第32話 水の妖精②

 一行は、森の奥へと進む。しばらくして、前方に湖が見えてきた。太陽の光を受け、水面がキラキラと輝いている。先程の苦闘とはうってかわり、湖は静謐せいひつそのものであった。


「ここに、水の妖精がいるってんだな」

 マックスが、目の上に手をかざしながら、遠くを見る。


「ここは、僕が見た景色そのものの場所だ。だから、ここにいるはずなんだけど……」

 ロビンが答える。


「でも見たところ、妖精の気配はありませんが……あぁ、ロビンを疑っているわけではありません」

 エメラーダは、慌てて訂正した。


「そこにいるんでしょ。コソコソしてないで、出てきなさいよ」

 ルシエルが声を張り上げた。


「ルシエル! なんで急に大声なんか……わわわ!」


 ロビンがこう言った途端、水面が沸き立った。続いて、水柱があがる。その中から、妖精が現れた。


 背丈は、ルシエルと一緒だ。長い髪を持ち、水を滴らせている。肌は透けるように白く、瞳は青い。

 まとっている服は、水を巻き付けているかのようだ。背中から生えている羽も、まるで水のようである。


「貴様らか。この地の安寧あんねいを乱すものは」

 妖精は、エメラーダ一行を睨みつけた。


「あなたが水の妖精ですね。どうか力をお貸しください。ハイキルディア大陸の未来が、かかっています」

 エメラーダは、真剣な表情で言う。


「私は、協力するつもりなど毛頭無い。人間ども。マーリンに何をしたのか忘れたとは言わせぬぞ」


「俺はニンゲンじゃないぞ」

 マックスが反応した。

「人間でないなら、尚悪い。貴様が怪物を呼び寄せたのだな」


「俺じゃねぇよ。俺は巻き込まれたの。このクソ妖精が悪い」

 マックスはルシエルを指さした。


「あたしのせいじゃないわよ!」

 ルシエルは抗議している。


「あなたは、マーリンさんを知っているのですね。今は、どこにおられるのですか?」

 エメラーダは、水の妖精に尋ねた。


「ふん。追放しておいて、困り事があるとなると擦り寄る。浅ましいとしか言いようがない。これだから人間は」

 水の妖精は、突き放すように言う。


「そんな……」

 エメラーダは、言葉を失った。


「マーリンに、義理立てしてるのはわかったわ。なるほど、マーリンは人間じゃないってわけね。だから、人間なんかどうなったっていいと」

 ルシエルは、鼻で笑う。


 それを聞いた水の妖精は、怒りを露にした。

「黙れ! 無礼者め! 我が友マーリンを侮辱するな!」


「だって、人間なんか『こいつは人間じゃない』認定したやつに対して、随分と冷酷なものよ。むしろ、人間なんていなくなった方がよくない?」

 ルシエルは、さらに煽る。


 それを聞いた水の妖精は、怒りを通り越して呆れ返ってしまった。

「貴様は、一体どっちの味方なのだ……」


「だから言ったろ。こいつはクソ妖精だって」

 マックスが、口を挟む。


「私はドラフォンの者ではありません。ですので、マーリンさんに起こったことについては、詳しいことは存じません。知ったとしても、償えるものではないでしょう」

 エメラーダは、申し訳なさそうに答える。


「そういえば、貴様らが来る前に、妙な気配を感じていたのだが。せっかく出てきてやったというのに、そっちの方は姿を表さぬとはな」

 水の妖精は、話を変えた。


「それはどういう……」

「エメラーダ!」

 ロビンは、困惑気味のエメラーダに呼びかける。


「ああ、そういうことですね」

 ロビンの言いたいことを察したエメラーダは、蒼き剣を取り出した。


「この剣は……」

 水の妖精は、注意深く蒼き剣を見た。


「ごめんなさい。別に姿を隠してたわけじゃないんだけど……」

 ロビンは弁明する。


「これは一体どういうことなのだ」

「話すと長くなるけど……」

 ロビンは水の妖精に、自分が花の妖精から蒼き剣の妖精になった経緯を説明した。


「人のために、花の妖精をやめたというのか……」

 水の妖精は、ロビンの話を噛み締めていた。湖畔はしばし、静寂に包まれる。


「わかった。マーリンの元に案内しよう」

 水の妖精が言った。


「ありがとうございます!」

 エメラーダが歓喜の声をあげる。


「ただし条件がある。マーリンに何かしてみろ。その時は容赦しない」

「もちろんです」

 エメラーダは大きくうなずいた。


「では、行くぞ」

「はい」

 エメラーダは返事をした。一同は、先を進む水の妖精の後を追った。

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