第12話 アーデン②

 ――翌朝。


「……おはようございます」

 昨夜はなかなか寝付けなかったせいか、エメラーダは眠い目をこすっていた。


「起きたか。じゃ、図書館に行くぞ」

 マックスとディーダは、もう身支度を整えていた。


「は、はい」

 エメラーダも慌てて荷物をまとめる。


「準備は済んだようだな。よし、行くか」

 マックスは先頭に立って歩き出した。


「あ、あの……」

 エメラーダはマックスに声をかけた。

「なんだ?」


「あのー、私も図書館に行くんですよね?」


「何言ってるんだ。俺たちは、お前の持ってる蒼き剣のことを調べるために、ここに来たんだ。当然、お前も一緒に行くんだよ」


「そ、そうですか……」

 エメラーダは右も左もわからないところに放り出されなくてよかったと、ホッとした。


「まぁ、いい。とにかく行くぞ」

 こうして一行は図書館に向かった。



 ――アーデン図書館。


 エメラーダは辺りを見回している。当たり前といえば当たり前なのであるが、図書館には、本が沢山あった。


 アナセマスというまるっきり見知らぬ世界だ。おまけに、人間以外の生物が口を聞く。

 ――そのような世界であっても、本は本なのだな――。エメラーダは安堵した。


「蒼き剣のことが書いてある本は、どこにあるんだか」

 マックスはディーダに尋ねた。ディーダはそれに答えるように声を出す。


「……ディーダ、お前に任せた。どうにも俺は『古そうなもの』がいけ好かん」

 ディーダは、マックスをたしなめるような行動を取った。


「だってあいつら、訛りがひどいから何言ってんのかわかんねぇんだよ。それをわかってるのか、紙に字を書いてくれるのはいいけど、俺は字が読めないんだよ。俺のことバカにしてるだろ、あいつら」

 ディーダは再度、マックスをたしなめた。


 『古そうなもの』か。エメラーダはまたしても、聞きなれない単語を耳にする。これも『海から来たもの』の仲間なのだろうか。


 エメラーダは、昨夜の宿屋の女将のことが頭に浮かんだ。もしかしたら、女将のような姿を姿をしているのかもしれない。エメラーダは身震いした。


 ディーダは図書館の受付に向かった。エメラーダは恐ろしくなったが、好奇心の方が買った。ディーダの後を、目で追ってしまう。


 ディーダは受付で待っていると、カウンター越しに誰かが現れた。どうやら、司書らしい。


「……!」

 エメラーダは絶句した。


 昨夜の女将も大概であった。

 だが、その司書らしきものは、それ以上に、おぞましかった。


 女将は、顔立ちこそ人間離れしている。とはいえ、顔以外は人間の女性と変わらない。


 だが、この司書らしきものは、明らかに人間ではなかった。


 まず、頭部らしき部分が五芒星になっており、その頭を球根状のものが支えていた。

 頭部を支える首は長く、胴体は樽上になっている。


 樽上胴体から、先端が頭部と同じような五芒星になっている触手が伸びている。それを手のように使っていた。


 エメラーダは恐怖のあまり、その場に立ちすくむ。


 ディーダは、司書に向かって何かを話し始めた。

 すると、耳障りな金切り音が聞こえてきた。どうやら、これは司書から発せられているようだった。


「あぁー!!!」

 エメラーダはついに耐えかね、大声をあげて外に飛び出した。


「おい、図書館では静かに……て、どこ行くんだ!」

 マックスはエメラーダの後を追った。



「はぁ、はぁ、はぁ……」

 走って図書館を出たエメラーダは、無我夢中で街中を走り回った。


「はぁ、はぁ……うわっ!」

 エメラーダは石畳の窪みに足を取られ、転んでしまった。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」

 エメラーダの近くにいたものが、転んだエメラーダに手を差し伸ばした。

「だ、大丈夫です、ありがとぅ……」


 エメラーダの目に、手をさし伸ばした存在が映る。

 そこにいたのは、頭が頭足類、背中にコウモリの羽を生やした、全身が鱗で覆われた生物であった。


 エメラーダは、しばらく固まっていた。

 やにわに立ち上がると、腰にぶら下げた剣を抜く。


「お嬢ちゃん、何を……」

 その存在が言い終わらぬうちに、エメラーダは体を斬りつけた。


「ぎゃー!!!」

 断末魔の叫び声が、辺りに響き渡った。


「何があったんだ!」

 マックスはエメラーダを探していた。悲鳴を聞こえたので、すぐさま駆けつける。


「ヒュランが暴れてるぞー!」

「誰か、早く警備を呼べー!」


 マックスが駆けつけたとき、負傷者が出ていた。血を流し、倒れ込んでいる者もいる。まさに、阿鼻叫喚であった。


「モンスターどもめ! 生かしてなるものか!」


 元凶はエメラーダであった。そして今まさに、エメラーダは住民に斬りかかろうとしている。


「エメラーダ! お前一体何をしてるんだ!?」

 マックスが叫ぶと同時に、エメラーダの剣が振り下ろされた。


「危ない!」


 その時である。突如、場は眩い光に包まれた――。



 エメラーダは、ベッドの上にいた。体を起こし、辺りを見回す。目に映るのは、見慣れた寝室の光景であった。


「夢……だったんですか……?」

 しかし、アナセマスにいた記憶は、夢にしてはあまりにも鮮明である。それに痛覚もあった。


 けれども、今、エメラーダが身につけているものは、鎧ではない。寝間着である。


 エメラーダは、右手に妙な感触を覚える。右手の方に視線を向けると、そこには一本の剣があった。


「これは……」

 エメラーダは剣を手に取る。それは、蒼き剣であった。


「どういうことなのでしょうか……」

 エメラーダは蒼き剣を見ていた。蒼き剣は、変わることなく青白い光を放っている。


 エメラーダは、ひとまず、剣を置く。ベッドから出ると、窓の方に向かう。そこから、外の景色を見た。


 窓の外は、奇怪な植物で覆われていた。

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