第36話 氷薬①

 エメラーダ一同はマーリンの住居を出ると、森の出口へと向かった。


 途中、木々に巻きついているつる植物が襲いかかってくる。それには、毒々しい色の花が咲いていた。


「早速、ご挨拶か」

 マックスが武器を構える。他のものも各々、戦闘態勢に入る。


「気をつけろ! これはブラッドバインドだ。毒を持っているからな。一撃でもくらうと致命傷になりかねない」

「フォレシアちゃんって、体術もいけるんだね」


 向かってくる蔓を体術で処するフォレシア。それをヘッジが感心するように見ている。


「接近戦では、弓を射る余裕などないからな」

 フォレシアは両手を使い、次々と襲ってくる蔓を打ち払う。

 しかし、打ち払った先に、新たな蔓が現れ攻撃してくる。


「これじゃ、キリがないね」

 ヘッジが蔓を切りつけながら言う。


「どうやら、こやつの出番のようだな」

 マーリンは、氷薬を取り出した。


「危ないですっ」

 蔓の一撃がマーリンに降ってくる。エメラーダがそれを切り落とした。


「大丈夫ですか?」

 エメラーダが心配そうに声をかけた。


「余計な心配をかけさせたな。だが、私は大丈夫。では、いくぞ!」


 威勢のいい掛け声と共に、マーリンは氷薬を投げつけた。

 冷気が辺り一面に広がる。蔓はそのまま凍りついた。


「少し、手を加えてな。氷薬はアナセマスの植物しか凍らないのだ」


「やるじゃねぇか」

 マックスは凍りついたブラッドバインドを見て言う。先程まで一同を襲撃していた蔓は、しっかりと凍りつき、微動だにしなかった。


「ところで、なぜ凍らせないといけないのだ。こういうものは、グレイセスでは燃やす方が一般的だが」

 マーリンは疑問を呈した。


「アナセマスじゃ、燃やすとかえって元気になっちまうんだよ。だから凍らせるんだ」

 マックスが、マーリンの疑問に答えた。


「そういえば、ファビオ兄様がおっしゃっておりました。『火を放った途端、活性化したと』」


 エメラーダは、ラプソディアがアナセマスの植物に覆われていたときのことを思い返していた。


「なるほどな。何ゆえ火を放つと燃えずに活性化するのだ」

 マーリンは、重ねて質問する。


「それは……確か、火をつけるときに、そこから別のものを動かす力が生まれるんだけど、それをアナセマスの植物は吸収できるからとかなんとか……俺に聞くんじゃねぇよ! こういうのは、ディーダがやることだ!」


 マックスは大声で叫んだ。マックスなりに質問に答えようとしたが、収拾がつかなくなったからだろうか。


「熱力を我がものにできるのか。そいつは厄介だな」

 マーリンは顎に手を当てた。

「そうだ。だから凍らせるのがいちばん手っ取り早いんだ」


「ドラフォン全土に使うには、到底足りぬぞ。まぁ、道具は用意したから、材料さえあれば作れるが」


「ここまでしてくださるなんて……感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございます」

 エメラーダはマーリンに深く頭を下げた。


「礼にはちと、早すぎるぞ。城に向かうのだろう? 急いだ方がいいのではないか」

 マーリンは先陣を切って歩き出した。


「ああ、お待ちください!」

 エメラーダは慌てて後を追う。他のものも、それについて行った。



***


 幸いなことに、そのあと植物の怪物に遭遇することはなかった。一同は、なんなく森を抜ける。

 森の外は、平穏そのものだ。見たところ、植物の怪物もいない。


 一同がドラフォン城へ向かおうとした、矢先――


 ドスーン。ドスーン。


 地面から、大きな音が響く。一同は、辺りを見回した。


「先程、音がしましたよね? それも大きな……」

 エメラーダが、確認を取る。


「あそこだ!」

 マックスが十一時の方向を指した。一同は一斉に、指した方を見る。


 目線の先には、見覚えのある緑の巨体が、地面を揺らすように歩いていた。


「あれは一体何だ」

 マーリンが目を細めて見る。


「マーリンさんは、初めて見るのですね。あれも、アナセマスの怪物です」

 エメラーダが説明する。


「ヌイグルミを怪物と言われるのは……いや、あの大きさであるなら、怪物か」

 フォレシアは嘆息するように言う。


「ヌイグルミというのか。確かに、恐ろしいというより、間の抜けた感じがするな」

 マーリンは、ヌイグルミを興味深そうに見ていた。


 ヌイグルミは畑を横切る。畑に、くっきりと足跡を残していく。作物は無惨に押しつぶされていた。


「あやつは、ただプラプラしているだけなのか」


「はい。ですが、あの巨体です。ただ歩いてるだけでも、ひとたまりもありません」

 エメラーダは焦燥感を覚える。


「とにかく、一刻も早く討伐せねばなりません。街に向かったら、それこそ大事です」

 エメラーダの言葉に、一同は同意した。


「では、参りましょう!」

 エメラーダが力強く、号令をかけるが――。


「うお!?」


 マックスが頓狂な声を上げる。植物の怪物が襲いかかってきたのだ。それも、一同を囲むように。


 怪物はイネのような姿をしていたが、透明で煌めいている。光を反射しているのだ。怪物はガラスの植物であった。


「グライスか。森ではあまり見られぬな。光を受けて輝く様は、実に美しい」

 フォレシアはうっとりしていた。


「見とれてる場合か」

 マックスはグライスと応戦しながら、ツッコミを入れた。


 グライスは、穂からガラス片を飛ばした。ガラス片は種であるが、グライスはそれを武器として使うのである。種は、マーリンに飛んでいった。


「危ない!」

 エメラーダは、悲鳴のような声を上げた。


「フンッ」

 マーリンは鼻を鳴らすと、氷薬を取り出した。


 氷薬を円上に撒くと、空中に丸い氷の盾ができる。辺りに、キンキンキンという音が響く。種は、氷の盾によって防がれた。


「臨機応変に対処出来てこそ、魔術というものよ」

 マーリンは得意げになる。


「エメラーダ! お前はヌイグルミのところに行け!」

 マックスがグライスの攻撃を防ぎながら叫ぶ。


「でも……」

 エメラーダは心配そうな顔をする。


「いいから、行くんだ! とっととあのヌイグルミを倒してこい!」


「わ、分かりました!」

 エメラーダは走り出した。エメラーダが走ると共に、グライスがエメラーダを追いかけ始めた。


「あれ? エメラーダちゃんの方に行ったみたい」

 ヘッジがグライスの後を追う。


「エメラーダにつられたのか? 畜生っ」

 マックスは舌打ちする。


「とにかく、エメラーダを援助する。ヌイグルミはエメラーダにしか倒せないのだから」

 フォレシアがグライスに弓を打ち込んだ。バリンという音と共に、葉が砕け散る。


「皆様、ありがとうございます!」


「礼を言う時じゃないだろ。いいから早く倒してこい」

 マックスはオックスソードを振るい、次々とグライスをなぎ倒していった。


「はい!」

 エメラーダは、更にスピードを上げて走った。グライスはエメラーダを追っている。


「行かせはせぬぞ」

 マーリンは氷薬を投げつけた。エメラーダを追っていたグライスは、瞬く間に凍りつき、動かなくなった。

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