第38話 真実①

 エメラーダ一同は道中何事もなく、すんなりとドラフォン城に戻った。


「ただいま戻りました」

 エメラーダが挨拶するなり、ハーマンが駆けつけてくる。


「ハーマン侯自ら、お迎えにあがるとは」

 エメラーダは恐縮する。


「私は貴殿がここを離れてから、ただただ無事を願っていたのだ。怪我ひとつなく、なによりだ」

 ハーマンは安堵の表情を見せた。


「本当に、ありがとうございます。マーリンさんの協力を得て、無事、氷薬を手に入れることができました。これを撒けば植物の怪物を片付けることができるでしょう」


 エメラーダは、氷薬の入った袋を出す。


「加えて、帰り道に、ヌイグルミ……巨大怪物と出くわしました。こちらも退治したので、ご安心ください」

 エメラーダは微笑んだ。


「植物の怪物だけではなく、巨大怪物までなんとかしていただけるとは……」

 ハーマンは、こうべを垂れる。


「頭をお上げ下さい、ハーマン卿。困った時は支え合う。これが、我らウォノマ王国の家臣の務めです」


「ハーマンよ。私のことを忘れたのか?」

 エメラーダの後ろにいたマーリンが、声を上げる。


「貴様! 無礼だぞ!」

 衛兵の一人が叫ぶ。ハーマンはマーリンに視線を向けた。


「お前は……マーリンか!? 生きていたのか。まさか、こんなところで会えるとは」

 ハーマンは驚きを隠せない。


「よくぞ私だとわかったな。それにしてもお互い、歳を取ったもんだ。すっかりと雰囲気が変わっておる」

 マーリンは笑みを浮かべて言う。


「つまり、氷薬を作ったのは……」


「長いこと生きておったが、氷薬などというものは一度もお目にかかったことはない。だが、このマーリン様にかかれば、お手の物よ」

 マーリンは鼻息を立てる。


「だが、どのくらい入り用なのかがわからぬ。しばらくは、ここにいさせてもらうぞ」

「かたじけない」

 ハーマンの返事を聞き、マーリンはさらにこんなことを言う。


「材料は、こちらであらかた用意した。だが、どれほど作ればいいのか分からぬのでな。そのときは、頼んだぞ」

 マーリンはニンマリした。


「よろしいのですか?」

 衛兵が心配そうに尋ねる。

「お前は年若いと見える。さすれば、マーリンがどれ程ドラフォンに貢献したのか、知らぬのも無理はない」

 ハーマンはマーリンの方に顔を向ける。


「……ウォノマ王国でのことは、聞き及んでいる。しかし、それは根も葉もない噂であった。国を滅ぼそうと目論むのであれば、わざわざ氷薬を作るはずがない……いや、それは、わかっていたのだ。だが」


「過去は過去だ。くどくど言うでない」

 ハーマンは話している最中だったが、マーリンがそれを遮った。


「とにかく、今日は疲れたわ。休むところはあるか?」

 マーリンは首を左右に回す。目配せをしているようだ。


 目配せを察したハーマンは、衛兵に「部屋に案内しろ」と命じる。

 衛兵は敬礼すると、エメラーダ一同を客間へ案内した。



***


「エメラーダよ。そのあとはどうするつもりだ?」

 マーリンが尋ねる。


「まずは、ドラフォン中の植物の怪物をなんとかして……」

「だから、そのあとだ」

 エメラーダの要領を得ない答えに、マーリンはため息をつく。


「そのあと、ですか……カレドニゥスに戻って、クラウディオ様の元に帰らなければっ」

 エメラーダは、ハッとしたように答えた。


「そなたは結婚しておったのか。それにしても妻を危険な地に送るとは。そなたの旦那は酔狂にも程がある」

 マーリンの物言いに、エメラーダは恥じ入ってしまう。


「それは……私が悪いのです。私が無茶をしたばかりに、クラウディオ様に恥をかかせるようなことを……」


「いやいや。責めておるのではない。そなたは第一線で戦ったのだ。その姿に、女たちは勇気をもらったに違いない」


 責めるのではなく、逆に褒められた。どうしたものか。エメラーダはマーリンの考えがわからない。


「そなたは堂々としておればいいのだ。さすれば、国は変わろう」

 マーリンはエメラーダを励ましている。奮い立たせているようにもとれた。


 先程の発言は、どう受け取ればいいのか。エメラーダは、ますますわからなくなった。


「それと、もうひとつ。蒼き剣のことだ。今一度、見せてもらえぬか」


 エメラーダは「はい」と返事をしたあと、蒼き剣を取りだした。マーリンは、エメラーダの手の中にある蒼き剣に目を落とす。


「マーリンさん。蒼き剣のことを気にされているのですね」

「うむ。ところで、なぜこれが『蒼き剣』と呼ばれておるのだ?」


 マーリンは、エメラーダの目を見据えた。突如、目線を感じたので、エメラーダはたじろぐ。


「それは、そう言い伝えられているから……」


 蒼き剣――正確にはブラッディソード――は、その名の通り、青みがかっている。だから、蒼き剣と呼ばれているのではないか? そう考えるのは至極、当たり前であろう。


 だが、それはあくまでも、エメラーダの想像なのだ。

『なぜそのように呼ばれているのかの謂れがない』エメラーダは、話している途中で、そのことに気がついた。


「そう言い伝えられているから、では答えになりませんね。申し訳ありません」


「なぜ謝るのだ。答えられぬのは仕方のないことだ。私は、蒼き剣の言い伝えとやらを知らぬ。よければ、話してもらえないだろうか」


 今度は、言い伝えをせがんできた。――マーリンは、何をしたいのだろうか? ――エメラーダの心に、漠然とした不安感が押し寄せる。


 とはいえ、マーリンなら蒼き剣を悪用することもあるまい。不安感と共に、確信も芽生えた。


 エメラーダは蒼き剣の詩をそらんじた。


「そは伝説の蒼き剣

世界の危機にて現れん

王たるものが一振りすれば

世界は直ちに救われん」


 マーリンは神妙な面持ちで、詩を聴いていた。諳んじたあと、余韻を味わうように、その場が静まり返る。


「この詩は初耳だ」

 口を切ったのはマーリンだった。


「この詩は、代々のソーディアン家に伝わっているものです。ソーディアン家以外では、あまり広まっていないようで。ラプソディアでも存じない方が多いみたいです」


 こう話す最中にも、エメラーダの中で、疑念が大きくなっていく。でも、それはなぜなのか。エメラーダにはわからないままだった。


「詩といえば。お前、なんかもうひとつあっただろ」

 マックスが口を挟んだ。


「もうひとつの詩? ごめんなさい。全然覚えていなくて……」

 エメラーダは心苦しくなる。


「彼方に、呪われし地ありて、祝福されし地を飲み込まん。魔の花が咲き乱れ、命を吸い尽くす」

 フォレシアが、代わりに諳んじた。


「そうそう。こんな感じの詩だ。よく覚えてたな。それにしても、この詩ってやっぱりアナセマスのことじゃねぇか。半分当たってるだけ、余計腹立つ」

 マックスは眉間に皺を寄せた。


「この詩は、ラプソディアにも伝わっていたのか。これは、私も知っているぞ」

 マーリンが、フォレシアが諳んじた詩に反応する。


「聴いたことがあるのですね? それは、どこで……」

 エメラーダはマーリンに尋ねた。


「混沌の研究をしているときだ。我らが研究する前から、ここグレイセスでは混沌の存在は知られていたようだな。エメラーダよ。どこで聴いたのか覚えているか?」

 マーリンは腕を組んだ。


「えぇと……吟遊詩人からでしょうか。その方は、方方を旅していて、色々と珍しい話をされていたように記憶しています。もっとも、だいぶ昔の話なのでうろ覚えなのですが……」


「各地に伝わっている詩を収集しているということか。して、もう一度尋ねるぞ。『蒼き剣の詩』は、ラプソディアでものだな?」


 マーリンは組んだ手を解くと、エメラーダを見据えた。真っ直ぐな視線に、エメラーダはつい、ひるんでしまう。


「えぇと…………そうだ! 私、吟遊詩人に『蒼き剣の詩』を唄ってくれとお願いをしたのですよ。そうしたら、吟遊詩人は、非常に困惑しておりました。


『申し訳ございません。そのような詩があるとは知らずに』と謝られた覚えがあります」

 エメラーダは確信を持って答えた。


「やはり、そうか」

 こう返すマーリンも、確信に満ちていた。


「なにか、わかったのですか?」

 今度は、エメラーダがマーリンを見据えた。


「『蒼き剣の詩』はつい最近作られたものだ。もうひとつ、先程フォレシアが諳んじた『呪われし地の詩』は、実際に語り伝えられたものだ」

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