第13話 浸食①

「……ここはどこだ……」


 マックスは、アーデンの街中で暴れ回っているエメラーダを取り押さえようとする。突如、まばゆい光に包まれた。


 あまりの眩しさに、マックスは瞼を閉じていた。光を感じなくなったので、目を開けたら、眼前には見た事のない風景が広がっていた――というわけである。


「そこにいるのは、マックスか?」


 マックスは声がした方を向いた。そこには、フォレシアが立っていた。

「なんでお前がそこにいるんだ……」


「マックスちゃんじゃないか!」

 マックスとフォレシアの間を、割って入るように声がした。


「……この、妙に馴れ馴れしい、気色悪い話し方をするのは……」


 声の主は男であった。マックスと比べると細身だ。それでも引き締まった身体をしているため、貧相な印象を与えない。


 男は、プラチナブロンドの髪を逆立ている。服装は軽装だが、右腕には五寸釘のようなトゲが付いたリストバンドをはめている。

 左腕は、手の方まで包帯で覆われていた。


「ヘッジ! なんでお前までここにいるんだ!」


「知り合いか?」

 ヘッジに向かって怒鳴りつけるマックスに、フォレシアは声をかけた。


「初めまして、かわい子ちゃん。俺はマックスちゃんと同業の傭兵だ。マックスちゃんと違って決まったとこにいないけどね。


 なんで、そのつど雇い主様のご期待にそわなきゃいけないんだ。でも、おかげで『マッドファイアー』ってあだ名が付いたよ」

 ヘッジは左腕を見せびらかすように、前に出した。

 

「『マッドファイアー』か。たしかにそうだ。お前はイカれてるよ。ファイアドッグとコネクトするんだから」


 マックスやヘッジのようなヒュランには、言葉を持たぬクリーチャー――彼らはアントーカーと呼んでいる――の能力を『借りる』ことができる。それを『コネクト』と呼んでいる。


 しかし、本来なら使うことができない能力だ。故に、体に大きな負荷がかかる。だからあえてコネクトするものは、そうそういないのだ。

 ヘッジのように、身の危険を顧みないものでないかぎり。


「なるほど、左腕の包帯は火傷を隠すためか」

 フォレシアは、ヘッジの左腕を関心と呆れの両方の目で見ていた。


「みなさーん! こっち、注もーく!」

 どこからともなく声がした。三名は、一斉に振り向く。


「ルシエルちゃんじゃないか!」

 マックスとフォレシアは不安と疑いが混ざる眼差しを向ける。そんな中、ヘッジだけが、妙に浮かれていた。


「あら、あたし、あんたに名乗った覚えはないけど」


「だってマックスちゃんおわぁ?!」


 ヘッジが言い終わらないうちに、マックスがヘッジの身体を掴んで地面に叩きつけた。


「余計なことを言ったら、首をねじ切るぞ」

 マックスはヘッジの髪を掴んで持ち上げると、耳元でささやいた。


「あたし、いつもはマックスのことを見てるんだけど」

 ルシエルはマックスを尻目に、フォレシアに話しかけた。


「余計なことを喋るな!」


「俺ちゃん、どつかれ損だよね?」

 マックスはヘッジの髪を掴んだまま、ルシエルを睨みつけた。


「だって、緊急事態だもの。あたしがいなかったら、あんたたち、野垂れ死によ」


「マックスはともかく、なんで私まで飛ばされるんだ。オマケに、面識がないヘッジとかいうのまで来ている」

 フォレシアは不服そうに口を出した。


「あたしが知りたいわよ。まぁ、みんな顔見知りみたいだしいいんじゃない」


「……とにかく、どうやったら元に戻れるんだ」

 マックスは苛立ちを抑えきれなかった。


「今回の場合、原因は時空の歪みね。だから、それを正せば戻れるわよ」


「お前、時空間を操れるんだろ? だったら、その歪みをとっとと直して、俺たちを元に戻せ」


「操れるといえば操れるけど、無理に干渉すると、あらぬ所に飛ばされるわよ。最悪、この世界がなくなるし」

 それを聞いたマックスは、観念したというように、ため息をついた。


「ま、原因はわかってるから大丈夫よ。原因を取り除くのは、あんたたちと、エメラーダの仕事になるけど」


「エメラーダ? ……ということは、ここがグレイセスか」

 マックスは顔をしかめた。


「その子、かわい子ちゃん?」

 しかめっ面にかまわず、ヘッジはマックスに軽い調子で尋ねた。


「最悪な奴だ。ヒュラン以外は平気で斬りかかるし。挙句、ディーダを化け物呼ばわりしやがった」


「実際に見て確かめろってことだね。楽しみだ!」

 眉根を寄せて話すマックスとは対照的に、ヘッジははち切れんばかりの笑顔で答えた。


「で、エメラーダの居場所はわかるのか?」

 気を取り直し、マックスはルシエルに聞いた。


「ロビンがいるところにいるでしょ」


「根拠は?」


「だって、あの子、エメラーダと仲がいいみたいだし」


「いい加減にも程があるだろ……でも、それしかないのか……」


「それと、もうひとつ」


「なんだよ」


「ここ、アナセマスじゃないでしょ。きっと言葉が通じないからおまじないをかけてあげる」


 ルシエルはそう言うと、右人差し指を立て、同時に右腕を上げる。その状態のまま、マックス達の周りを旋回した。


「……ホントに効果があるのか?」

 マックスは、ルシエルを睨みつけた。


「効果ばつぐんよー。さ、行きましょ」

 ルシエルはマックスらを先導するように進む。


 マックスは不安を抱えながら、ルシエルの後について行くことにした。フォレシアとヘッジも後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る