第11話 アーデン①

 エメラーダ一行は、ゴーロッド街道と呼ばれる道を歩んでいた。図書館のある『アーデン』に向かうためである。しばらくすると、前方に海が見えてきた。


「あそこに街があるだろう。あれがアーデンだ」

 マックスは指差して言った。


 エメラーダは目を細めて、その先を見やった。確かに小さな建物がいくつか建っているようだ。

 エメラーダにとっては、初めて見る光景である。彼女は興味深そうに眺めていた。


「あそこに、図書館があるのですね?」

「そうだ。だけど、今日は遅くなっちまったから図書館に行くのは明日だ」


「予定より遅くなっちまったが、日が暮れる前についてよかったぜ」

 マックスの言葉通り、辺りはすでに薄暗くなっていた。


 エメラーダは、初めて訪れた町をキョロキョロと見回した。

「どうかしたか?」

 マックスは辺りを見回すエメラーダに声をかけた。

「いや、ヒガンナとは随分と様子が違うな、と思いまして……」


「アーデンは港町だから四方から色んな奴が来るからな。それに、海が近いから『海から来たもの』が多いし」


 エメラーダはまたしても聞きなれない単語を耳にしたが、きっとここに住んでいる種族のことだろう。そう思って深く考えないようにした。


「とりあえず宿をとろう」

 マックスとディーダは宿を探すため歩き出した。エメラーダは二名の後をついて行った。


 エメラーダは歩きながら、辺りを見回す。薄暗いため、街並みの詳細はわからない。

 ただ、そのような状況であっても、円錐や四角錐といった、独特な形状を取っている建造物が多く見られた。


 エメラーダは、それらの建物群を見ているうちに、漠然とした不安感を覚える。でも、それは何故なのかわからなかった。



「女将さん、部屋を二つ頼む」

 宿屋に入り、受付でマックスが声をかける。


「はいよ!  泊まるのは何名なんだい?」

「三名だ」


 マックスは女将と受付でやり取りをしている。エメラーダはふと、女将の顔を見た。


「あぁー!」

 エメラーダは悲鳴を上げた。


「なんだ?!」

 マックスはエメラーダの方を向いた。


「女将さんが……女将さんが……」

 エメラーダは顔面蒼白になっている。


「女将がどうかしたって?」

「顔、顔が……」

「は?」

 マックスは怪訝な顔をした。


 女将は、一見すると恰幅のいい中年女性だ。

 ただ、頭に髪の毛が1本もなかった。剃りあげたというよりも、元から生えていないようだ。


 そのような女性は、グレイセスにもいるだろう。しかし、決定的に違うのは、顔だ。


 目は離れ、眼球が飛び出しており、瞼がないのである。その女将は魚のような顔をしていた。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 女将は心配そうに声をかける。


「いや、大丈夫だ。女将さん、部屋で休ませたいから、鍵をくれないか」

 女将は鍵をマックスに手渡した。その手には水かきがついていた。



「エメラーダは別室だけど、大丈夫なのか?」

「ロビンもいるからいいだろ」

 マックスは、部屋でディーダと会話をしていた。


 ディーダは、マックスと肩を並べる程の背丈の男だ。肌の色も、同じように白い。同様に白い髪を三つ編みにして、後ろに垂らしている。長さは、尻の辺りまであった。

 身にまとっているのは、黒い皮の鎧のようなものだ。


「それにしても、なんであいつは女将の顔を見て悲鳴を上げたんだ?」


「彼女、グレイセスというところから来たんだろう? これは私の推測だが、グレイセスには『深そうなもの』がいないんじゃないのか」


「だからって、悲鳴を上げることはないだろ。本当に失礼な奴だな」

 マックスは怒りを表した。


「そのことなんだけど、他にも気になることがある」


「他にもなんかあるのか?」


「彼女がここに来たとき、クッコに斬りかかったことだ。斬りかかる前に『化け物』って言ったんだっけ?」


「それか。思い出しただけで、腹が立つな……」

 マックスは苦々しい表情を浮かべる。


「でも、マックスのことは化け物って言わなかった」

「そういえば、そうだな」


「また推測になるけど、もしかしたら、グレイセスにはヒュラン以外のトーカーがいないのかもしれない」

「どういうことだ?」


「今はここ、アナセマスって呼ばれてるけど、元々はアナセマスじゃなくて、別の名前で呼ばれてたんだ。ただ、過去の名称は失われてしまったから、かつてはなんて呼ばれてたのかはわからない」


「なんて呼ばれてたのかわからないのに、違う名前が付いていたっていうのは妙な話だな」


「きっと痕跡はあったんだろう。話を戻すけど、その別の名前で呼ばれてたときには、トーカーがヒュランしかいなかった……正確に言うと、ニンゲンしかいなかったそうだ」


「ニンゲンしかいないって……」

 マックスは困惑の色を浮かべた。


「もしかしたら、グレイセスもそういうところかもしれないね。トーカーがヒュランしかいない、それ以外のトーカーは、皆、化け物」


「トーカーがヒュランしかいないし、でも妖精はいやがる、ってことか? 最悪なところから来たんだな」

 マックスは手で顔を覆った。


「とにかく、明日は朝イチで図書館に行くぞ。蒼き剣のとやらのことを調べればなにかわかるかもれないし。あいつを早くここから追い出すんだ」


 マックスは寝る支度をした。ディーダもそれに続いた。




「はー、やっと出られたよ」

 ロビンはカゴから出て、伸びをした。


「ロビンも、お疲れ様」

「僕、何もしてないけどね……そんなことより、大丈夫? エメラーダ」

 ロビンはエメラーダの顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですっ! さっきのは……驚いただけですから」

 エメラーダはロビンに心配かけさせまいと、気丈に振舞う。


「むしろ、私の方が失礼なことをしたんですよ。だって、女将さん、なにもしてないのに……」


 エメラーダは女将の顔を見ただけで、悲鳴を上げたのだ。よく考えたら、失礼極まりないではないか。エメラーダは猛省していた。


「うーん、でも、グレイセスにはあんな顔の人はいないよね?」


「ロビン、ここはグレイセスではないのです。とにかく、明日は早いです。寝坊したら、マックスさんとディーダさんにご迷惑がかかりますからね」


 エメラーダは、いそいそと寝る準備を始めた。

「おやすみなさい」


 エメラーダはロビンに挨拶をした後、寝床に着く。しかし、女将の顔がチラついて、なかなか眠ることが出来なかった。

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