第10話 司馬懿の最後の様子

「父、司馬懿も文官から始まりました。曹操に呼ばれていたのですが、無視していたら、強引に登用されたのです。その後、閑職で過ごしていました。その時に曹丕の友人となり、後に『四友』の一人となりました」


 そうだったね。ずっと文官で、中央の仕事を行っていたんだった。

 曹操が亡くなって、曹丕の代になってから頭角を現すんだよね。

 【曹丕四友】と呼ばれて、賢策を取り上げられていったんだ。

 曹叡の代で、涼州牧になってやっと兵権を持てたんだったな。蜀漢国に備える涼州が有名だよね。

 まあ、反乱鎮圧くらいは行っていたんだろうけど。


「司馬懿は、凄い人だったのね~。あの諸葛丞相と渡り合えた唯一の人材だったのよ~」


 彼がいなければ、諸葛丞相が天下統一してたかもしんないよね。

 少なくとも長安までは、到達していたはずだ。


「ありがたきお言葉。戦上手とは言えませんでしたが、防衛の天才であったと、誰もが口を揃えて言うでしょう」


 紛れもなき、英雄の一人だよね。


「それで……、五丈原で、生き残った者からの報告を聞きました」


 あれ? 全滅させたと思ったけど、生き残りがいたんだ。

 死体に紛れていたの? かろうじて生きていた者に話を聞いたんだとか。


「父、司馬懿は、笑っていたそうです。この計略を仕掛けた者の顔を拝んでみたいと言いながら、剣を取り包囲を突破しようとしたのだそうです。まさか、陛下だったとは思わなかったでしょう」


 ……計略ね~。

 歴史というか、未来を知っているだけなんだけどね。

 包囲戦術って、古代中国でなんて言うんだろう?

 兵法三十六計だと、【関門捉賊かんもんそくぞく】――敵の退路を断ってきっちりと追い込む……かな?


「そして、笑いながら、槍に貫かれて息絶えました」


 そうか、司馬懿も武将だったんだな~。

 戦場で死ねて、本望だったんだろうな~。


「李厳君も、本望だったのかな~」


「そうだと思われます。彼も最後まで武人だったのだと思います。そして、李家の者たちも」


 これも諸葛丞相の失策だな。

 生粋の武将に食料調達とかさせてんだし。

 でも、第二の魏延になっていたかもしれないか。命令を聞けないのであれば、どんな有能な人材でも兵権は預けられない。それは、理解できる。

 諸葛丞相は、秦国の法律を真似て、厳しい法で軍を纏めていた。

 ついて来れない者は、排除したんだろうな~。


「陛下の判断は、間違ってはおりませんでした。ただ……、英雄の死を悼むだけでよろしいかと」


「そうよね~。戦争してんだし。こちらの損害をなくすことはできないよね……」


 そうだった。連勝続きで忘れていた。

 戦争してんだし、味方の被害が出てもおかしくない。

 敗戦しないように戦略を練ってんだけど、将兵は亡くなって行くよね。


「うん、うん。悲しんでばかりはいられないよね~」


 武将なんだし、戦場で死ねるのは本望なのかもしれない。

 李厳は、ずっと閉じ籠っていたんだろうし。


「少しでもお慰みになれば……」


「ありがとうね~、司馬師君。朕のすべきことは、英雄の死を悼んで、進むことだよね~」


「……私も陛下に仕えられて、この上ない幸せです」


 俺は皇帝なんだ。止まれない。

 父劉備の代から、多くの将兵の屍の上に今の蜀漢国がある。


「そんじゃ戻ろうか。政務を滞らせちゃダメだよね~」


「ははっ……」





「皆ごめんなのね~。落ち着いたのよ~」


「「「ははっ」」」


 政務を滞らせてはいけない。


「報告の続きをお願い」


「はっ。報告によると、匈奴が長安の国境を脅かしていたそうです。それを知った司馬昭は、匈奴に賄賂を渡して略奪を行わせたそうです」


 地図を見る。

 三国志の時代って、匈奴に攻め込まれてんのね。

 俺は、春秋戦国時代の地図も知っているから、領土の違いが理解できる。

 特に万里の長城だ。蒙恬が作ったんだけど、あれが秦国時点の国境になる。

 ちなみに長安は、咸陽のすぐ近くに作られた都だった。前漢の三傑、蕭何しょうかが作ったんだ。


「長安の北の都市は、太原だっけ? あの都市は、今どうなってんの?」


「現在は、匈奴が支配しております」


 そうすると、長安を取っても東か南東に進むしかないのか。太行山脈が、太原への道を邪魔する。

 秦国の王翦おうせんや、前漢の韓信かんしんも旧趙国に出兵する時に迂回してんだよな~。井陘せいけいの戦いや、閼与あつよの戦いが有名だよね。北回りだと、番吾はんごの戦いなんてのもある。


「陛下。匈奴と敵対関係になるのは、得策ではないかと」


 司馬師君を見る。


「前漢の韓信は、井陘せいけいの山道だったのよね~。秦の王翦おうせんは、太行山脈を北上してるし……。南路をとれってこと?」


 まあ、秦国は、趙国の李牧に二回負けてんだけどね。并州と冀州を攻略すれば、中原に進出できるけど、匈奴もいる。【二虎強食の計】は受けたくない。考えないとな~。


「陛下……。何処でそのような知識を?」


 誰でも知っているとは言わないけど、司馬遷の『史記』に書かれてるんじゃない?


「そうなると、魏函谷関を攻めるしかないんかな?」


「今は匈奴と手を取り、守りを堅めるべきかと……」


 うん。俺は先を見過ぎだったね。


「そうだね~。そんじゃ長安への援軍の話をしよっか~」


 全員が頷いた。

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