第14話 浸食②

 ――グレイセス。ソーディアン領、ラプソディア。


 ラプソディアは今、奇怪な植物に覆われるという大惨事に見舞われていた。その植物は見るだにおぞましく、そして、人を襲うのである。


「焼き払え!」

 事態を重く見た領主ロベルトは、差し向けた兵に、こう命じた。兵たちは一斉に松明を投げ込む。


 しかし、火をつけても植物は燃えなかった。


「どうなっている……うわぁああ!!」

 兵士の一人が、植物の攻撃を受けた。植物は、火によって、活性化したのだ。勢いづいた植物は、そのまま触手により、兵を薙ぎ払う。


「このままでは、全滅だ! 撤退!」

 壊滅状態に追い込まれた部隊は、撤退という選択を余儀なくされた。


 こうしてラプソディアは、突如出現した奇怪な植物に、為す術なく蹂躙される羽目になった。


 その様を、ロビンは、ただ黙って見ていることしかできなかった――。


『ロビーン、いるんでしょ? 返事しなさいよ』

 呆然としているロビンの耳に、突如、聞き覚えのある声が響いた。


「その声は……ルシエル?」

 突然の出来事に、ロビンは戸惑いを隠せない。


『今から、そっちに向かうから』


「そっちって……ここ、グレイセスだよ?」


 ルシエルは、アナセマスの妖精だ。『そっちに向かう』と言ったが、そもそも違う世界にいるのだ。ラプソディアに来られるわけがないではないか。


『アナセマスの妖精だから、そもそもグレイセスに来られるわけがないだろ、って言いたいわけね。あたし、正確には『クロスホエン』ってとこにいるのよ。クロスホエンは世界の中心にあって、全ての世界に繋がってるのよ』


「えええ?」

 ロビンは、ルシエルの言ったことがピンと来なかった。だが、ルシエルはとんでもないことを言っている――ロビンは、そう直感した。ロビンは、ますます戸惑う。


『クロスホエンの話はややこしくなるから、あとあと。それと、マックスとフォレシア、あとヘッジってのを連れてくから』


「ここグレイセスだよ? ヘッジって人のことは知らないけど、マックスとフォレシアはアナセマスの人だよ。なんで、ここにいるの」

 ロビンは、何から何までわからない。


『なんで、マックスとフォレシアがここグレイセスにいるのかって話ね。その話は、エメラーダにもしたいから、合流してからでいいかしら?』


「そ、それなんだけど……」

 ロビンは気落ちした。


***


「ロビンのところに行くには、ここを抜ける必要があるみたい」

 ルシエルは目の前の森を指差した。


「おい、ここを通るのか?」

 マックスが森を見て言った。

「そうだけど、なんか文句ある?」

「いや……、とにかく、急ごう」

 マックスたちは森の中へ入っていった。


 森の中は、青々としている。今は新緑の季節らしい。どの木も、みずみずしい葉をつけていた。爽やかな香りが、鼻腔をくすぐる。


「グレイセスの植物は、随分と様子が違うな」

 フォレシアは、木々を見回しながら呟く。


「本当に植物か? これ」

 マックスは、居心地悪そうにしている。

「なんつーか、木の色が単調過ぎて、棒が刺さってるだけに見えるぜ」


「単調ではないだろう。確かにアナセマスの木々に比べたら、色とりどりではないが」


 一同はルシエルに導かれ、森の中を突き進んでいく。


 すると、目の前に一頭の獣が現れた。

「なんだあれ?」

「イノシシって言うのよ」

 マックスの疑問に対して、ルシエルが答える。


「ルシエルちゃん、詳しいね」

 ヘッジはルシエルを褒めた。

「えっへん。伊達に色んな世界を見てないからね」

 ルシエルは誇らしそうにふんぞり返る。


「……お喋りしてる場合か?」

 ヘッジとルシエルは、いまいち緊張感がない。そんな有様を見て、マックスは呆れ返った。


 イノシシは、一同の姿を認めると、突進してきた。


「来るぞ!」


 マックスは叫ぶと同時に、オックスソードを構える。


 オックスソードというのは、キャトルヘッドのような怪力種族用の剣だ。


 マックスは、ヒュラン用の武器を使うとすぐに壊してしまうほどの力を持っている。なので、オックスソードという怪力種族用の武器を使っているというわけだ。


「うぉりゃぁあああ!!」

 マックスは雄叫びを上げながら、渾身の一撃を見舞った。


 マックスの一撃をまともにくらったイノシシは、大きく吹っ飛ぶ。地面の上に転がり、ひっくり返ったと思うと、そのまま動かなくなった。


「悪く思うなよ」

 マックスは剣を収め、息を吐いた。


「イノシシって臆病なんだけどね。繁殖期で、気が立ってたのかしら」

 ルシエルは、地面の上に転がっているイノシシに目をやる。


「……こいつ、食えるかな」

 マックスは仕留めたイノシシをまじまじと見ていた。


「食うだと?」

 フォレシアは、マックスに向かって信じられないという眼差しを向けた。

「クリーチャーを食うなんて! なんて野蛮なんだ!」


「しょうがねーだろ。食えるもんが手に入るとは限らないし」


「周りを見ろ。ここは豊かな森だ。食べられる木の実が沢山あろう。それに、野の草ならどこにも生えている」

 フォレシアは左手を上に置きながら胸を張り、マックスに指し示すように手を広げた。


「お前みたいなフォレスティアンと違って俺たちフィールディアンは、そこら辺の草を食べると腹を壊すかもしれないんだよ。木の実だって食えるかどうか分からない」


「なんという軟弱な生き物なのだ……」

 フォレシアは呆れ返っていた。


 マックスはナイフを取り出し、イノシシを解体し始めた。

「なんてことをするんだ!」

 フォレシアは悲鳴を上げた。


「いちいちうるせぇな、お前は。見なきゃいいだろ」

「これだからフィールディアンは嫌なんだ!」

 フォレシアの顔は青くなっていった。


「マックスちゃん、俺も食っていい?」

 手馴れた様子で解体するマックスを見たヘッジは、興味津々だった。


「お前も手伝えよ」

「じゃ、俺は燃えそうなもん探してくるね」

 ヘッジは、辺りの木を集める。


「木、集めたのはいいけど、どうやって火をつけるんだっけ」


 それを聞いたマックスはずっこけそうになった。

「野営やったことあるんだろ。なんで火の付け方を知らないんだ」


「それはね、いつもヒタロウにやってもらってるの」

 ヘッジはふんぞり返った。


 ちなみにヒタロウというのは、ヘッジが使役しているファイアドッグという名のクリーチャーのことである。口から火を吹くことから、こう呼ばれるようになった。


「……ナイフがあったら貸せ。後は自分でやる」


「はいは~い」

 ヘッジは、腰につけていた短剣を鞘ごと外した。


 マックスは、借りたナイフで立ち枯れてる木から火きりぎねと火きりうすを作ると、それで火を起こした。

 そして、解体したイノシシを串刺しにし、焼く。辺りに、肉の焼ける匂いが漂う。


「そろそろ、頃合か」

 マックスは、串刺しイノシシを火から下ろすと、そのままかぶりついた。


「味は、悪くないな」

 マックスは、イノシシを黙々と食らっていく。


「うん、ワイルドな味だね!」

 ヘッジも、イノシシにかぶりつきながらこう言った。


「まさか、本当に食べるとは……」

 フォレシアは、口元を押さえて後ずさりした。


「食わねぇの?」

「誰が食うか!」

 マックスの呼びかけに対し、フォレシアはハッキリと拒否した。


「私にはこれがあるから結構!」

 フォレシアは房状に実った小さな果実を手に取り、それを口にした。


「飯も済ませたし、あと片付けしたらすぐ出発だ」

 一同はあと片付けを済ませると、ルシエルが示した方向へ歩き出した。


 森の中は薄暗く、地面の凹凸や木の根に足を取られないよう注意しながら歩く。


「もうそろそろ、森を出られるわよ」

 ルシエルがそう言うと、森の出口が見えてきた。一同は、出口に向かって早足で進んだ。


***


「森はおしまいか?」

 マックスはルシエルに声をかけた。


「おしまいよ。この先をもう少し進めば、大きな街があるわ。そこにロビンがいるんじゃないかしら」

 ルシエルは嬉しそうな顔をした。それを見たマックスはしかめっ面になる。


「なんでそんな顔をするのよ」

「お前に構ってるのは、お前に頼らざるを得ないからだ。勘違いするな」

「もう、素直じゃないわね~」

 ルシエルのお気楽な調子に、マックスはため息をついた。


 マックス一同は、ルシエルに導かれるまま、先を進んでいく。次第に、建物群が現れる。


「あー! 街っぽいのが見えてきた!」

 ヘッジが声を上げた。


「あれが、ラプソディアね」

 ルシエルが指差して教えた。


「うーん、でも、なんか様子がおかしくない?」

 ヘッジは指し示された方向を意義深く見る。


「……確かに」

 フォレシアも、同じように注視していた。


「でも、あの辺りにロビンがいるのよねー」

 ルシエルの言ったことを受けて、マックスはこう答えた。

「どっちにせよ、行くしかないだろう」


 一同は警戒しつつも、ラプソディアに向けて歩を進めることにした。

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