第10話 大ミミズ
エメラーダ一行は、黒の森を抜けた。一行を迎えに来たかのように、太陽が真上を照らす。
「今は真昼間だな。これだと、日が落ちる頃に着くか」
マックスは、歩きながらこう言った。マックスを中心として、ディーダは右に、エメラーダは左を、それぞれ歩いていた。後方に、マックスに引かれている駄獣がいる。
「アナセマスでも、太陽は東から西に沈むのですか?」
太陽の方を見ていたマックスに、エメラーダはこう尋ねてみた。
「でも、ってことはお前のところでもそうなのか」
「は、はい」
呪われた地と呼ばれるようなところであっても――植物が襲いかかってくるわ、人間よりも怪物の方が多い集落があるのはともかく――グレイセスと同じく、太陽は東から西に沈む。
エメラーダは、それに安心感を覚えた。
「太陽が西から東に進むのは『混沌の主』がアナセマスとして再構成する際、故郷の地を参考にしたからよ」
ルシエルが、脇から入ってきた。
「お前に聞いてない」
マックスが、ルシエルを睨みつける。
「太陽の運行の話でしょ。それだったら、ディーダよりあたしの方が詳しいわよ。だいたい、エメラーダはディーダの言ってることが分かんないわけだし」
「混沌の主、ですか……」
混沌の主。エメラーダは聞いたことがあるような気がした。だが、予感がしただけで、具体的なことは思い出せない。
「そいつのことは聞くな。『あの女』に関わるとろくな目に合わない」
マックスはエメラーダに忠告する。
「『あの女』ってなによ」
ルシエルは頬を膨らませる。
「あいつは、女だろう。そこをやたら強調してたぞ。そういうところも嫌なんだよ。気持ち悪いったらありゃしない」
「あのね。あんたは主様に選ばれたのよ。光栄に思いなさいよ、預言者さま」
「預言者って呼ぶんじゃねぇ!」
マックスとルシエルが、言い合いをしている最中のことである。
ゴゴゴゴゴゴッ!
突如、足元が揺れ動いた。
「地震ですか!?」
エメラーダはよろめいたが、すぐさま体勢を立て直した。
「今すぐ、あの岩の上に逃げろ!」
マックスは叫ぶと同時に、手網を手放し、傍らにある岩に向かって走り出した。ディーダが後に続く。エメラーダもそれに続こうとする。
「一体、何が起こったんですか?」
ただ事ではないな。エメラーダはいつになく険しいマックスを見て痛感する。
「大ミミズだ。とにかくバカでかいやつでな。地面に潜ってるんだが、もの凄い速さで掘り進む。それでもって地上にいるやつを引きずり込むんだ」
「えぇっ!?」
エメラーダは驚きのあまり、声が裏返る。
「音を聞く限り、やつは一匹だけだ。ここからだと、アーデンはそう遠くない……タンビーを囮にして、俺たちはアーデンに向かう」
マックスは、思いつめた表情になる。
「そんな! タンビーを見捨てるなんて」
駄獣に名がついていたことは知らなかった。けれど、名がついているということは、大切にしていた証拠だろう。緊急事態とはいえ、マックスの言ってることに賛同しかねた。なにより――
「ロビンはどうするんですか!」
ロビンは、タンビーの上に乗っているカゴの中に入ったままだった。
「そいつは大丈夫だろ。妖精なんか食えるもんじゃないし」
ロビンの話となった瞬間「どうでもいいだろ」と言わんばかりの表情になった。エメラーダには、そう見えてならなかった。
「やはり、放っておくわけにはいきません!」
エメラーダは、踵を返し、その場を動かないタンビーの元に駆け寄った。
「馬鹿野郎! 死ぬ気か!?」
マックスはエメラーダに向かって叫んだ。ディーダも叫び声を上げたが、エメラーダは聞く耳を持たなかった。
地面の揺れが大きくなる。それと共に、ゴゴゴゴゴと、轟音が辺りに響いた。
エメラーダは、背中にかけている蒼き剣を抜いた。刀身が、青く輝いている。
「私は、ここです!」
剣の先で地面をトントンとつつく。つついた先の地面が青白い光を放った。つついた後、エメラーダは、飛び退くと――
ズゴゴゴゴゴ!
地面から物体が出てくる音がした。周辺に土煙が立ち上る。
物体は、ブヨブヨしており、細長い。先端には長い突起がついている。この突起で、固い土を掘り進めていたのだろうか。
マックスとディーダは、岩の上から固唾を呑んで見守っていた。ディーダが声を出す。
「俺もだよ。大ミミズってあんなだったのか」
大ミミズが突起のついた口を開ける。割けんばかりに大きく開け、エメラーダを飲み込まんと、襲いかかった。
エメラーダは、怯むことなく、剣を構える。
大ミミズが、エメラーダを飲み込まんとした、その時――
エメラーダは、口の中目掛けて、剣を突き立てた。手に、刺した感触が伝わる。
大ミミズは、耳をつんざくばかりの断末魔を上げ、仰け反る。
エメラーダは、剣を抜くと、構え直す。今度は、胴体目掛けて、剣に水平に降った。
大ミミズの頭と胴体が、切り離される。そこから、体液が溢れ出る。エメラーダは大ミミズの体液を、モロに浴びてしまった。
マックスとディーダは、大ミミズが動かなくなったのを見て、エメラーダの元に駆けつける。
「……本当に、やったのか? うわ、臭っ!」
大ミミズの体液を浴びたエメラーダに対し、マックスは鼻をつまんだ。
「なんですか。せっかく倒したのに、その反応は……本当だ、臭いです……」
エメラーダは立ち込める臭いに、涙目になってしまった。
「そうよそうよ。いちばんの功労者だって言うのに。はい、これで拭いて」
ルシエルは、どこからか布を取り出し、エメラーダに差し出した。
「ありがとうございます」
エメラーダはルシエルに感謝しながら、体液を拭った。
「ところでだ。なんでゴーロッド街道に大ミミズが出てくるんだ。デカブツが出てこないからまともな道ができたってのに」
マックスは怪訝な顔をした。
「それなんだけど。ベゼブルが『黒の森をあっさり抜けちゃってつまんなーい。そうだ、ここでサプライズを用意しておこう』ですって」
ルシエルがニタニタしながら答えた。
「お前の仕業か!! このクソ妖精!!!」
「あたしじゃないもーん。ベゼブルだもーん」
アナセマスの妖精が忌み嫌われているのは、これが原因か。
ルシエルに怒りを
ルシエルと言い合いをしている最中、エメラーダがマックスの目に入った。
「エメラーダ!」
「はい! なんでしょうか!?」
不意に呼びかけられたので、エメラーダは思わずビクっとなる。
「……なんで、タンビーを助けたんだ?」
マックスが質問をする。先ほどまで言い争いをしてたとは思えないほど落ち着いた様子で。
「それは、ロビンを助けたかったからです。でも『タンビーを囮にする』と言ったとき、マックスさん、苦渋の決断をされたように見えましたので……」
「それはな、荷物がパーになるのが嫌だったからだよ」
「あんたね。ここは『ありがとう』でしょ。素直じゃないんだから」
エメラーダとマックスの間に、ルシエルが茶々を入れた。
「黙れよ! 元はといえばお前のせいだろ!」
「だから、あたしのせいじゃないってば」
マックスとルシエルが口喧嘩を再開する。
「そうだ、ロビン!」
エメラーダは、マックスとルシエルの喧嘩を横目で見ながら、タンビーの方に向かった。タンビーの横に来ると、背中に乗っているカゴを取り、蓋を開ける。
「さっき、とても大きな音がして、怖かったよ。中からじゃ、外の様子がよくわかんないし……」
ロビンは泣きそうになっていたが、怪我は一つもなかった。
「無事で何よりです。もう、大丈夫ですよ」
エメラーダは微笑みかけた。
「そうなの? でも、エメラーダも無事で、よかったよ!」
ロビンは微笑み返した。
マックスが口喧嘩している最中、ディーダが必死になってマックスに呼びかけていた。
「すまんディーダ。こいつがうるさくて」
「喧嘩を撃ったのはそっちが先でしょ」
ルシエルが不服そうにしていたが、マックスは無視し、ディーダと話し込んでいる。
「あの剣か……伝説の剣かどうかはともかく、とんでもない力を持っているのは確かだろうな。そうだ、それを調べるためにアーデンに行くんだった。こんなところでぐずぐずしてる場合じゃない。行くぞ!」
マックスはタンビーの手綱を取った。
「私、カゴを持って歩きます」
エメラーダはロビンの入っているカゴをタンビーの背から取ると、大事そうに抱えた。
「……好きにしろ」
大事そうに両手でカゴを抱えるエメラーダを見て、呆れなくもなかったが、マックスは好きなようにさせた。
「ロビン。カゴの中にいたからわからなかったと思いますので――」
エメラーダはカゴの中にいるロビンに、大ミミズを倒した次第を説明した。
「そうなんだ……無茶なこと、するなぁ」
ロビンは大ミミズを倒したことよりも、エメラーダの身の方を案じた。
「でも、誰かが倒さないといけなかったんですよ。なにより、蒼き剣のおかげです。やはり、伝説は本物だったんですよ」
「そうかなぁ。エメラーダがすごいからだと思うよ。だって、いくらいい剣でも、使わなかったら意味が無いもの」
「そうでしょうか……」
エメラーダはアーデンに着くまでの間、先程、ロビンと交わした話について思いを巡らせていた。
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