第15話 トラップヴァイン

 マックスとフォレシアとヘッジの三名は、アナセマスにいた者たちだ。それなのに、何故か、グレイセスにいた。


 ルシエル曰く「時空の歪み」が原因らしい。「何故、時空の歪みが発生したのか」という理由の説明はされなかったが。


《――原因を取り除くのは、あんたたちと、エメラーダの仕事になるけど――》

 ルシエルはこうも言っていた。


 マックスは釈然としなかった。そうは言っても、右も左も分からぬ世界に投げ出されたのだ。

 今のマックスには「ルシエルに従う」という選択肢以外なかった。


 マックス一同は、ルシエルの導きにより、ラプソディアにやってきた。


 ラプソディアは、都市といっていいくらいの規模の街並みである。太陽はまだ高い位置にある。

 それにも関わらず、通りには誰もいない。街は、不気味なくらい、静まり返っていた。


「妙だな……日はまだあるのに、外には誰もいない」

 マックスは不思議そうに辺りを見回した。


「そういえば、ロビンちゃんって子とお話してたって言ってたけど。この辺りにいるんだよね?」

 ヘッジはルシエルに尋ねる。


「そうなんだけど……ちょっと待ってて」

 ルシエルは返事をした。


 その時である。


「……なにか、物音がしないか?」

 フォレシアの一言により、その場に緊張が走る。


 フォレシアは弓を構えた。マックスもヘッジも、それぞれ剣を構える。


 一同の前に、一本の木が現れた。それと共に、こっちに向かってくる。


「ウォーキンツリーだと?! ここアナセマスじゃないだろ! なんで出てくるんだ!!」


「しかも街中だよ。アナセマスでも、そうそうないんじゃない?」


 マックスとヘッジは驚きながらも応戦する。

 しかし、ウォーキンツリーの攻撃は止まない。


「くそっ、しぶとい奴め」

 マックスは舌打ちをして、さらに攻撃を続ける。

 ヘッジが腕のように振り回される枝を払い、隙を見て、フォレシアが矢を撃ち込んでいく。


「私は、目標に対して、一体につき一発しか撃たぬと決めていたのだが……」

「なんだその謎ルール」

 マックスは突っ込んだが、フォレシアは聞き流す。


「奴には心の臓がないからな。とにかく、撃ち込むしかない。もっとも、矢には限りがあるが……」


 ヘッジとフォレシアの攻撃を受けて、ウォーキンツリーの勢いがなくなってきた。


「よし、今だ!」

 マックスはウォーキンツリーに対し、オックスソードを横薙ぎにした。ウォーキンツリーは真っ二つになり、やがて動かなくなった。


「街中が妙に静まり返ってたのは、こいつのせいか……」

 マックスは辺りを見回す。道の脇に生えている植物が目に入った。


 花はオレンジ色だ。花びらに歯のようなものが生えており、まるでパクパクするように震えていた。茎は、根元からやつ又になっている。


 しかも、そのような花は一本だけではない。脇を埋め尽くすかのように咲いていた。


「ヒュドラヒナゲシだ! 見つけ次第、すぐ引っこ抜いてるんだが、いつの間にか増えてやがるんだ」


「こんな可憐な花なのに、なんで引っこ抜くんだ」

 フォレシアは不服そうに口を挟んだ。


「なにが可憐な花だ。放っておくと噛み付くんだよ」


「マックスちゃん、フォレシアちゃん。見て見て、建物もすごいことになってるよ」

 ヘッジは二人の視線を建物に誘導した。


 建物はびっしりと棘の生えた蔓植物で覆われていた。間に毒々しい色の花が咲いている。


「……ここ、本当にアナセマスじゃないんだよな?」

「ルシエルちゃんはそう言ってるけど……」

 マックスとヘッジは、蔓植物で埋めつくされた建物を、呆然と眺めていた。


「ルシエル! ロビンの居場所はわかってるんだろうな」

 マックスはルシエルに尋ねた。


「うん。ここから近いみたい」


「ロビンのそばにエメラーダがいるんだろ? とにかく、今はそいつに会うしかない」


 一同は歩き出した。


 ***


 しばらく歩くと、ルシエルが指を差した。

「ロビン、あの辺にいるみたい」


 一同は、ルシエルの指差す方を見る。そこは植物に覆われていて、まるで森のようになっていた。


 一同がそこに近づくと、目の前にロビンが現れた。


「君がロビンちゃんね。よろしく!」

 ヘッジは笑顔で挨拶した。


「よ、よろしくお願いします」

 初対面にも関わらず、ヘッジは食い気味で挨拶する。ロビンはたじろいだ。


「おい、エメラーダはどこにいるんだ?」

 マックスは、さっそく質問をぶつける。


「えっと……あっちだよ!」

 ロビンは、戸惑いながらも答えた。


 ロビンの案内に従い、一同は進んでいく。案内された先に、巨大な木があった。


 その木には、根っこから無数のツタが伸び、絡まりあっている。そのツタには、人の顔のような模様があり、うごめいていた。


「フォレシア、アレはなんだ」

 マックスは眉をひそめた。


「アレか。トラップヴァインだな。獲物が近寄ってくると蔓を伸ばして捕縛し、そのまま取り込むんだ」


「で、そんな厄介な植物に、無警戒で近寄ってるのは……」

 マックスの目に、見覚えのある女性が映っていた。


「エメラーダ! 危ないよ!!」

 見覚えのある女性はエメラーダだった。ロビンが懸命に叫んだが、エメラーダの耳には届いていないようだ。


「あいつ、様子がおかしいぞ」

「そうなんだ。僕が話しかけても無視するし、怒り出すこともあるんだ」


 トラップヴァインはエメラーダに向かって蔓を伸ばした。エメラーダは、蒼き剣を振るい、向かってきた蔓を全て切り捨てた。


「魔物め! 蒼き剣を持つ私に触れられると思ったか!」

 エメラーダは叫びながら剣を高々と掲げた。その目は狂気走っている。


「貴様の命を終わらせてやる!」

 エメラーダは絡まっている巨木ごと、トラップヴァインをぶった切った。

 根元から切られた巨木は、轟音とともに倒れる。


「無茶なことやりやがって! 誰かいたらどうするんだ!」

「でも、見てよ、マックスちゃん。トラップヴァインもやっつけたよ」


 エメラーダの周りを顧みない暴挙にマックスは憤った。対してヘッジは、エメラーダの行動を称賛していた。


「それにしても、なんでエメラーダはこんなことをしたんだろう?」

 ロビンは首を傾げた。


「それにしても、蒼き剣ってのはやっぱりとんでもないな。トラップヴァインに絡まってる木ごとぶった切りやがった」


「でも、エメラーダが無事でよかった!」

 ロビンは安堵の表情を浮かべ、エメラーダに近づいた。


「鬱陶しい小バエめ!」

 エメラーダは怒号を浴びせ、ロビンに斬りかかった。ロビンは、すんでのところでかわす。


「えっ!? ど、どうして?」

 ロビンは当惑していた。


 エメラーダは険しい目つきでロビンを見つめると、再び剣を振り上げた。


「エメラーダ、僕だよ、ロビンだよ!」

 ロビンは涙目で訴えるが、エメラーダは狂ったように剣を振り回す。


「奴はロビンに気を取られているようだ。フォレシア、ヘッジ、行くぞ」

 マックスは隙を見て、エメラーダに接近すると、首筋に手刀を叩き込んだ。エメラーダはそのまま倒れこんだ。


「あわわわわ」

 倒れたエメラーダを見て、ロビンは狼慌てふためく。


「安心しろ。気絶させただけだ」

 マックスがそう言うが、ロビンの顔から不安は消えなかった。

「……本当に大丈夫なの……?」


「知るか」

 マックスは吐き捨てるように言うと、エメラーダの手から蒼き剣を取り上げた。


「ヘッジ、俺はこいつを運ぶから、お前が持ってろ」

 マックスはヘッジに蒼き剣を渡した。


「俺ちゃんに渡して大丈夫なの?」


「なんでそんなことを聞くんだ。盗んだってどうにもならないだろそんなもの」


「信用されてるのか、されてないのかわかんないね、俺ちゃん」


 マックスは気絶しているエメラーダを担いだ。

「……問題は、こいつをどうするかだ」


「エメラーダはソーディアン侯爵の娘さんで、屋敷に住んでるんだ」

 ロビンはエメラーダの人となりを説明した。


「侯爵? 貴族なのか、こいつ」

 マックスは少し驚いた様子を見せる。そして顔が険しくなった。


「なにか都合でも悪いのか?」

 険しい表情を浮かべるマックスを見て、フォレシアは尋ねた。


「あたしのおまじないが信用できないってわけ?見くびられたもんだわ」

 ルシエルが横から入ってきた。


「クソ妖精のことははなから信用してない。俺が言いたいのはだな、お偉いさんの娘が気を失ってるんだ。事情を知らない奴が俺たちのことを見かけたら、誘拐犯だと思われるだろうが。


 それに、家に返したとしても、根掘り葉掘り聞かれるだろうし、最悪、捕まるかもしれない。それに……


 こいつが目を覚ましたところで、正気に戻ってるとは限らないだろうが」

 マックスはため息をついた。


「でも、このままにする訳にはいかないだろう」

 フォレシアは言った。


「ロビン!」

「はいぃ?!」

 マックスに突然呼びかけられたので、ロビンの声は裏返ってしまった。


「お前、ソーディアンとやらに顔が聞くんだろ? だったら、事情を説明できるハズだ」


「うーん、確かにそうなんだけど……。あそこ、なんか苦手なんだよね。怖い人がいっぱいいるし……」

 ロビンは難色を示す。


「エメラーダがどうなってもいいのか?」

 マックスはロビンに凄みをきかせた。


「わかったよぉ! 一緒に行けばいいんだろ?!」

 こうして、ロビンは一同を、ラプソディア城まで案内することになった。

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