第45話 グール①
――ウォノマ王国。
ハイキルディア大陸の西端を支配する大国である。エメラーダ一行は、グール襲撃の報を受け、王国へと向かっていた。
国境を通過し、王国内に入る。警備に当たっている兵士が、エメラーダの元に歩いてくる。
「あちらに見えますのは、国境警備隊の方でしょうか」
エメラーダは従者に尋ねる。
「ですが、何やら様子が……」
一同は兵士に目を向ける。兵士の目は、焦点が定まっていない。
「おい! どうしたんだ?」
従者が声をかけるも返事はない。
「ぐあァァァ!」
次の瞬間、兵士が唸り声を上げ襲いかかってきた。
「何してんだテメェ!」
マックスが兵士に向かって体当たりすると、そのまま押さえつけた。
押さえつけられた兵士は大人しくなるどころか、ますます暴れる。
「もしかして、こいつがグールですか?」
マックスは王国に向かう道中、エメラーダにグールのことを聴いていた。グールのことを知らなかったからである。
「グールとは、墓場から這い出て人々を襲うようになった死者のことです」とエメラーダなりにかいつまんで説明したところ、マックスは「アナセマスではゾンビと呼んでいる」と言ったのだが。
「どうなのでしょうか……」
エメラーダは兵士に目を向ける。目は血走っており、その形相はただならぬものだ。肌の色も血色が悪い。兵士は身動きが取れない中、必死になって手足を動かしている。
「こいつ、キノコが生えてます」
兵士の首元からキノコが生えていることに、マックスが気がついた。
黒に近い灰色で、傘が大きい。
「これは、ローブフングスか!」
マックスの横にいたフォレシアが目を輝かせていた。
「なんか嬉しそうだな」
フォレシアの様子を見て、マックスは顔をしかめる。
「ローブフングスはクリーチャーに生えるキノコだ。風味が豊かで、スープにしても良い。だが私としては直火焼きがおすすめだ。香ばしい焼き目と香り高い風味が一度に味わえるからな」
「だからそんなもん食うんじゃねぇよ!」
「あのー、失礼します……」
恍惚の表情を浮かべるフォレシアに対し、マックスが怒鳴っている。そんな中、エメラーダがおずおずと割って入った。
「ローブフングス、でしたっけ ? これもアナセマスに生えているものなんですね」
「そうですね。こいつはクリーチャーに生えるんですが、生えてきたら最後、キノコに操られたみたいになっちまうんです。ディーダいわく『宿主の歩行能力を利用して広範囲に胞子をまき散らしてる』らしい」
「えーと、フォレシアさんは『食べるとおいしい』と仰っておりますが……」
「そんなもん食えるかーっ!!」
エメラーダの「食べるとおいしい」という問いに、マックスは怒号で返した。
「どっちにせよ、収穫するしかないだろう」
「収穫じゃねぇよ。どっちにせよ、取るしかないけどな。生やしっぱなしにする訳にいかないし」
「じゃ、俺ちゃんやりまーす」
ヘッジが横から出てくると、まず、ナイフを取り出す。続いて、マックスに押さえつけられている兵士の頭を横に向ける。首元に生えているローブフングスの根元にナイフを当て、切断した。
「ぎゃあああっ!」
兵士の口から悲鳴が上がる。ひきつけを起こしたかと思うと、動かなくなった。
マックスは兵士を押さえつけるのをやめ、顔に手を近づける。鼻や口に手をやるも、呼気が感じられなかった。そのまま手を目の方に持っていき、兵士の目を閉ざした。
「そんな……」
エメラーダは動揺を隠せない。
「行きましょう、エメラーダ様」
マックスが促すも、エメラーダは呆然としている。
「突っ立ってる場合じゃありませんよ。早くしないと手遅れになりますぜ」
「そうですね……行きましょう」
エメラーダ一行はその場を後にした。エメラーダの脳裏に、先程非業の死を遂げた兵士の姿が焼き付いていた。
**
王都に向け歩を進めるエメラーダ一行。道中、体からローブフングスを生やしたグールが襲いかかる。
グールは兵士の他に、農民もいれば、女性も子供もいる。老若男女関係なく、グールと化していた。
「なんてこと……」
エメラーダは目の前に広がる光景に絶句する。そんなエメラーダに、グールが迫ってくる。
「危ない!」
躊躇しているエメラーダに代わり、マックスがグールに切りかかる。斬撃を受けたグールは、耳をつんざくような悲鳴をあげ、倒れ伏す。
エメラーダは、その場に立ち尽くしていた。
「どうしたんですか。らしくもない」
立ち尽くしているエメラーダを、マックスは冷ややかな目で見ている。
「申し訳ありません……ですが……」
エメラーダは襲いかかってきたグールに目を向ける。
簡素な服装から見るに、元は農民か。うつ伏せになっているので、表情をうかがい知ることはできない。グールだったものを、血が徐々に染めていった。
「エメラーダ様。あんたは俺の仲間に切りかかったんですよ」
マックスは一言告げると、武器を構え直し、迫り来るグールを次々と叩き切った。
エメラーダもそれにならい武器を構える。しかし、なかなか攻撃しようとしない。
「あー、そうだ!」
ロビンが声を上げた。
「どうしたのですか?」
突然のロビンの叫びに、エメラーダは驚く。それとともに、ほっとしたような、安堵の気持ちが湧いてきた。
「ほら、ラプソディアも植物まみれになったでしょ。そのとき、蒼き剣から光を出して、植物を枯らしたってことがあったじゃない」
「そういえばそんなことがありましたね。それが、どうかしたのですか?」
「もしかしたら、蒼き剣の力があれば、ローブフングスってキノコをなんとかできるかもしれないでしょ……どうなるか、わからないけど……」
思いついたのはいいが、それが良い結果になるとは限らない。そう考えたのかロビンは語気が弱くなっていった。
「それはいい考えですね! やってみましょう!」
確かに、どうなるのかわからない。仮に、ローブフングスだけを消し去ることに成功しても、命の保証はできないからだ。だとしても、実際に手を下すよりかはマシなのではないか? ――エメラーダはそう考えたのである。
エメラーダは、短剣状態の蒼き剣を取り出した。
「ロビン、お願いします!」
掛け声とともに、蒼き剣は元の長さに戻る。同時に青白い光を放つ。光は、ローブフングスに向かって放射される。光を浴びたローブフングスはみるみると
「やったぁー!!」
ロビンが歓喜の声を上げた。
「そういえば、ラプソディアで植物まみれになったとき、そうやって枯らしてたな。その方法があるなら早くやれよ」
マックスは憎まれ口を叩く。
「あんたさー。褒めるときは、素直に褒めなさいよ」
ルシエルがマックスに噛みつく。
「お前は黙れ」
「ところで、グールになった方たちは無事なのでしょうか」
エメラーダが眼前の光景に目をやる。
ローブフングスは、光を浴び、消滅した。そこまではよかったが、グールになってしまった人々は、その場に倒れ、ピクリとも動かない。
従者が倒れた人に近づき、安否確認する。
「大丈夫です。息はあります。気を失っているようですが」
「良かった……」
エメラーダは胸を撫で下ろす。
「とはいえ、気を失った方をこんな場所に放置するわけにはいきません。どこか、安全な所に……」
エメラーダは辺りを見回す。
「ここから少し歩いたところに、砦があります」
従者が提案する。
「では、そこに行きましょう」
エメラーダ一行は気を失っている人々を連れ、砦に向かうことにした。
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