第43話 クラウディオ④

「理由はわかった。次は、どのようにして歴史を改変したのか、だ」

 フォレシアは話を切り替える。


「それは……、私には、ダーラという家庭教師がいた。彼女は医師であるジャン先生の紹介で招かれたのだ。彼女からは主に修辞学と文学を教わった」

 クラウディオは、フォレシアの質問に、淡々と答えた。


「そうしてダーラの元で学び続けていたのだが、あるとき、こんなことを言いだした。『私には、魔術の心得がある』と」


 クラウディオが『魔術の心得がある』と言った途端、場が騒然とした。


「ダーラさんは、どこで魔術を取得したのでしょうか?」

 エメラーダが問う。


「それは……」

 クラウディオは、考え込むような素振りを見せる。思い出そうとしているようだ。


「申し訳ありません。ダーラのことを思い出そうとしても、まるで雲をつかむようで……」

「つまり、記憶にないと?」


「はい。振り返れば、ダーラはあまり自分の話をしていなかった。今考えれば、なぜそのような人物を招いたのか……」

 クラウディオは思い悩んだ。


「過去を悔いても、前に進めません。今は事件解決を急がなければ。ジャン先生は、何故ダーラさんを紹介したのでしょうか」


「それか……ジャン先生は医師のギルドに加入しているのだが、当時は、魔術が盛んだったそうだ。先生曰く、医術と魔術は切っても切れない関係らしい。ダーラとは魔術の研究をしているときに知り合ったと言っていた」


「ジャン先生は、ダーラさんとは深い関係だったのですね」


「それが、ジャン先生もよく知らないようなのだ。考えれば考える程、不可解だ。彼女は一体何者なのか」

 クラウディオは苦悶の表情を浮かべる。それを隠すように、手で顔を覆う。苦悩する姿は、痛々しいものだった。


「クラウディオ様……」

 どれ程悔やんでいるのだろうか。エメラーダは、見ていることしかできなかった。


「後悔なら後でしてくださいよ。ダーラとかいう女は『魔術の心得がある』と言っていましたが、クラウディオ様はそいつから魔術を教わったんですか」

 痺れを切らしたようだ。マックスが話を進める。


「ダーラが初めて魔術の話をしたときは、話半分だったよ。それに他のものは『まさか、魔術などといういかがわしいものに手を出してやいないだろうな』と言っていたしね。とにかく、話を聞いた時は、警戒していた。


 けれど、不思議とダーラのことは警戒していなかった。話半分とはいえ、関心はあったからかもしれない」


 クラウディオが魔術を警戒していたのは、当時、王令により魔術が禁じられていたからだ。四十年前のマーリンとヨランダの追放によるものであるのは言うまでもない。


 ただ、王令は公布されこそすれそれほど厳格なものではなかったので、隠れて魔術を使う者は多かった。魔術を施行するものの中には知識人、特に医者が多かったので黙認せざるを得ないという事情もあったのだが。


「私は、ダーラに全くの信を寄せていた。いつしか、ことある事に彼女に相談するようになったのだ。そして、エメラーダがカレドニゥスに来る、半年前……」


 クラウディオの顔は、段々と深刻なものに変わっていく。

「私は、不安で不安で仕方がなかったのだ。こんな不甲斐ない私に、エメラーダは失望してしまうのではないかと。私は、そのことをダーラに相談した。そうしたら、彼女はまず、水晶玉を取り出した」


「占いでもやったのかしら? 水晶玉なんて、ベタねぇ」

 ルシエルが茶々を入れる。


「ダーラは水晶玉に手をかざしたのだが、しばらくすると、何やら絵のようなものが浮かび上がってきた。彼女は水晶玉を私に見せた。そこに映っていたのは、エメラーダだった。


 水晶玉の中のエメラーダは、とても美しく、なにより、凛としていた。

 そのような人を娶れることは、誇らしくなった。同時に、私には相応しくないという思いがますます強まった」


「真面目な話してるときにノロケんのか」

 今度はマックスが茶々を入れた。


「どうしたの? もしかして、妬いてる?」

 ヘッジがニヤリとした。

「ちげぇーよ!」


「それで、ダーラは何をしたのだ?」

 マックスとヘッジがやいやいやっているのを後目に、フォレシアが話を進める。


「ダーラは私に水晶玉を見せたあと、こう言った。『貴殿は、エメラーダをどうしたいのだ』と。そこで『エメラーダを守りたい』と答えようとしたのだが、私はなぜか、言葉を詰まらせてしまった」

 クラウディオは目線を落とす。


「水晶玉に映っていたエメラーダの姿が目に焼き付いていたのだ。彼女は凛としていた。果たして、彼女は守られることを望んでいるのだろうか? むしろ、共に前線に立ち、剣を振るうことを望んでいるのではないかと」


「そうですね。エメラーダ様、俺の仲間に斬りかかってましたからね」

 マックスはエメラーダの所業を思い返していた。


「……私、そんな事してたんですか…………」

 マックスの一言に、エメラーダは恥じ入っていた。アナセマスにいた時の記憶はないのだがかえって申し訳なさに拍車をかける。


「言葉を詰まらせていた私を見かねたのだろうか。ダーラはこんなことを言った。『どうしたのだ。まさか、気に入らなかったのか?』」


 クラウディオはエメラーダの顔を見る。エメラーダと目が合う。エメラーダは真顔だった。


「エメラーダよ。私は決してあなたの事を気に入らないなんてことは! 私は、今も、あなたを愛しています」


「愛しているって言うなら、なんで脳操虫なんてのを突っ込もうとしたんですか」

 マックスが横槍を入れる。先程までの茶化した様子はない。眉をひそめ、険しい顔をしている。


「マックス。その話は後にしろ。今はダーラの話だ」

 フォレシアがマックスを諌めた。

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