんだよね~」


 いい部下に恵まれたのもある。

 魏国が、アホだったのもある。

 それでも、俺の知略で初めてとった土地と言える。


 考えていると、襄陽に着いた。

 盛大な出迎えを受ける。

 司馬師君、羊祜君、杜預君を筆頭とした文武官が出迎えてくれた。


「出迎えありがとうなのね~」


「「「はっ! まかり越していただき、ありがとうございます!」」」


 司馬師君は、左遷先だから緊張しているかもしんない。

 それが、部下にも伝わっていそうだ。


 それと……、賈充君がいた。史実で対呉国の総司令だった人だ。これは頼もしいな。





 まず、宮殿へ移動した。


「今回は、羊祜君と杜預君の様子を見に来ただけよ?」


「はっ!? てっきり、対呉国の討伐兵を挙げるものだと……」


 司馬師君……。君は、先走りし過ぎだ。


「羊祜君。船はどれくらいある?」


「現在、襄陽に1000艘の軍船があります。蜀の船を合わせれば、2000艘は集まると思うっす」


 ふむ……。十分だね。そんなに作ったんだ。


「杜預君。兵士は?」


「何時でも20万の軍を動かせるようにしてあります。武器防具、兵糧も集まっております。何時でも、出兵できます!」


 なるほどね~。10年で準備は整っているのか。つうか2人は、呉国に攻め込むことを想定して動いていたんだね。全権を委任していたけど、早すぎだよ。


 荊州の兵は、南方の地の水に当たることもないだろう。疫病にも強いと思う。

 今回は、河北の兵をほとんど連れて来ていない。

 呉国に攻め込んでも、内部崩壊はないと思う。

 準備万端過ぎない?


「う~ん。どうしよっかな~」


「「「陛下! 呉国を討ちましょう! 全軍の動員を! それで、天下統一です!!」」」





 返事は、ちょっと待って貰った。

 夜になり、城壁で酒を嗜む。見ているのは、東だ。この先に呉国がある。


「今なら、落とせなくもないんだけど、多大な被害が出そうだよね~。せめて、陸抗がいなくなれば、決断できんだけど……」


 呉国の歴代皇帝である4人(孫権、孫亮、孫休、孫晧)は、どんなことがあっても陸抗を罷免しなかった。それが、呉国を生き延びさせたことに繋がっているし。悪評高い丞相の、孫峻と孫綝も同様だ。


「陛下……。ここにおられましたか」


 司馬師君以下襄陽の将軍と、諸葛瞻以下の俺の護衛が全員来た。

 テーブルと椅子が運ばれて、ちょっとした酒宴になったな。


「陛下……。なにを悩んでおられるのですか?」


 そうだよね……。何時も即断即決だったけど、今回は考え込んでしまっている。


「正直、陸抗に柴桑を堅められると、落とせるかな~って、思っててさ」


 羊祜君と杜預君が、視線で会話しているよ。


「実は、我々も同様の懸念を抱いております。それに、朱績しゅぜん丁奉ていほうと言った古強者もまだ呉国には多くいます。100万の軍勢であれば、押し潰せるかもしれませんが、その後に反乱がおきた場合に対応できなくなると思っています」


 俺と同じ考えだ。

 秦国の失敗に近いね。

 始皇帝死後に、宦官の趙高ちょうこうが、粛清を行ったら農民一揆すら鎮圧できなくて、秦国は滅んだ。将兵を多く死なせると、これだけ広大になった蜀漢国の維持は、難しくなる。


 正直、陸抗らが死亡するまで待つのが正しい。

 でも死亡するのは、274年だから、後24年くらい?

 長すぎるよね~。


「それとさ、同盟状態でもあるじゃん? あんまり、信義にもとることはしたくないのよ」


「陛下の徳の高さが、足枷になっておりますか……」


 制圧後に、反乱が続けば、統治なんてできない。

 平民に至るまで、心服させてこそだ。

 だけど、孫権は悪政を行ってもいる。


 孫権がボケていて、攻め時だけど、被害を考えるとそうとも言えない。まだ、呉国には名将もいるしね。

 悩ましい場面なのよ……。


 その日は、朝日が昇るまで議論が交わされた。





 次の日の軍議は、行わなかった。

 羊祜君と杜預君は、徹夜明けだけど練兵だそうだ。真面目さんだね。


 俺は、昼に起きて、また考えた。


「やっぱさ、準備万端で行きたい。王濬おうしゅんを探そう」

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