第8話 黒の森①

 『黒の森』は、ヒガンナの隣にある。黒の森もまた、奇怪な植物に覆われていた。


 太陽の傾き加減からして、まだ朝だろう。鬱蒼としているせいか、どうにも薄暗い。これが、『黒の森』の由来なのだろうか。


「もう出ていい?」

「駄目だ」

 集落を出たのだから、カゴから出てもいいだろう。ロビンはそう考えたが、マックスに却下された。


「ここは奴らのテリトリーなんだ」

「奴ら?」

「フォレスティアンだ」


 またしても、聞いたことがない単語が出てきた。この地に住む種族のことだろうか。エメラーダはそう推測した。


 ヒュンッ!


 突如、エメラーダの目の前で、何かがかすめた。

 後ろの方で「カッ」という音がした。エメラーダは音のした方に体を向ける。そこには、矢が刺さっていた。


「見ない顔だな。そこで何をしている」

 一同はいっせいに声がした方を向く。視線のには、女性がいた。木の上にいて、弓を構えている。


 女性は目の下に黒い墨を塗っている。人間の姿をしていたが、マックスとは対照的に、髪も肌も黒い。そして、耳が尖っていた。


「だ、ダークエルフ?」


 ダークエルフとは、グレイセスに言い伝えられている森の住民である。

 肌が黒く、人間に悪さを企むという。


 だが、誰もその姿を見たことはなく、エメラーダの時代においては、言い伝えの域を出ないものであった。


「あれが『フォレスティアン』だ」

 マックスはエメラーダに説明した。フォレスティアンというのは、エルフのような存在か。エメラーダはそう考えた。


「おい、フォレシア。俺たちは、ここではやり合わないと決めたんじゃなかったのか」

 マックスは、フォレシアに向かって声を張り上げた。


「その女のことは聞いていない。お前たち、我が長の元に来てもらおう」

 フォレシアの後ろから続々と人が集まってきた。


 肌の色はフォレシアと同様黒いものもいるが、白いものもいる。肌の色は様々だったが、全員耳が尖っていた。


「マックスさん、どうしましょう……」

 エメラーダは両手を上げながら、マックスに目配せする。


「仕方ない。多勢に無勢だ。ここはおとなしくしよう」

 こうしてエメラーダ達は連行されることになった。



***



「長、怪しい奴がいたので、ここに連れてまいりました」


「怪しい奴? そこのフィールディアンの娘か」


 長と呼ばれた女性はエメラーダを眺めた。彼女もまたフォレシアのように耳が尖っている。肌は白く、流れるような金髪だ。


 出で立ちは、優美だ。

 だが、それに似つかわしくないような長槍を持ち、腰には斧をぶら下げている。


「長だかなんだか知らんが、相変わらず偉そうだな。ゾーエ」

 連行されたにも関わらず、マックスは喧嘩腰になっている。


「長に向かって偉そうな口を聞くな!」

 フォレシアはマックスに向かって怒鳴った。


「まぁよい。で、そのフィールディアンの娘は何者だ?」


「私のことですか? フィールディアンというのがよくわからないんですけど、私は人間です」

 エメラーダは自分のことを指差して言った。


「……人間か。ディーダ、人間とはなんだ?」

 ゾーエはディーダに話を降った。ディーダはゾーエに向かって声を出す。


「ここアナセマスに、そのようなクリーチャーが存在していたのか。本当に、お前はなんでも知っているのだな」


「ディーダに馴れ馴れしくするな!」

 マックスはゾーエに食ってかかる。

「貴様、今はそんな事が言える立場か?」

 ゾーエはマックスをせせら笑った。


「あのー、失礼します……色々、お尋ねしたいことがあるのですが」

 エメラーダはおずおずと割って入った。


「エメラーダといったな。何が聞きたいのだ?」

 ゾーエの顔に少しだけ微笑みが浮かぶ。


「まず、ここはアナセマスっていうんですね?」

「そうだ」


「私は、グレイセスというところから来ました」


「では、アナセマスのものではないというのだな」

 ゾーエはエメラーダをまじまじと見た。エメラーダは、重圧を感じ、いたたまれなくなる。


「グレイセスとは、どういうところなのだ?」

 ゾーエは破顔した。その笑顔が、エメラーダをかえっていたたまれなくさせた。


「どういうところなのだ、と申されましても……」


 自分のいる世界について、あえて口頭で説明するということはあるだろうか? エメラーダにしても例外ではない。どう答えていいのか分からず、沈黙してしまった。


「お前な。『アナセマスはどういうところか』って言われて答えられるのか」

 見かねたマックスが、口を出した。


「そうだな。まず、生命力溢れる草花。鋭い棘が容赦なく刺し貫く。何者をも寄せ付けぬのだ。その有様が、実に気高く、何より、美しい。そのような草花で溢れかえっているアナセマスは、実に美しい」


「説明になってねぇんだよ」

 恍惚な表情を浮かべるゾーエに、マックスは突っ込みを入れた。


「あ、そうだ!」

 このとき、エメラーダは声を上げた。一同は一斉に、エメラーダの方を見る。


「彼方に、呪われし地ありて、祝福されし地を飲み込まん。魔の花が咲き乱れ、命を吸い尽くす」


 エメラーダは、詩を暗誦した。以前に唄った『蒼き剣の詩』とはまた別の詩である。


「この詩は、私が住んでいる所で唄われているものです」

 エメラーダは、説明を挟む。


「で? なにゆえその詩をそらんじたのだ?」

 ゾーエはエメラーダを凝視した。またしても、エメラーダに圧がかかる。


「えぇと、何故か急に思い出したもので……なぜ、私はこの詩を……」

 エメラーダは、助けを求めるように、目を左右に動かした。


「ところで、その詩はどういう意味なのだ?」

 ゾーエは質問した。顔には不敵な笑みが浮かぶ。エメラーダが狼狽えている様を、楽しむかのように。


「意味と言われましても……」


「お前、何も考えてないんだな」

 マックスが悪態をついた。エメラーダが「うぅ」と呻く。


「これ、あまりいじめるでない」

 ゾーエがマックスを戒める。


「えーと『呪われた地』は、『魔界』とも、呼ばれてて……」

 マックスの悪態が癪に障ったのか。エメラーダは、どうにかして、説明を試みた。


「『魔界』か……魔界とは、なんだ?」

「魔界というのは……怪物ばかり住んでいるような、恐ろしい世界のことです」

 エメラーダは、目をキョロキョロさせる。


「お前、ここがその魔界だって言いたいのか?」

 マックスが口を挟んだ。顔を見ると、眉間に皺が寄っている。エメラーダは、重ね重ね、バツが悪くなる。


「でも、ここは『アナセマス』です。魔界じゃないですよ」

 エメラーダはフォローするつもりで、否定した。


「そういえば、アナセマスは呪われた地とも呼ばれるそうだ」

 なんで余計なことを言うんだ。エメラーダは、ゾーエを恨んだ。

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