第4話 撤退戦_司馬懿視点

◆司馬懿視点



 目の前では、魏軍が攻められていた。反撃されている……。

 先ほどまで、こちらが攻めていたというのにだ。何処にこれだけの伏兵を潜ませていたのか。いや、何時から……。確かに敵地ではあるが、この場所を選ぶ理由が思いつかなかった。


「なんだ……、これは? なにが起きた? 謀ったな、孔明?」


 理解できなかった。

 諸葛亮孔明は死亡したはずだ。星読みでも、敵陣の動きからも、それは明白だった。

 ハッとする。


「まさか……、誰かの計略か? 諸葛亮以外の?」


 思考を巡らせる。

 諸葛亮の死亡を用いた計略? 誘い出された? この私が、まんまと引っかかった? 誰の策だというのだ?


 蜀漢にそんな計略を立てられる人物など、いるはずがない。

 もしいるのであれば、諸葛亮が重用しないはずがない。馬謖なんか重用してたんだし。ここまで、頭角を現さずに、諸葛亮死亡後に才を見せたというのか?

 どんな理由で、そんなことをする意味があるというのだ?


 崖の上を見る。良く見ると、諸葛亮は微動だにしない。あれは……、人形だな。

 老眼と乱視が、問題だったか。

 撤退の銅鑼ドラは、早計だったな。ビビッて指示を出してしてしまった。


「だが、円陣を組むことはできた……。多少の考察時間は稼げたはずだ。まだ、終わりじゃない」


 周囲を見渡す。

 三方向から攻められて、包囲されてしまった。魏軍は、防戦してくれているが、崩れるのは時間の問題だな。

 急いで進軍したので、兵士数が足りていない。敵兵の方が、明らかに多い。

 それと、見慣れない旗がある……。


「劉禅軍の旗? 自称皇帝が、自ら出て来たとでも言うのか?」


 まず、ありえない。皇帝自らが、こんな最前線に来るなど……。

 囮の可能性……。ないな……。成都や漢中であれば別だが。

 報告では、劉禅は諸葛亮の前では真面目だが、普段はだらしない人物だったはずだ。政治も文官任せと聞いている。

 酒と女に溺れた暗君。そんな人物が、戦場に来るはずがない。

 精々士気を高めるために、旗だけを持って来た程度だろう。


「背後に誰がいるというのだ……。本当に思い当たらない」


 この作戦を立案した者がいるとするならば、諸葛亮以上の知恵者だ。

 どこまで、先を見通しているのか……。

 そして、まだ罠がある可能性がある。私であれば、落とし穴でも用意して、そこに追い込むだろう。


「司馬懿様! 一刻も早く脱出を~!」


 部下が、生き延びろと言っている……。

 だが、馬上からでも分かる。もう逃げ道などない。

 これ以上思案しても、時間の無駄か。


「ふっふっふっ。わーはっはっは……」


 笑いが込み上げてしまった。


「この司馬懿を、ここまで見事に計略にかけるとは……。その顔を拝んでみたかったぞ! 敵将よ!」


 崖の上で、指揮を執っている者に賞賛を送った。

 だが、ここで死ぬわけにはいかない。

 幾万もの死者の上に、私は立っているのだ。魏国を背負っている自負もある。曹家だけでは、国は続かない。曹叡陛下は、ちょっと頼りない。

 敵だけではない、時には味方さえ蹴落として、私は今ここにいる。曹真さんとか、可哀相なことをしてしまった。曹真さんは、諸葛亮が相手だったしどうしようもなかったのもあるけど。


 道は二つ。崖上で指揮を執っている者を討ち取るか、包囲を破って少数でも逃げるかだ。

 援軍は期待できない。来るとすれば、一刻(2時間)はかかる。

 まあ、考えるまでもないか。


「聞こえる者だけで良い。陣形を組み直せ! 敵の包囲を破るぞ!」

「「「はっ!」」」


 私は、撤退を選んだ。包囲を突き破り、更に崖を駆け上がるなど、兵士も無理と分かっているだろう。敵将を討てるだけの兵力は、もはやない。

 長年付き従ってくれた、古強者たち。ここで、失うには惜しい人材ばかりだ。

 都に帰れば、恩賞を与えられたモノを……。


 私は、後方の二軍の合わせ目に向かって突撃を命じた。

 私も剣を抜く。

 槍を剣で弾き、敵騎兵を切る。血しぶきが舞った。


「そうだ……、これが戦場だ!」


 長年、指揮ばかりで久しく忘れていた感覚。


「司馬懿様を護れ~!」

「司馬懿はあそこだ! 討ち取れ~!」


 血と怒号が、飛び交う。


『敵兵士の壁が薄くなって来た。数は劣るが、こちらも精鋭なのだ。負けてはいない!』


 ここで、馬を射られた。

 盛大に転ぶ。

 私の回りを、味方の兵士が回り込んでくれて敵を防いでくれる。


「司馬懿! ここまでだ~! 積年の恨み晴らさせて貰うぞ!」


 背後より、姜維が迫っている。だが無視だ。あんな小物、相手にするまでもない。

 味方は、分断されて各個撃破されているな……。


「司馬懿様を護れ~!」

「「「おお!」」」


 長年、渭水で戦って来たが、最後に良い兵が残ってくれた。


「司馬懿様! 馬に! お早く!」


 騎兵が、馬から降りて、譲ってくれた。


「すまぬ……」


 私は馬に乗った。譲ってくれた兵士が、槍を持って敵兵に突撃して行った。

 周囲を見渡す。立ち止まってはいられない。


「もう、味方も少ないか……」


 だが、命を惜しむ兵士などいなかった。


 私は馬を駆った。

 血沸き肉が躍る。

 命が燃える!


「続け~! 魏の精鋭たちよ~!」

「「「おおお!」」」

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