第41話 クラウディオ②

「何やってんだ!」


 聞き覚えのある怒鳴り声が、エメラーダの耳に入った。その瞬間、クラウディオは羽交い締めにされる。エメラーダは、右手首を掴むクラウディオの手を払い除けた。


「城の見回りをやってたんだが、なんでかこの部屋に来てたんだよ」

 羽交い締めにしたのはマックスだった。クラウディオを羽交い締めにした状態から、床に押さえつける。


「何故か俺ちゃんもフォレシアちゃんもいるよ!」


 ヘッジの声がしたので、エメラーダは声がした方を向く。そこには、ヘッジの他に、フォレシアもいた。


「マックスちゃんだけでも、なんとかなってるね。俺ちゃんたち、来る必要あった?」

「私たちは、マックスを止めるためだろう」

「えー? マックスちゃん止めるって、そっちの方が無理でしょう」


 ヘッジとフォレシアが、ああでもないこうでもないという話をしているときである。


「貴様……! 私を誰だと思っているんだ!」

 クラウディオが、マックスの下で呻くように声を上げた。


「生憎、俺はエメラーダ様の護衛なので。エメラーダ様を守るのが俺の仕事なので」

 マックスはしれっと答えた。


「ちょっと、あんた。随分とえげつないの使おうとしてたのねぇ」

 その場にルシエルが現れた。床に転がっている針がついている棒にルシエルの目が注がれる。


「俺たちが突然ここに飛ばされたのは、お前の仕業かっ」

 マックスはルシエルを睨みつけた。


「だってぇ。お姫様の危機よ? ピンチになった時、騎士様が駆けつける。常識でしょ」

「誰が騎士だ。誰が」

 うそぶくルシエルに、マックスは悪態をつく。


「僕が、ルシエルに助けを求めたの」

 ロビンが、皆に聞こえるように声を出した。


「ロビン。あなただったのですね。ありがとうございます」

 エメラーダが礼を言う。


「この声は……一体どこから?」

 クラウディオが驚いたような顔をする。辺りを見回そうとするが、マックスに押さえつけられているため、頭を動かすことができない。


「実は、こういうことなんです」

 エメラーダは懐から蒼き剣を取り出し、クラウディオに見せた。


「蒼き剣は、生物だったのか?」

 クラウディオは目を丸くした。


「えーと、僕は、花の妖精だったんだけど、色々あって、蒼き剣の妖精になったの。それとは別に、蒼き剣自体にも意識があるみたい」


「そうだったのですか!? 初耳です」

 エメラーダは驚愕した。


「実はね。僕、こんなことがあったの――」

 ロビンは宝物庫にて、蒼き剣と対面をした時の話を始めた。


「ほら、エメラーダが大変だったときがあったでしょ。そのとき、ルシエルから『カオスそのものになれば』って言われたんだよ。そこで、僕は思い切ってカオスそのものになったの。それでね、僕、蒼き剣に会ったんだ」


「蒼き剣に会った……?」

 エメラーダは、首を傾げる。


「蒼き剣っていうか、ブラッディソードって、元々ニンゲンだったのよ」

 ルシエルが付け足すように言う。


「え?」

 ロビンは絶句した。


「あれ? あんた知らなかったの?」


「だって、そういう話はしてなかったし。それに、姿が見えなかったよ。言われてみれば、人間っぽい形はあったような……」

 ロビンは記憶を手繰り寄せる。


「あたし、あんたにカオスの力の話をしたことあるでしょ。カオスの力でもって、ニンゲンが剣になった。そうしてできたのがブラッディソード」


「そうだったの……」

 ロビンは困惑した。


「えぇ……」

 エメラーダが気まずそうな表情をする。困惑したのは、ロビンだけではなかったのだ。


「まー、自分の意思でブラッディソードになったっていうパターンもあるみたいだし。そこは気にしなくていいんじゃないの。蒼き剣がそれに当てはまるかどうか知らないけど」


「いい加減だなぁ。大事なことなのに」

 ルシエルのいい加減な物言いに、ロビンは呆れていた。



***


「そんなことよりー。こいつ、ブラッディソードなんかと比べ物にならない、えげつないものを使おうとしてたのよ」

 クラウディオのことを『こいつ』呼ばわりか。エメラーダは苦笑した。


「そうだ。お前、エメラーダに何しようとしてたんだ」


 マックスに至っては『お前』呼ばわりである。雇い主に危害を加えようとしたからか。だとしても、クラウディオはエメラーダの良人おっとで、この地を治める侯爵ではないか。


 マックスというのは、地位や名声といったものに、はなから無関心なのだろう。その言動は褒められたものではない。


 とはいっても今までエメラーダが見てきたもの達は、目上のものに媚びへつらうものばかりだ。そうしないと生きていけないからだろう。


 とにかくマックスは、貴族とは対極の存在なのだ。おもねることなく、毅然とした態度を取る。結果として我が身が危うくなっても。

 エメラーダは、つい感心してしまった。


「床に転がってる、針の着いた細長い棒ね。これ、注射器って言うんだけど、この中に脳操虫の卵が入ってるのよ」

 ルシエルがクラウディオの代わりに説明した。


「脳操虫?」

 さらに、新たな言葉が出てきた。エメラーダは飲み込むのがやっとだった。


「脳操虫っていうのはね。ニンゲンがニンゲンを躊躇無く殺せるように、脳みそを書き換える虫、っていうとこかしら」


 ルシエルがこう話した途端、その場が凍りついた。


「……お前、自分が何しようとしたのかわかってるのか?」

 マックスの声は、震えていた。押さえつけている手に力が入る。メキメキという音がする。


「ぐあぁああ!」

 クラウディオは痛みのあまり、喚く。


「マックス!」

 フォレシアがマックスの元に駆けつけ、顔を拳で殴りつけた。


「落ち着け! 殺したら、それこそエメラーダ様の居場所がなくなるぞ」

 フォレシアはマックスをなだめようと努める。


「……すまん」

 マックスは殴られた所を手で抑えた。


「ルシエル。脳操虫が体の中に入るとどうなるんだ」

 マックスは幾分か落ち着きを見せたあと、ルシエルに尋ねる。するとこう返ってきた。


「えーとね。まずは、ご主人様を探すのよ。大抵、脳操虫を入れた奴がご主人様になるんだけど。ご主人様を見つけたあとは、命令に従って動くの。ちなみに、どんな命令でも逆らえなくなるわねー」


「うわー。確かにえげつないねー」

 ヘッジが引き気味に言った。


「でも、よく脳操虫なんか使う気になれたわね。これ使うと、エメラーダの個性がなくなって、別の存在になっちゃうんだけど」


 ルシエルがこう言った途端、クラウディオの顔がみるみると青ざめていく。

「エメラーダの個性がなくなる……?」


「エメラーダの人格がなくなって、全くの別人になるって言った方がいいかしら」

「聞いてないぞ! 私は、ただ……」


「なんで今更ビビってんだよ。主の言うことを聞かせる存在にしようとしてたのに」

 ワナワナと震えているクラウディオに対し、マックスは冷たく言い放った。

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