第40話 クラウディオ①

 ドラフォンからカレドニゥスに帰還するエメラーダ一同。道中これといったトラブルもなく、無事、カレドニゥスにたどり着いた。


「エメラーダ様だ! お帰りになられたぞ」

 門番の兵士や市民たちが歓喜の声を上げる。


 熱烈に歓迎する人々に、エメラーダは怖気づいた。だが、それ以上に、誇らしい気持ちの方が勝った。


「皆様。私は帰ってきました!」

 手を挙げて、腕を振る。その様子に、市民たちはさらに沸いた。


「ずいぶんと盛大に迎えてくれるじゃねぇか」

 エメラーダのことで沸いている市民たちを見て、マックスは感慨深そうにしている。


「それだけエメラーダ様は歓迎されているということだ」

 フォレシアもまた、感慨深そうにする。


「みんなー。しんみりしてないで、早くブケンツァ城に行こうよ」


 ヘッジが一同を急かす。それを受け、エメラーダも、「えぇ。行きましょう」と答える。観衆が沸き立つ中、一行はブケンツァ城へ向かった。



「エメラーダよ!」

 エメラーダ一行が城に着くなり、クラウディオが飛んできた。


「クラウディオ様!」

 突如姿を現したクラウディオに、エメラーダは驚きの声を上げる。


「驚かせてしまったかな? 私は、エメラーダがここを離れてからというもの、ずっと、あなたの事を考えていたのです……よくぞ、無事に帰ってこられた……」

 クラウディオは感極まっていた。


「ずっと、私のことを考えていたなんて……」

 エメラーダはその言葉を聞くと、なんだかこそばゆくなってしまう。同時に、嬉しくもあった。


「皆の者、エメラーダを助けていただき、感謝いたす」

 クラウディオはマックス達に礼を言った。


「……エメラーダよ。積もる話があるではないでしょうか? 今夜、二人きりになりたいのですが……」

 続いて、エメラーダに向かって囁くように言う。エメラーダは頬が赤らむのを感じた。


(二人きりになりたいなんて……でも、夫婦なのですから、当然ですよね。でも、ただ単に「お話したいだけ」かもしれないし……)


 クラウディオの囁きに対し、エメラーダは「はい」と応答する。返事をしながら、エメラーダは一人、悶々としていた。


 長旅で疲れたろうと言われ、エメラーダは部屋に戻された。


 安心感からだろうか。部屋に入った途端、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。


(ドラフォンの件は片が付きましたけど、それで終わりではないのですよね……ここにきて、新たな謎が出てきましたし。それに、クラウディオ様のお話とは……)


 エメラーダはベッドに横になり、一人、考え事をしていた――。



***


「随分とお疲れのようですね。起こしてしまって、申し訳ない」


 クラウディオの声がしたので、エメラーダは急いで身を起こす。窓の外は、日が完全に落ちていた。


「私のほうこそ! クラウディオ様からお話があるというのに……」

 エメラーダは赤面した。


「いえ、体の方が大事ですよ。疲れているなら、なおのこと」


「大事なお話なのですよね! 後回しにしてしまっては、むしろ気になって休むに休めません! 今、しましょう!!」

 クラウディオは休ませようとしたが、エメラーダが許さなかった。


「仕方がありませんね」

 クラウディオは微笑した。


「では、始めましょう。ドラフォンでの出来事は、連れのものから聞きました。私としてはあなたの口から伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 微笑から、真顔に変わる。眼差しは、真剣そのものだ。


「承知いたしました。ですが、同じような話を二度耳にすることになってしまいますけど」

 クラウディオは「構いませんよ」と言いながら、頷く。


 それを受けて、エメラーダはドラフォン起こったこと――ヌイグルミと戦い、撃退したこと。ラプソディアで生えたのと同じ植物の怪物が増殖したこと――を説明した。


「植物の方も片付けたのでしたよね? 一体、どのようにしたのでしょうか」

 クラウディオは首を傾げる。その様子からして、マーリンのことは伝えられていないようだ。


 マーリンこそ植物殲滅の立役者だったのだが、如何せんウォノマ王国を追われた身だ。そのようなものが関わっているなんて知れたら、カレドニゥスが厄介ごとに巻き込まれかねない。

 だからあえて伝えなかったのだろうか。エメラーダは、そう考えた。


「……植物の件は、エメラーダから聞いてくれ。そのように伝えられました」

 クラウディオは声を潜めるように言った。


「クラウディオ様……」


 クラウディオとしては、全容を知りたい。そう考えるのは、至極当然のことだ。だが、知ったら知ったで、今度は別の問題が発生するかもしれない。どうしたらいいのだろうか。エメラーダに葛藤が生じる。


「私はカレドニゥスを預かるブケンツァ家の当主です。それと同時に、あなたの良人おっとなのです。たとえ何があろうと、私はあなたの全てを分かち合いたいのです」


 クラウディオはエメラーダの手を取る。それと共に、エメラーダの目を見つめた。

 それは、誠実であろうとしているのだろうか。ただ単に妻が隠し事をしているのが気に食わないのか……


「クラウディオ様。全容を知りたいというお気持ちはわかります。でも、知ったら知ったで、より厄介な自体を招きかねません。それでも、よろしいのですか?」


「構いません。むしろ、重大な秘密を抱えているあなたの方が危険ではありませんか? 私は良人として、あなたを守りたいのです」

 クラウディオは、取った手を握った。エメラーダの手に、クラウディオの体温が伝わる。


「私では、力不足かもしれませんが……」

「そんなことはありません!」

 弱々しく付け加えたクラウディオだったが、エメラーダがそれをはっきりと否定した。


「わかりました。お話いたしましょう」

 エメラーダは、心に決めた。


 クラウディオに、ドラフォンの植物の怪物の殲滅はマーリンの功績だということ、そのマーリンは、王都を追われた身であること――を説明した。


「なる程。だから事情を知っているものは皆、話すことをとまどったのですね」

「はい。王都を追われたものをかばい立てするような真似をすれば、王の怒りを買う恐れがあるからです」


「そうでしたか……」

 クラウディオはしばし、沈黙する。考え事をしているようだ。

 エメラーダもそれにならい、口を閉ざす。


「……エメラーダよ」

 クラウディオが先に口を開く。口調はどことなく重々しい。


「なんでしょうか?」

 ただ事ではないな。エメラーダは直感した。


「今しがた起こっていることは、正に、国の危機です。ウォノマ王国の存亡がかかっていると言っても過言ではあるまい」

 クラウディオの顔が険しくなる。


「だが、王は何をしているというのだ。苦しんでいるのは配下だからか。所詮、我らブケンツァ家は王に仕える僕にすぎぬからか」

 顔が鬼気迫るものになる。声色は、悲壮感に溢れていた。


 なんと声をかけたらいいのだろうか。先程から黙っていたエメラーダだったが、ここにきてかける言葉を失ってしまった。


「エメラーダよ!」

「はい!!」

 急に大きな声で名前を呼ばれて、エメラーダの体がビクッとなる。


「君は王になりたいと思ったことはないのか!?」

「はいぃい!?」


 なにゆえこんなことを言い出したのか。脈絡がないにも程があるだろう。エメラーダには、まるでわけがわからない。


「君が持っているのは、世界を救う蒼き剣だ! すなわち、王の証なのだ! 君こそ、王になるべきなんだ!!」


 クラウディオは熱弁していた。目には狂気の色が見える。エメラーダは、だんだん恐ろしくなってきた。


「クラウディオ様。確かに今は、危機的な状況です。だからこそ、冷静にならなければ。私たちは王の配下ですが、同時にカレドニゥスの民を預かっているのですよ」


 どうにかして、クラウディオをなだめようとする。それとともに、エメラーダの頭に、ある疑念が浮かび上がってきた。


 ――蒼き剣が世界を救うのだということを、クラウディオはどうして知っているのか? 蒼き剣の詩を、クラウディオの前では唄ったことがないのに――


「良人である私の言うことが聞けないのか!」

 クラウディオは、ますますヒートアップした。


「クラウディオ様、落ち着いてください」

 エメラーダの声が震えている。


「私の言うことが、聞けないのか?」

 クラウディオが、エメラーダの左腕を掴んだ。突然のことに、エメラーダは固まる。


「申し訳ありません。すっかり、怖がらせてしまって……」

 クラウディオの顔は、危機迫るものから、穏やかな笑みに変わる。エメラーダにしたら、それがかえって恐ろしかったのだが。


 クラウディオはエメラーダの腕を握っている手を離すと、部屋の片隅にある金庫に向かった。エメラーダは、それを注意深く見ている。

 金庫にしまってあるものを取り出し、蓋を閉めて、施錠する。


「待たせてしまいましたね」

 クラウディオは、エメラーダの方に向かう。右手に、棒状のようなものを持っていた。先端には、細長い針がついている。


 エメラーダは長い針がついている棒がなんなのか、知らなかった。しかし、それは危険なものだ――エメラーダは、そう感じとった。


「王になる。確かに、それは恐ろしいことだ。安心してください。これを使えば、恐ろしいという気持ちはなくなりますから」

 クラウディオは笑った。エメラーダはその笑みに、邪悪なものを見出した。


「考え直してください、クラウディオ様!」

 エメラーダの訴えにも構わず、クラウディオは目の前に立つと、左手で右手首を掴んだ。


「やめてください!」

 エメラーダは必死に訴えるが、クラウディオは聞く耳を持たなかった。

 右手首に、針が突き刺さる――

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