第18話 蒼き剣②
「――で、カオスになるって決めたのね?」
「うん」
ルシエルの問いかけに対し、ロビンは覚悟を決めたように頷いた。
「蒼き剣はどこに置いてあるのかしら?」
「マックスが使ってる部屋にあったな。『俺はこんな剣使わんぞ』って言ってたし」
「じゃ、早速行きましょ」
ルシエルはそう言うと、ロビンとともに蒼き剣のある部屋に向かった。部屋の前まで来ると、戸を開けて中に入る。
「あれが、蒼き剣かしら?」
ルシエルは、布に巻かれている長い棒を指した。それは部屋に立てかけてあった。
「ずいぶんとぞんざいな扱いをしてくれてるわね。らしいと言えばらしいけど」
そう言いながら棒に巻かれている布を取ると、蒼き剣が姿を現した。蒼き剣についている目玉が、当たりを確認するように左右に動く。
「やっぱり、目玉が動いてるよね。なにか言いたいことがあるのかな」
「なんの断りもなく布を巻かれたら、文句のひとつも言いたくなるでしょうね」
「そこなの……かなぁ」
ルシエルはズレたことを言ってるように感じたが、言われてみれば、そうかもしれない。
ロビンはそう考えた。
「で、僕はどうすればいいの?」
「その剣の柄を持ってもらえる?」
ルシエルに言われるがまま、ロビンは蒼き剣の柄を持つ。
ロビンが柄を握ったとき、蒼き剣は青白い光を放った。
「わわわわ!」
突然の出来事に、ロビンは驚きを隠せない。
「やっぱり、そうだったのね……ロビン、手を離しちゃダメよ」
ロビンはルシエルの言ったことに従い、必死になって剣の柄を握っていた。
「ねぇ、なんで剣が光ったの」
「それはねぇ、元々はアナセマスにあったものだからよ」
「どういうこと?!」
ロビンは驚愕した。グレイセスに伝わる剣が元々はアナセマスのものだとは。
「カオスっていうのは、触れたものに干渉するの。蒼き剣の中にあるカオスの力が、ロビンに反応してるのよ」
「反応すると、どうなるの?」
「どうなるのかは、お楽しみ」
ルシエルは笑顔で言い放った。
どうなるのかは我関せず、ということだ。無責任にも程がないか? ロビンは悲鳴を上げた。
「うわぁー!!!!」
ロビンは眩い光に包まれた。
***
「ここ、どこ?」
ロビンは辺りを見回す。先程までいた部屋とはまるで違う。
そもそも、そこは部屋でさえなかった。とにかく暗闇に覆われている空間、としか言いようがない場所であった。
「どなたですか?」
ロビンの耳に、女性らしき声が響く。
「どちらに、いらっしゃいますか? すみません。暗いので、よく分からなくて……」
ロビンは、声が聞こえた方を向く。
そこには、薄ぼんやりとした人の姿を象った光があった。
「えーと、あなたは誰?」
「私は……」
声はそこで口ごもったかのように、しなくなった。
「もしかして、名前がないのかな……ま、いいや、ところで、蒼き剣のことは知ってる?」
「蒼き剣?」
声が返ってきたので、ロビンはほっとした。
「蒼き剣は、グレイセスでは世界を救う剣って言われてるんだ」
「ごめんなさい……私はなにも……ただ、私は『ブラッディソード』と呼ばれていました」
「私は」と言ったので、この女性らしきものは蒼き剣の妖精かなにかなのだろう。
しかし、ブラッディソードとは。随分と血なまぐさい。世界を救う剣にしては、物騒にも程がある名前ではないか。
「ブラッディソードねぇ……なんでそんな名前で呼ばれてるの?」
ロビンは尋ねてみた。
「それは、血を浴びれば浴びるほど、斬れ味が増すからです」
「えええぇ?!」
『血を浴びれば浴びるほど』
つまり『殺せば殺すほど、斬れ味が増す』ということではないか。ロビンはつい声を上げてしまった。
いったいどうして、そんな恐ろしい剣が世界を救う剣だと言われたのか。ロビンは混乱してきた。
「なんか話が違ってきたぞ……一体どういうことなんだ……」
ロビンは考え込んだ。ここにきて、新事実が判明したのだ。こういう時こそ、慎重にならなければ。
とはいっても、どうしたもんか。ロビンは困りきってしまった。
「そうだ、エメラーダってわかる?」
ロビンは話を変えてみた。
「エメラーダ? ……最後に、私を手に取った方ですね」
「そうそう。エメラーダはおかしくなってしまったんだ」
ロビンがエメラーダの現状を伝える。
声は、口を閉ざしたかのようにしなくなってしまった。
「ごめんなさい……私のせいなの」
声はくぐもっていた。
「カオスは人の精神に影響を与えるもの。私を手にしたものは皆、正気を失った」
「よくわからない僕が言うのも変だけど、あんまり自分のことを責めないで」
エメラーダがおかしくなったのは、蒼き剣の影響もあるのだろう。
それ以前に、アナセマスそのものが人の正気を奪うところなのではないか、という思いがよぎる。
それを言うとややこしくなりそうなので、黙ることにしたが。
「とにかく、僕は君に協力してほしいんだ」
「協力?」
「エメラーダを助け出すんだ」
「助けるって……私が、エメラーダさんを追い詰めたのに……」
「そんなの、関係ないよ。聞いたんだ『カオスはなんでもできる』って。僕はエメラーダを助けたいんだ! だって、友達だもの」
ロビンは、声を発する光を真っ直ぐな目で見つめた。
「……わかりました。でも、私に何ができるのか……」
「ぼ、僕に任せて!」
ロビンは自信満々に答えたが、内心は不安だらけだった。
(そもそも、ここから出る方法もわかんないけど!)
ロビンが思案している最中、ふわりとした感覚があった。そして目の前にあった光が大きくなり、ロビンを包み込んだ――。
――光がおさまったあと、ロビンは辺りの様子を見回す。そこは元いた部屋だった。
「戻ってきたのかな?」
ロビンは体を動かそうとするが、体はピクリとも動かない。
「何があったんだ!」
ロビンは必死になって羽根をばたつかせたが、何も起こらなかった。ロビンの焦燥感は、ますます募っていく。
「戻ってきたみたいね。ここ、どこだかわかる?」
ルシエルはロビンに尋ねた。
「ここ、マックスの部屋でしょ?」
「目は見えるし、口は聞けるみたいね」
「何言ってるんだよう……なんで、身体が動かないの……」
「当然よ。だって、あなた『蒼き剣』になってるもの」
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