第44話 クラウディオ⑤

「……私は、ダーラの『気に入らなかったのか?』という問いに『そんなことはない』と答えた。そして、こう続けた。『私は、エメラーダが活躍できる場を与えたい』と。そうしたら、ダーラはおもむろに巻物を取り出した」


 先のマックスの発言が刺さったのだろうか。クラウディオは俯いていた。


「巻物? なんか新しいアイテムが出てきたよ」

 ヘッジが妙に浮ついた様子を見せる。


「巻物を見せながらダーラはこんなことを言った。『この書には混沌の力を行使する方法が記されている。その力は絶大だ。必ずや、クラウディオ様の願いを叶えてくれるだろう。ただし……』」


「ただし?」

 ヘッジが身を乗り出す。クラウディオが重い調子で語っているのとは対照的である。


「『混沌の力は制御できぬ。故に何が起こるかわからぬ。もしかしたらクラウディオ様の命が落ちる、なんてことも……』」


 クラウディオは、当時の情景を思い浮かべていた。記憶の中のダーラは、愉悦とも、奸計を目論んでいるとも取れる表情をしていた。


「それで、クラウディオ様は使ったんですね。じゃなきゃ、エメラーダ様は蒼き剣を持ってないし、そもそも俺はここにいない」


 マックスの眉間のシワが深くなる。言葉遣いは丁寧だが、口調はトゲトゲしいものだった。


「そうだ。私は使ってしまった。ダーラの手に持っている巻物に、一目で魅了されてしまった。混沌の力、それがなんなのか今でも分からぬ。だがあえて言おう。それは、魅力的なものだと。


 確かに、思い通りになっていないところもある。けれども、私の考え出した『蒼き剣の詩』は本物になった……」


 後悔と恍惚がないまぜになったとでもいうのか。クラウディオはふたつの感情の間で揺れ動いていた。


「つまりは、ダーラの持ってきた巻物を使い、蒼き剣の詩の伝説を本物にした。正確に言うと、蒼き剣の詩の伝説があったかのように歴史を改変した。それ以外の出来事については、預かり知らぬと」


 フォレシアは、クラウディオの語ったことを要約した。クラウディオは黙りこくっている。


「ダーラの持ってきた巻物のことなんだけど」

 ルシエルが割って入った。


「その巻物は『混沌の力を行使する方法が記されている』って言ったでしょう。もしかしたら『無名経典』かもしれないわねー」


「無名経典? また新しいアイテムが出てきた!」

 またしてもヘッジが浮かれる。


「無名経典っていうのはー。ざっくり言うと、全ての存在を無に帰すことを願ったニンゲンが自らその方法を書いた本に変わった、っていうシロモノなんだけど」


「ちょっと待て」

 マックスがルシエルを遮る。

「何よー。説明してるところなのに」

 話を遮られ、ルシエルはむくれる。


「まずひとつ。なんでそいつはわざわざ本になったんだ。全ての存在を無に帰すって言うのは、命を消すってことだろ。自分でやりゃいいじゃねえか」


「なんでそいつの肩を持つのよ。全ての存在を消す方法は分かったけど、あまりにも巨大すぎて自分じゃ使えないから他のやつにやらせたかったんでしょ」


「ふたつめ。なんで『全ての存在を無に帰す』が『混沌の力を行使する方法が記されている』に変わってんだよ」


「それねー。カオスの主様としても存在を無に帰されたら流石に困るわよね。でも、主様は『もしかしたら、混沌の拡充に使えるかもしれない』と考えたの。それで主様は無名経典を利用することにした」


「おい。それ使って存在が無になっちまったらどうすんだよ」


「そこは心配しなくていいわよ。だって主様は混沌を統べてるのよ。たかがニンゲンごときに遅れをとるわけないでしょう。無名経典だって元はニンゲンとかいうモータルに過ぎないし」

 ルシエルは腰に手を当て、ふんぞり返った。


「……俺は、アナセマスのことを呪われし地呼ばわりすんじゃねえ、って思ってたけど」

 マックスは顔に右手を当てる。


「ここで起こってることを見てると、アナセマスってろくでもねえところなんだなって」


 顔を右手で覆って項垂れている。そんなマックスを見たエメラーダだったが、かける言葉が見つからなかった。


「そうか。貴様らは呪われし地から来たのか。『彼方に、呪われし地ありて、祝福されし地を飲み込まん。魔の花が咲き乱れ、命を吸い尽くす』この詩は本物だというわけか」

 クラウディオはハハハと笑う。その顔は皮肉めいたものだった。


 コンコンコン。


 突如、部屋にドアノックの音が響き渡る。その音で、クラウディオは我に返ったように真顔になった。


「エメラーダ様が出てください」

 マックスがエメラーダを促す。エメラーダは扉の方へと向かっていった。


「はい。どなたでしょうか」

「エメラーダ様? クラウディオ様はどうされたのでしょうか」


 ドアノックを鳴らしたのは従者だった。部屋にいるであろう主が応対しないので、不思議に思ったようだ。


「あ、あの、その……」

 エメラーダは言い淀んでいた。マックスがエメラーダの方を見ている。


「クラウディオ様はお気分が優れない。しばらくすれば良くなるが、回復するまではエメラーダ様に預かって欲しいとのことだ」

 フォレシアが代わりに答えた。


「ご用件があって来たのですよね? 何があったのですか?」

 気を取り直し、エメラーダは従者に尋ねた。


「夜分遅く、失礼いたしました。至急、お伝えしたいことが! 王都に、グールの大群が!!」

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