第50話 セリーナ①

 ――ウォノマ城の謁見室に呼ばれたエメラーダ一同。その後ろを、マーリンがついて行くように歩いている。


 謁見室に入るとジョービズが玉座に座っている。傍らには、ファルゴンがいた。


「エメラーダよ。そなたの尽力により、王国は平静を取り戻しつつある。感謝の言葉もない」

 ジョービズは玉座からエメラーダに礼を言う。


「勿体なきお言葉。家臣として当然のことをしたまでです。それに、グールはいなくなったと言い切るには早計かと」

 エメラーダはジョービズの言葉を謙遜な心で受け止めると、表情を引き締めた。


「一体彼奴きゃつらはどこから現れるのだ……」

 ジョービズはため息をついた。


「でも、まぁまぁ落ち着いてきたんでしょ? ここらで、四十年前の第一王子死亡の真相を探ってみない?」


 突如、目の前にルシエルが現れた。一同の目はルシエルに注がれる。


「貴様、四十年前のことは関係ないだろ! アルデン殿下を侮辱する気か!?」

 ファルゴンは激昂した。


「アルデン殿下というのは、四十年前に突如亡くなられた第一王子ですね?」

 エメラーダが確認する。


「うむ。私の大伯父でもある。若くして亡くなられたので面識はないのだが」

 ジョービズが答えた。


「このような事をお聞きするのは酷なことと承知しておりますが、アルデン殿下の死因は何だったのでしょうか?」


「死因か……突如亡くなったことは聞いておるだろうが、それはとても奇妙なものだったそうだ」


「奇妙なもの、ですか……」


「なんでも、大伯父の体からは内蔵がごっそりと無くなっていたというのだ」


 エメラーダは息を飲んだ。ジョービズの口から思いもよらないことが出てきたからである。


「なんと恐ろしい……」

 エメラーダの顔がみるみると青ざめていく。


「そうだ、これは魔女である貴様とヨランダの仕業だ! こんなおぞましい事をやるのは貴様ら以外に考えられん」

 ファルゴンは震える手でマーリンを指した。


「そのことなんだが。私とヨランダにはアルデン殿下を殺す理由などないんだがな。ましてや、内蔵を抜く理由など」

 マーリンは困ったように肩をすくめる。


「そんな言い逃れができると思っているのか!」

 ファルゴンは怒りの形相で詰め寄った。


「だーかーらー、犯人が誰なのか、それを探ってみないかって言ってんの」

 ルシエルがファルゴンとマーリンの間に入った。


「しかし、もう四十年も前のことだぞ。当時の事件現場の痕跡など、欠片も残っていないが」

 ジョービズが疑念を呈した。


「ふふーん。そこはアタシに任せなさーい」


 ルシエルは右人差し指を指すと、そのまま上に上げ、差した指で円を描くように腕を左回しする。そうしているうちに、部屋の内装が変化していった。


「何が起こったんだ!?」

 ファルゴンが狼のように吠えた。


「これは……城内か? だが、内装が異なるような」

 ジョービズにも戸惑いの色が見える。


「この城は今、アンタたちが知っている城じゃないわ。ここは四十年前のウォノマ城よ」


 部屋中にどよめきが沸き起こる。誰も彼も驚きを隠せなかった。ただ一人を除いて。


「ほぅ」

 マーリンは感心したように辺りを見回していた。皆が驚き戸惑いを禁じ得ない中、マーリンだけが妙に落ち着き払っている。

「時間を巻き戻したというのか?」


「いくらアタシでもそこまでは出来ないわよ。起こったことをなかったことにできないしね。アタシが出来ることは、過去に何が起こったのかを見せるだけ」

 マーリンの質問に、ルシエルが答えた。


「それでも大したものだ。流石私を王国まで飛ばしただけの事はある」


「そうよー。すごいでしょ?」

 ルシエルは得意げになってふんぞり返っている。


「いいからとっとと話を進めろ」

 得意げになっているルシエルに対し、マックスが白い目を向ける。


「もーせっかちなんだから。今見せるから待ってなさいよ」


 ルシエルはそう言うと、また指をパチンと鳴らした。すると、部屋の内装が切り替わる。


 まず、丁寧な細工が施されたベッドが目に入る。上からは天蓋が垂れ下がっていた。


 細工の匠の様を見るに、部屋の主人は高貴な身分であろうことが伺える。他の調度品もまた、ベッドに負けず劣らず豪奢ごうしゃなものである。


 そんな調度品のうちのひとつである卓の前で、一人の人物が立っていた。手には水差しを持っている。


「あの者は……姉上!」

 ファルゴンが震える声を出した。


「姉上というのは……」


「セリーナだな。ロニ王の愛人だ。下級貴族の出なのだが、王に見初められて城に来たとかなんとか。この時のファルゴンはセリーナの付き人だったな」

 エメラーダの質問にマーリンが変わって答える。


「ではここは、セリーナ様のお部屋ということでしょうか?」

 エメラーダは再度聞き返す。


「そうだな。ここには何度か来たことがある。それにしても、まるっきり当時のままだ。ルシエルには驚かされてばかりだ」

 マーリンは感心していた。


「貴様! 何を見せる気だ! この悪魔め!!」

 ファルゴンは悲鳴を上げた。その声は上擦っている。


「アクマってのがなんだか知らんが、こいつは悪いやつなのは確かだ」

 マックスが乗っかる。


「乗っかるのはやめなさいよ! だいたい、話が進まないでしょ! 次行くわよ次!」


 ルシエルがぷりぷりしながらパチンと指を鳴らす。すると、部屋全体がまたもや変化していった。


 今度は石壁がむき出しになっている部屋だった。棚には多くの本やら、よくわからない物体が入った瓶やらが置いてある。


 その傍らの卓の上には、あらゆる種類の植物や鉱物に実験に使うと思わしき器具といったものが置かれていた。


 そして別の卓に目を向けると、そこには書物が広げられている。

 その間を挟むように、二人の女性が向かい合っていた。


「そこにおられるのはマーリンさんですか?」

 エメラーダは向かって左にいる女性を指して言った。


「そのようだな。私はロニ王の招きに応じてウォノマ王国に向かった。そして、城の一室を研究室として使うことを許されたのだ」

 マーリンはエメラーダに映されている光景に対する説明をする。


「とすると、向かい側にいるのは……」

 先程までの余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度が一変、渋い顔をし始めた。


 一方の女は、まず燃えるような赤い髪が印象的である。顔の方も溌剌としている。髪と対照的な緑の瞳は、生き生きと光り輝いていた。


「もしかして、あの方がヨランダさんですか?」

 エメラーダがマーリンに尋ねた。


「うむ……」

 質問に対し、マーリンは重々しく頷く。


「ところで、これは何をやってるところなの?」

 映されているマーリンとヨランダは話し合っているように見える。ヘッジはそれを指して、マーリンに尋ねた。


「広げている書物にカオスに関する記述があったというので議論をしているところかな。私の記憶が正しければ」

 マーリンは記憶を手繰たぐり寄せるように語り始めた。

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