第9話 黒の森②

「ところで、こいつが持っている剣のことを知っているか?」

 マックスは話を変えた。

「おい、背中の剣を見せるんだ」


 マックスに言われるまま、エメラーダは背中に背負っている『蒼き剣』を下ろすと、それをゾーエに見せた。


「この剣がどうかしたのか?」

 ゾーエは不思議そうに蒼き剣を見ている。


「この剣のことで何かご存知ないかと思いまして」

 エメラーダは、蒼き剣について説明をした。


「そのような謂れがあるのか。ただの装飾過多の剣にしか見えないが」


「装飾過多、といいますと?」

 

「歯と目がついてるぞ。いかにも、おのが権力を誇示せんとばかりの貴族趣味の剣だ」


 エメラーダには歯と目が見えない。仮に見えたとしても、それを貴族趣味とは称しないだろう。


 どうも、アナセマスの住民はグレイセスの住民とは美的センスが違うようだ。エメラーダはそう感じた。


「いかにも、お前が好きそうな剣だろ?」

 マックスは嫌味っぽく言った。


「いや、私は好かんな。剣は質実剛健に限る。美しい剣には装飾は必要ないのだ」


「けっ。相変わらずスカした野郎だ」


「美こそ、全てだ。美しきものこそ正義だ。それを解せぬとは……実に、残念だよ」


 ゾーエはマックスに向かって歩きだした。

「それにしても、いつ見ても、美しい顔をしているな……野蛮極まりないフィールディアンなのが残念だ」


 ゾーエは、マックスの顔を覗き込みながら美を語る。マックスは怖気だっていた。


「気色悪いな! あと、野蛮がどうたらとか、お前に言われたくないんだよ!!」


「失礼します……ということは、ゾーエさんも、歯と目がついているように見えるんですね?」

 エメラーダは、きまり悪そうに割って入る。


「エメラーダと言ったな。お前には、歯と目が見えないというのだな?」


「はい」


「妙だな、我々には見えるのに、この者には見えないとは」


「俺たちは、その剣の正体を探るために、アーデンの図書館に行こうとしたんだ」

 マックスが口を開いた。


「ディーダは、この剣のことを知らぬのか?」

 ディーダはゾーエに応答するように発声した。


「成程。確認のために、あえて向かうというのだな」

「そうだ。だからいい加減、俺たちを解放しろ」

 マックスは大声で訴えた。


「わかった。フォレシア! 森の出口まで案内しろ」

 フォレシアは返事をして、森の中へと消えていった。


「おい! 今度こんなことをやったら、タダじゃすまないからな!」

 ゾーエの元を去る直前、マックスはゾーエに向かって吐き捨てた。


「『タダじゃすまないからな』か。まったく、フィールディアンは野蛮だから好かんわ」

「だからお前が言うな!!!」




 エメラーダの一行は、フォレシアの案内で、黒の森の出口にたどり着いた。


「畜生、余計な時間を食っちまった。これじゃ、帰るのが遅くなりそうだ」


「マックスさん。ゾーエさんと、どのようなご関係でしょうか? 顔見知りのようでしたが」

 エメラーダは気になっていたことを尋ねた。


「ゾーエか。あいつとは、取引してるんだ」


「取引ですか?」


「ヒガンナから他所に行くっていうと、どうしたって黒の森を通らないといけない。


 そこで、条件として、物品のやり取りをしたり、何かあったときは加勢することになっている。それまではいいんだ。


 前にディーダと一緒に来たとき、どうもあいつはディーダのことが気に入ったらしい。なにかにつけてちょっかいを出してくるんだ……」


 マックスの顔は、次第に苦虫を噛み潰したような様相を呈してきた。


「とにかく、アーデンに急ごう」

 マックスはそう言って、先陣切って歩き出した。

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