第57話 帰路

「おいクソ妖精。時空の歪みとやらはなくなったんだろ? 俺をとっととヒガンナに帰しやがれ」

 ヨランダの姿が見えなくなってから、マックスが口を開いた。


「口の利き方がなってないわよ。まぁいいけど。ちょっと待ってなさい」


 ルシエルはやれやれと言った調子で答えると、人差し指を立て、指で数字の一を書くように縦に動かした。


 指の動きに合わせて、空間の裂け目ができる。裂け目から覗くのは、様々な色の絵の具をいっぺんに混ぜたような、混沌とした色であった。


「この隙間に入れってのか。大丈夫なのか?」

 マックスが裂け目を指さしながら、ルシエルを見る。


「大丈夫よー。その中に入れば、飛ばされた時間と場所に戻れるわよ。多分」


「多分ってなんだよ!」


「不安なのはわかるが、帰る手立てがそれしかないのであろう。だったら飛び込むしかないではないか」

 ルシエルに向かって憤るマックスを、フォレシアがなだめる。


「それもそうだな。俺はもう行くぞ」

 マックスが裂け目の中に入ろうとしていたときのことである。


「マックスちゃーん。別れの挨拶くらいしようよ」

 ヘッジがマックスに呼びかけた。


「何も言うことはねぇよ。特に仲間と住民に切りかかったり、ディーダのことを化け物呼ばわりするような奴に」


「私、そんなことまでしてたんですか……」


 仲間と住民に切りかかったというのは聞いている。挙句、大事に思っている存在を化け物呼ばわりしてたのか。

 エメラーダは頭を抱えた。


「まぁまぁいいじゃないの。それにお別れなのにギスギスしてるのも、それはそれで悲しいでしょ」

 ヘッジはエメラーダの方を向いた。


「じゃあねー、エメラーダちゃん! 俺ちゃんがいなくなっても、泣かないでね!」

 エメラーダに手を振ると、裂け目の中に入っていった。


「どさくさに紛れて、先に入ってんじゃねぇよ」

 マックスは呆れながら、ヘッジの背中を見送った。


「では私もこれで。グレイセスの草花、実に素晴らしいものであった」

 続いてフォレシアが裂け目に入る。


「どいつもこいつも!!」

 我先へと入っていった二名に対し、マックスは怒声を浴びせるが、もう姿は見えなくなっていた。


「マックスさん!」

 エメラーダが呼びかける。


「なんだよ。何も言うことはねぇって言っただろ」

 マックスは面倒くさそうに返事をする。


「それは存じております。私の方で一言ありまして……」

 エメラーダは一息置くと、語りかけるように言った。


「お元気で」


 口元には笑みが浮かんでいた。せめて気持ちよく送ってあげたいという思いがあったからである。


「……じゃあな」

 マックスは振り返ることなく、裂け目に向かっていった。



「行っちゃったねぇ……」

 ロビンは名残惜しそうに、三名の後ろ姿を見送った。


「でも、元いた所に帰れたようで、なによりです」


 エメラーダも見送っていた。寂しさがないわけではなかったが、彼らが帰れてよかったと思う気持ちの方が大きかった。


「あたしも裂け目を閉じたら撤収するわねー」

 ルシエルが裂け目を閉じようとしたとき、ロビンが声をかけた。


「ルシエル、裂け目に入ってないのに閉じちゃって大丈夫なの?」


「アタシはねー姿から大丈夫よ。といってもアナセマスの民がいなくなったから、しばらくはグレイセスに現れないと思うけど」


「そっかぁ……」


 ルシエルは、やることなすこと無茶苦茶だ。ロビンは振り回されてばかりいたが、それでもいなくなったら寂しくなる。ロビンの胸中は複雑であった。


「それよりもさ、あんた、花の妖精に戻ったんでしょ。エメラーダにくっついてるつもり?」


 ルシエルに指摘され、ロビンはハッと気づく。そうだ、自分にも選択が迫られているのだと。


 元はというと、ラプソディアの花の妖精だ。そうはいっても長距離を移動する能力がない。ウォノマ王国まで来てしまった以上は、そこで花の妖精をやるしかないだろう。そうなると――


「ロビンともお別れになるのですね」


 エメラーダは微笑みながら言った。どことなく、寂寥せきりょう感がある。


「ご、ごめんなさい」


「謝らなくてよいのですよ。それぞれ、本分というものがあるのですから」


「カレドニゥス侯爵夫人として世継ぎを残す。それがお前さんの本分か」

 マーリンが口を挟んだ。


「はい」

 エメラーダははっきりと答えた。


「お前さんはソーディアン家のものなんだろう? 剣を持って、人々を守るために戦うのではなかったか?」

 マーリンは続けて問う。


「はい。ですが、平和がなによりです。私は、クラウディオ様を支えていきたいのです」

 エメラーダはきっぱりと答えた。その目に迷いはない。


「ヨランダが聞いたら、怒り狂うであろうな。こういったことはとにかく時間がかかるのだろう。一方では、着実に進んどるのかもしれん」


 マーリンはそう言い残すと、その場を去っていった。


「では、私はカレドニゥスに帰るとしましょうか。ロビンもお元気で!」


「エメラーダも、元気でねー!」


 エメラーダは別れの挨拶をしたあと、振り返ることなくその場を後にする。ロビンはエメラーダの姿が見送るように、その場に留まる。姿が見えなくなるや、ロビンも移動した。


 こうしてめいめいは帰路に着いた。

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