第21話 ヌイグルミ②
「何をする気ですか!?」
「そうだそうだ! エメラーダにひどいことをしたら、許さないぞ!」
ロビンは抗議した。
「しょうがないだろ。これしかねぇんだから」
マックスは走りながら答えた。
「ヌイグルミはしぶとくてな。頭が吹っ飛んでも、手と足が体にくっついてたら動くようなやつなんだ。完全に息の根を止めるためには、真っ二つにするしかない」
「真っ二つ!? あんな大きいの、どうやって……」
エメラーダは、信じられないというような顔をした。
「だから、俺があいつの頭の上まで投げ飛ばす。そのとき、頭から真っ二つにするんだ」
「は?」
エメラーダとロビンは同じタイミングで声を発した。
「デカブツの頭の上まで投げ飛ばすなんて無理だろって? もうちょっと近づけば、いけるだろ」
マックスは得意げになって答える。
「そうじゃなくてぇ! エメラーダにひどいことをしたら許さないって言ったじゃないか!」
ロビンは悲痛な調子で訴えた。
「だからしょうがないって言っただろ」
ロビンとマックスが言い合いをしている最中、エメラーダは一人、黙り込んでいた。
マックスから「投げ飛ばす」と言われたが、ヌイグルミは周辺の建物を優に超す程の巨体だ。
投げ飛ばすのも大概だが、「頭から真っ二つ」となると、相当の高さを飛ぶことになる。ということは、高いところから『落下する』のだ。
たとえ倒すことができたとしても、地面に叩きつけられたら、ひとたまりもない。しかし――
「……わかりました、やります!」
エメラーダは決断した。ヌイグルミを倒すと決めたのだ。たとい文字通り、この身が砕けようとも。
「ええぇぇえ!?」
エメラーダの返事に、ロビンは驚愕した。
「私、マックスさん達にすごい迷惑をおかけしたみたいなんです……全然覚えてないんですけど。
なにより、今はラプソディアの危機なんです!」
ロビンは、エメラーダの決意が固いと見てとった。
「……わかったよ。僕も頑張るよ!」
「決まりだな。じゃ、いくぞ!」
マックスはヌイグルミの方に向かった。ヌイグルミはただ歩いているだけだったが、如何せん巨体である。歩くだけで、建物がいとも簡単に壊されるという有様だ。
マックスは距離を詰めていく。そして立ち止まった。
「いくぞー!」
マックスは雄叫びを上げた。エメラーダの両脚をつかみ三回転する。勢いそのまま、ハンマー投げの要領で投げ飛ばした。
「いやあああぁぁぁ!!!」
エメラーダは叫び声を上げながら、剣を構え直す。そして、ヌイグルミの頭上に到達すると剣を振り下ろした。
ヌイグルミの頭部に刃が当たり、そのまま下に切り裂かれていく。
ヌイグルミは真っ二つになり、中身の綿を撒き散らしながら倒れた。ヌイグルミは真っ二つになったものの、エメラーダの落下スピードは下がらなかった。
地面に叩きつけられそうになった、その時――ロビンは蝶の羽根を大きく広げた。
それにより、落下スピードが下がる。エメラーダは叩きつけられることなく、ゆっくりと足から着地することができた。
「大丈夫か!? エメラーダ!」
ロベルトとファビオはエメラーダの元に駆けつけた。
「はい!」
エメラーダは返事をしたが、声が裏返っていた。
「エメラーダよ。手に持っている剣はもしかして『蒼き剣』か?」
宝物庫から出した覚えはない。ましてや、エメラーダに手渡すはずがない。それなのに、なぜエメラーダが持っているのか?
ロベルトは訝しんだ。
「そ、それは……気がついたら、なぜか手元にありまして……」
下手に言い訳したら、余計話がこじれるであろう。エメラーダは、正直に答えることにした。
「父上。剣が自らの意思でエメラーダを選んだのかもしれません。それに、危機的な状況を救ったのは蒼き剣であることに変わりはないのだし」
「ありがとうございます。お兄様」
エメラーダは助け舟を出してくれたファビオに礼を言った。
「なに、お前こそ一番の功労者だ」
ファビオは笑みを浮かべた。
「すまないが、蒼き剣を見せてくれないか。危機を救った蒼き剣を改めて見てみたくなったのでな。こういう時でないと拝見できぬし」
笑みを浮かべたまま、エメラーダに語りかけた。
「承知しました」
エメラーダは蒼き剣をファビオに見せるように差し出す。ファビオは差し出された状態で蒼き剣を観察した。
「どうしたのだね?」
蒼き剣に真剣な眼差しを注ぐファビオに、ロベルトが声をかけた。
「……父上。蒼き剣ですが、歯と目があります。こんな珍妙な姿をしていましたか?」
――後日、エメラーダは蒼き剣の力を使い、残った植物を次々と斬り倒していった。
幸い、植物は市街地にしか生えていなかったということもあり、エメラーダだけでも根絶することができた。
ラプソディアを覆っている植物がなくなったため、怪物に破壊された建物の復旧がはかどった。
この調子でいけば、元の綺麗な街並みに戻るのも、そう時間はかからないだろう。
そして、いつしか、エメラーダは英雄として祭り上げらることとなった。人々はエメラーダの姿を見る度に、歓喜の声を上げるのであった。
植物に覆われ、ひっそりとしていたラプソディアだったが、一転、お祭り騒ぎとなる。
エメラーダの人気は留まるところを知らなかった。
ロビンは蒼き剣として、ずっとエメラーダのそばにいた。危機が去ったというので、蒼き剣は宝物庫にしまわれそうになったが、エメラーダがロベルトとファビオを説き伏せたのである。
そんなロビンであったが、ここ数日の人々のエメラーダの反応を見て、ふと、あることを思い出した。
「エメラーダはすっかり忘れてるから改めて言うね。マックスは前に、こんなことを言ってたんだよ。
『剣なんてのはな、ただの殺しの道具だ。それ以上でもそれ以下でもない。世界を救うとかなんとか言ってるけど、もしもその剣にそんな力があるとするなら、ロクなことにならないぞ』
って。
……今、なんとなくわかった気がするよ。僕、なんだか怖いよ」
住民は、エメラーダを前にして熱狂している。そんな人々を見て、ロビンは、自分の心境を吐露した。
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