第2話 劉禅急ぐ

 俺は、馬に乗り走らせた。

 久々の乗馬だったけど――問題ない。父劉備に習った乗馬は、体が覚えている。

 【髀肉の嘆】の故事があるけど、武芸は一通り教え込まれたんだ。


「陛下~! せめて馬車にお乗りください! 落馬したら、私の首が飛んでしまいます~!」


「黙って、朕に着いて来て~。今は一刻を争うのよ~!」


 成都を出て、間道へ向かう。

 蜀の道は、正直悪い。峠道を進み、桟道を通って漢中へ向かう。

 剣閣なんて、本来は、馬で通る道じゃないよな。

 流石に難攻不落で有名な、剣門関だ。

 三国志オタクとしては、じっくり見て回りたいよ。今は時間ないんだけどね。

 横目で素通りする。


 途中で馬を変えて、夜道を強行軍する。

 そんなこんなで、葭萌関に着いた。


 ここは、父の劉備が、益州攻略の際に本拠地とした拠点だな。漢中の張魯と戦った場所だ。

 『張飛と馬超との戦い』が有名だな。

 『黄忠と厳顔の老将コンビ』が、張郃を打ち破った場所でもある。

 要は、蜀漢の重要拠点なんだ。川の合流地点でもあるしね。元の国境。

 感慨深いけど、とにかく時間がない。観光は後回しだな。


「これは……、陛下? 何故ここに? というか、兵士が疲れ切っていますが、どちらまで行かれるのですか? 漢中ですか?」


 張紹ちょうしょうが来た。張飛と仲良くて、防暑防寒対策で、植林した人だな。


「張紹君。悪いんだけど、食事と馬を用意してくんない?」


「はっ? はは!」


 張紹君は、急いで食事を用意してくれた。

 俺も食事をとる。兵士と一緒に鍋を囲む。戦場って言ったら鍋料理だよね。

 その間に、馬を用意して貰おう。


「もぐもぐ……。兵士の食事もそこそこ美味しいのね」


「「「……!?」」」


 皇帝が、一般兵と同じものを食べるのは、問題があるようだ。結構見られている。でもね、同じ人間なんだ。俺だけ、別な食事で時間を取られたくない。


 兵士は……、半分が脱落だな。歩兵はしょうがない。でも、騎兵は頑張ってくれている。

 待っていると、馬に鞍も取り付けられた。


「そんじゃ、再度出発ね~。悪いんだけど、もうちょっと頑張ってね~」


 兵士に檄を飛ばす。


「「「はっ! お任せください。地獄までお供します!」」」


 うん、いい兵隊だな。士気が高い。

 恩賞は、弾まないといけないな~。





 漢中に入れば、平地が続く。やっと、馬の機動力が生かせるな。近くに定軍山が見えるけど、今は行かない。

 野営を挟んで、とにかく急ぐ。張紹君は、輜重部隊まで出してくれた。気が利くのね~。

 こうして成都から三日で、漢中へ到着することができた。


「ふう~。やっと漢中だ~。長かったのね~」


「陛下! 丞相は亡くられたのです。今更急いでも、何も変わりません! 冷静になってください! つうか、何処まで行くつもりですか?」


 ついて来てくれたのは、張翼ちょうよく将軍だった。

 いや、今ならまだ変えられるんじゃない?


「これから五丈原に向かうから、武器防具と兵糧の準備をお願いね~。武器防具と兵糧の点検ね~」


「「「えええ!?」」」


 張翼将軍は、驚きながらも指示に従ってくれた。仕事のできる人なのね~。この人は、蜀滅亡まで付き合ってくれた、名将でもある。俺としては、推しの将軍なんだよね~。

 それと、槍も防具も途中で捨てさせたので、後で回収しないとな~。誰か適任者がいればいいんだけど、後回しだな。

 張紹君なら気を利かせて、回収してくれることを期待しよう。


「秀吉の中国大返しも、こんな感じだったのかな~。でも、武器防具を捨てさせはしなかったか……」


 確か歴史書には、そう書かれていた。あれは、40キログラムの装備で、一日に、23キロメートルを走らせたんだ。もっと凄いのが、北畠顕家とか聞いたことがある。

 まあ今回は、漢中で補充できるので、捨てさせたんだけどね。


「ヒデヨシ? 誰ですか?」


「独り言なのよ~」


 三国志と戦国時代を混ぜちゃダメだよね。

 でも、この撤退戦が上手く行ったら、後世でなんか名前を付けて貰いたいのよね~。まあ、歴史家に任せよう。



 ここで、北伐より帰って来た軍が漢中に戻ってた。第一陣だな。


「これは、陛下!?」


 馬より降りて、将軍が一礼してくれる。


楊儀ようぎ将軍。ご苦労だったのね。君は、丞相の棺を持って成都に帰って。後は、朕が引き継ぐよ~。あ……、墓は漢中の定軍山だっけ?」


 諸葛丞相の棺に一礼した。

 本来の劉禅であれば、棺を抱えて泣くんだけど、パフォーマンスだよな~。


「えええ!? 何故ご存じなのですか? 遺言書が届いていたのですか? 私は、聞いてないんですけど?」


 なんで知っているのかは、教えない。

 楊儀将軍も混乱しているけど、指示に従ってくれる。楊儀は、一応命令には忠実なんだよね。でも、性格に難があるので、平民に落とされてしまう。別な三国志の物語だと、処刑になる場合もあるし。平民に落とされて自決ってのもある。

 まあいい。処遇は後から考えよう。楊儀の欲しているモノは、知っているんだし。丞相にはしないけどね。


 それと……、楊儀軍を借りて吸収した。

 これで、劉禅軍は一万人くらいになる。武器防具の補充も終わった。


「これで、行けるかな~」


 まだ、間に合うはずだ……。たぶん……。

 確証は、ないんだけどね~。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る