第39話 真実②

 エメラーダ一同は、一斉にマーリンの方を向いた。驚きと疑いの目が、マーリンに注がれる。


「どういうことですか? 父上も母上も存じています。父上に至っては、『祖父から聴かされた』と言っていましたよ。少なくとも、四代は語り継がれているではありませんか」


 いちばん驚いていたのは、エメラーダだった。無理もない。先祖代々伝わっていた詩が「つい最近作られたものだ」と言われたのだから。


「どういうからくりかは、わからん。だが、考えてもみよ。混沌によって、時空の歪みが生じたのだぞ。とすれば『歴史が勝手に作り出される』ことも、あるのではないか?


 そう考えれば、元はアナセマスのものであるブラッディソードが『蒼き剣』になったのも、それで説明がつくのではないかね」


「つまりは……混沌の影響で、あるはずのない歴史が、『蒼き剣の詩』が生まれた、ということですね?」

 エメラーダは、マーリンの説をどうにか飲み込もうと務めた。


「うむ。今のところ、その仮説が有力だ」


 エメラーダは、足元が崩れたような気がした。対して、マーリンの態度は確信に満ちている。


 では、ソーディアン家が「剣将軍」と呼ばれ、称えられていたのは、嘘だったのか――。エメラーダの疑念は、雪だるまのように膨らんでいった。


「何だ何だ。まるで、世界の終わりのような顔をしておってからに」


 エメラーダの絶望を察してか、マーリンは声をかける。その声色は、妙にあっけらかんとしていた。


「だって……蒼き剣の伝説が嘘だったとするなら、どこまでが真実かわからないではありませんか。ソーディアン家の名声だって……」


 そう答えるエメラーダは、ガタガタと震えていた。


「真っ先に気にするとこがそこなのか。まったく、大したお嬢様だ」

 ガタガタしているエメラーダを、マーリンは半ば呆れて見ている。


「ソーディアン家が如何程のものか、知らん。だが、そなたはソーディアン家のものであることには変わらないだろう。それに、そなたは強い。そこは揺るぎない事実だ」


 マーリンは励ましたが、エメラーダは相変わらず震えていた。


「これ以上、机上で話を進めてもどうにもならんな。エメラーダよ。いつまで震えておるのだ」

 見かねたマーリンは、エメラーダを叱咤する。


「は、はい」

 エメラーダは咄嗟に返事をした。


「ドラフォンでのゴタゴタを片付けたら、そなたはカレドニゥスに帰るのだろう? そのときがきたら、私も同行させていただく」


「えぇ」

 突然の宣言に、エメラーダは素っ頓狂な声を出した。


「蒼き剣の謂れが嘘でも、今現在起こっている時空の歪みに深く関わっていることに代わりはなかろう」

 そう語るマーリンは、妙に堂々としている。


「申し出はありがたい、ですが……」

 マーリンの同行はありがたい。なぜなら、現在発生している騒動は、マーリンの手により徐々に解決に向かっているからだ。


 エメラーダが懸念を示したのは……

「王国を追放されたものが、城に来るなと言いたいのだろう?」

 マーリンがそう言ったとき、エメラーダは驚きのあまり、飛び上がりそうになった。


「図星のようだな」

 マーリンはニタニタしている。歓迎されていないにも関わらず、だ。


「植物の怪物とヌイグルミの件は、王国にも届いておろう。むしろ、王国は私の力を借りたいと願っておる。だから、私を迎え入れても問題は起こるまい」

 マーリンは自信満々だった。


 言ってることは、なんの根拠もない。しかし、こうも確信をもっているのは、それだけ王の信用を得ていたという事か。


 それに、王国から追放されたのは、四十年前の話だ。エメラーダがマーリンのことを知ったのだって、つい最近の事である。


 マーリンが追放されたことは、もはや忘却の彼方だ。とはいえ……

「それは先代ロニ王の時の話です。現代のジョービス王はどうお考えなのか……」


 ラプソディアとカレドニゥスにおいては、忘却の彼方であろう。だが、王都となると事情が違う。エメラーダの中には、依然として迷いがあった。


「結局、そなたは自分の身が可愛いだけなのだな。ヌイグルミに果敢に立ち向かっていたそなたはどこに行ったのだ」

 マーリンはニタニタ顔から一転、失望の色を見せた。


「そんなに言うのであれば、ここでお別れだ。ドラフォンに生え散らかしてる植物は片付けるがな。これは、ハーマンに頼まれたことだし」


 マーリンは背中を見せる。客間を出ようとしているようだ。


「お待ちください! 私が間違っておりました」

 エメラーダは必死になって叫んだ。


「そなたは間違っておらんぞ。なにせ、私は王に楯突いた存在よ。そう易々と迎える方が間違っておるのだ」

 マーリンは、エメラーダの必死の訴えにも構わず、客間を出た。



***


 ――翌日。

 エメラーダ一同は、ドラフォンに蔓延っている植物の怪物を始末した。マーリンの作った氷薬により、植物達はみるみると枯れていく。


 こうして、エメラーダたちは植物の怪物を全て始末することができた。そのことをハーマンに報告するため、ドラフォン城に戻ろうとしたときのことである。


「植物どもは片付いた。では、私はこれで失礼しよう」

 マーリンはエメラーダ達の元を離れていった。エメラーダは、ただ、去りゆく後ろ姿を見守ることしかできなかった。


「マーリンは去ったのか……まぁ、らしいといえばらしいが」


 エメラーダ一同は、ドラフォン城に来ていた。一同の中に、マーリンがいなくなっている。ハーマンはそれを見て、何かを察したかのように呟いた。


「申し訳ありません……」

「なぜ謝るのだ。貴殿の責任ではない」

 ハーマンは、責任を感じているエメラーダを励ました。


「貴殿は、ドラフォンの危機を救った救世主なのだ。むしろ、堂々としているべきだろう。こちらとしては、感謝してもしきれないのだ」


「そう言っていただけて、望外の喜びです。では、これにて失礼させていただきます」

 エメラーダは一礼すると、ドラフォン城を後にした。


「マーリンさん。あんなにも協力的だったのに、私が不甲斐ないせいで……」


 カレドニゥスへの帰路の中、エメラーダはマーリンのことばかり考えていた。

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