第54話 サフィーア②

「ロビン、お願いします!」


 エメラーダは蒼き剣を再び掲げる。剣から光が放出され、背中の方に向かう。光は背中に留まり羽根の形を取る。

 光の翼が羽ばたき、体が宙に浮く。そのまま、ドラゴンの方へと飛んでいった。


「氷薬をいただきましたが、どう使いましょう?」


「僕に任せてよ!」


 ロビンがこう言った途端、蒼き剣が光り輝く。すると、小袋から氷薬が溢れ出る。

 溢れ出た氷薬は、だ円の形を取ると、鏡のような丸い円盤になった。


「これで火の息は大丈夫だよ……多分」

 確信が持てなかったのか、語気が弱々しくなっている。


「ありがとうございます。これで大丈夫です!」

 エメラーダはロビンを励ますと「やあぁぁ!」と掛け声をあげ、ドラゴンの方に飛んでいった。


「氷の盾か。考えたな」

 氷の盾をかざすように飛んでくるエメラーダを見たヨランダが唸る。


「だが、火の息だけではないぞ!」


 勝利宣言のごとく、ヨランダが叫ぶと、ドラゴンが息を吹きかけた。


 今度は空気が冷ややかになった。氷の息を吐いたのである。エメラーダは、既のところでかわす。


「エメラーダ! 大丈夫!?」

「はい! 避けることに成功したので」


 ロビンの心配そうな声に対し、エメラーダは気丈に振る舞う。

 しかし、氷の息のせいで接近することができない。


「氷が吐けるなんて、聞いてないよ!」

 ロビンの嘆きが響き渡った。




「なんか冷えてこないか?」

 マックスは地上でエメラーダを見守っていたが、ここに来て寒気を覚える。


「あらかた消火を終えたからか? でも寒くなるというのは……」

 マーリンは首を傾げる。


「あれを見よ」

 フォレシアがエメラーダの方を指差す。ドラゴンが氷の息を吐いているところであった。


「火だけじゃなくて氷も吐くのかよ」

 マックスが空を見上げながら、苦い顔をする。


「器用よねー。伊達にこの世の終わりの時まで封印されてないわね」

 ルシエルが感心したように言った。


「だからなんで楽しそうなんだよ!」

 ルシエルの物言いに、マックスが怒りを顕にする。


「我らはこうして見守ることしかできんのか。情けない話だ」


 マーリンはエメラーダとドラゴンの戦いを、一同とともにもどかしい思いで眺めた。




 ――エメラーダはドラゴンの氷の息に対し、何ら手立てを打つことができないでいた。避けるのが精一杯で、近づくことさえできない。


「なんか寒くなった気がするよ」


「氷の息は空気さえ凍らせてしまうのかもしれません」

 エメラーダは震えていた。


「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫です!」

 エメラーダはそう言うが、ロビンの焦燥感は募るばかりであった。


「このまま凍るがいい!」


 ヨランダの命令と共に、ドラゴンが氷の息を吐きかけた。吐いた氷が光を受けて乱反射する。

放たれた氷が嵐となりエメラーダに襲いかかる――


 その瞬間、蒼き剣が眩い光を放った。



「何事だ!?」

 ヨランダが目を閉じ、腕で目を覆う。ドラゴンもひるむ。


 光は強くなっていき、次第にエメラーダを包みこむ。

 氷の嵐は光によって真っ二つに裂かれ、雲散霧消した。


「ロビンですか? ありがとうございます」

「これは僕じゃないよ!」

 エメラーダは謝意を示したが、ロビンは否定する。


「どういうことですか?」

「それが、僕にもよく分からなくて……」

 ロビンは困惑していたが――


<それは、私です>


 突然、声が響いた。声色は穏やかで、柔和な印象を与える。


「なんか声がするよ!」

「私にも聞こえます!」

 ロビンとエメラーダは互いに驚いた。


「でもこの声、どこかで聞いた事あるような……」

 ロビンが記憶を辿っていた時、再び声がする。


「驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。私はサフィーアと申します」


 エメラーダの前に、女性が姿を現した。髪を腰まで伸ばし、全身にはサファイアが散りばめられている。


「やっぱり、どこかで会ったことあるよね。あれは確か……」


「エメラーダが前後不覚になっていたときですね。あなたがまだ花の妖精だったときのこと」


「そうそう! あのときだ!」

 ロビンは初めてサフィーアと会ったときのこと――エメラーダがアナセマスからの帰還後、前後不覚に陥っていたときのこと――思い返していた。


「サフィーアが本当の蒼き剣の妖精なんだね」

「妖精かどうかは……でも、今は人間とは呼べない状態にあるのは確かです」


「それはともかく、初めて会ったときは名前を言わなかったよね? あのときは、名前を思い出せなかったような感じだったけど」

 ロビンは記憶の奥底にあるものを引き出そうとする。


「それは私の名前は必要ではなかったからです。剣なのですから。だけど今はそんなことを言っている場合ではありません」

 サフィーアは決然とする。


「『人間は滅んで当然だ』そう言っておられる方がいましたね。その通りです。我ら人間はカオスの力を濫用して多くの悲しみと死を生み出したのですから。無名経典もまた、そのような経緯で生み出されたものです」


 エメラーダの目を見て、更に続けた。

「ドラゴンを倒し、無名経典を再封印すること私の責任。ですが、私だけでは成し遂げることは出来ません。どうかお力添えを」


 エメラーダもサフィーアの目を見た。それはサファイアのように煌めいていた。その煌めきから、決意を感じ取った。


「私の方こそ、ありがとうございます。互いの力で、ドラゴンを倒しましょう」


 エメラーダはサフィーアの手を取ろうとするが、空気を掴むような感覚しかなかった。


「申し訳ありません。私には実体がないもので。でも、あなたの意志は充分伝わりました」

 サフィーアはエメラーダの手を包み込む仕草をした。


「私も、サフィーアさんの意志が伝わりました」

 実体がないので手を取られた感触がない。だが、エメラーダはやんわりとした光から意志を感じ取ったのである。



「では、いきましょう!」


 エメラーダが掛け声を上げると、サフィーアの姿が見えなくなった。その代わりというように、蒼き剣がまばゆい光を放つ。


 光はエメラーダを包むと、甲冑の形を取る。そのまま、光は鎧となった。頭から足先まで覆う全身鎧になっている。ところどころ、青で模様が入っており、背中の羽も金属のようになっていた。


「一体何が起こったのだ!?」

 光が収まったので、ヨランダは目を開けた。眼前には様変わりしたエメラーダの姿が映る。


「やぁぁぁ!」

 エメラーダは気合の声と共に、ドラゴンに向かっていった。


「させるかぁ!」

 ヨランダも負けじと声を上げると、ドラゴンが息を吹きかける。

 エメラーダはブレスをモロに浴びてしまった。


「やったか!?」

 ヨランダは手応えを感じる。だが、次の瞬間、エメラーダが飛び出してきた。


「効いていない、だと?」

 ヨランダは動揺した。全くダメージを受けていないからである。

 エメラーダは勢いそのまま、突撃する。


「くそっ」

 ヨランダはドラゴンに火を吹かせたが、氷の盾により防がれてしまった。


「なぜ氷の盾を張ったのか、お忘れですか!?」

 エメラーダとドラゴンの距離は急速に縮まった。


「いやあぁぁぁぁ!」


 雄叫びと共に、蒼き剣を水平に構える。待ってましたと言わんばかりに刀身が輝きを増す。

 スピードをつけて突っ込んでいくと同時に、剣を大きく振る。

 斬撃は、ドラゴンの首を切り落とした。


「馬鹿な、ドラゴンが……!」

 ヨランダが悲痛の声を上げる。


 首を失ったドラゴンは塵となり、消滅していった。

 背に乗っていたヨランダは、空中に放り出される。


「ヨランダさん!」

 エメラーダは落下するヨランダの右手を取った。


「なぜ助けたのだ! 離せぇ!!」

 ヨランダは振り払おうとして必死に右手を振ったが、エメラーダは固く握った。


「ここで死んではダメです!」

 エメラーダは固く握った状態で、ゆっくりと降下する。


「何を言っておるのだ! どっちにせよ、死は免れぬ! だったらここで死なせろ!!」

 ヨランダはわめき散らした。


「あなたには王に、なにより人々に弁明しなければなりませんよ。多くの人を危険に晒したのですから」

 エメラーダはどうにかしてヨランダをなだめようとする。


「小娘ぇ!! 貴様に何がわかる!!!」


  ヨランダは地面に降ろされても、こんな調子で喚き続けていた。

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