第17話 蒼き剣①

 ――翌日。

 エメラーダは目を覚ました。


 前日のように暴れることはなかった。ところが今度は、一人で何もすることができなくなってしまったのだ。


 いつもベッドの上にいて、時折、うわ言を口にしては、頭を枕で覆うようなことをしている。

 侍女が食事を持ってくるのだが、それを口にすることなくをひっくり返す、というようなこともしている。

 その目は落ちくぼみ、すっかり憔悴していた。


 ロビンはエメラーダのことを気にかけてはいた。それにも関わらず、傍にいることができなかった。

 エメラーダの部屋は、固く閉ざされているからである。


 ――ラプソディアはラプソディアで、相も変わらず、奇怪な植物の脅威にさらされていた。


 マックスとフォレシアとヘッジは、『我々なら植物をなんとかできる。その代わり、食料と寝場所と、そして幾ばくかの報酬を寄越せ』という条件を出す。


 ロベルトは、エメラーダを助けてもらった恩義に報いようと、その条件を飲んだ。

 そうしてロベルトの元で、マックスらは、日々植物の対応に追われていた。


「ラプソディアが大変なことになっちゃったし、エメラーダもおかしくなっちゃったし、僕はどうすればいいんだろう……」

 ロビンは邸の庭にある花壇に腰掛け、呆然としていた。


「……ルシエル、いるんでしょう?」


「なぁに? なんか用?」

 ロビンの呼びかけに応じて、ルシエルは姿を表した。


「エメラーダ、これからどうなっちゃうの……」

 ロビンは弱々しく呟いた。


「そうねぇ。エメラーダをなんとかしないとね。時空の歪みは、エメラーダにも原因があるんだし」


「どういうことだよ。まさか、エメラーダのせいなの?」

 ロビンは、ルシエルを睨みつける。


「正確に言うと、エメラーダが持っているものね」

 ロビンに睨まれているのに構わず、エメラーダは続けた。


「エメラーダが持っているの、って、まさか……」


 蒼き剣。

 突如、エメラーダの前に現れた、伝説の剣。

 世界を救うといういわれのある剣。


「何が世界を救う剣だ! ラプソディアはめちゃくちゃになっちゃったし、エメラーダもおかしくなった」

 ロビンは、怒りを顕にした。そんなロビンを、ルシエルは黙って見ている。


「そうだ、蒼き剣!」

 ロビンは、あることを思い出した。


「僕、アナセマスにいた時ね、蒼き剣の目玉が動いたのを見たんだ」

「それで?」


「あの剣、歯が生えてるでしょう。もしかしたら、お話ができるかもしれないって思ったんだ……けど……」

 ロビンはルシエルの顔を、チラッと見た。ルシエルは素っ気ない顔をしている。


「仮にお話できたとして、それで、どうするつもり?」

「う、うーん……」

 ロビンは答えに窮してしまった。


「でも、僕は黙って見てられないよ。やれることはやりたいんだ。大したことはできないけど……」

 ロビンの真剣な眼差しを、ルシエルはただ黙って見ていた。


「……ロビン、やめる覚悟はできてる?」

「え?」


 素っ気ない態度から一転、ルシエルは神妙な面持ちになった。ロビンは、ルシエルがそんな顔をしているのを見たことがない。ロビンは、おじまどう。


「やめる、ってどういうこと……?」

「グレイセスの花の妖精をやめるってことよ」


「えー、と」

 ロビンはキョトンとした。


「その反応を見るに、言われたこと自体理解できてないようね。


 あたし達アナセマスの妖精は、みんなクロスホエンにいるのよ。それと、妖精というより、カオスが具現化した存在、ケイオシウムの結晶みたいなもの、と言った方がいいのかしらね。


 ちなみに、クロスホエンはどの世界にも繋がってるから、ってこれは前にも言ったわね。


 まぁ、アナセマス以外の世界に顔を出すことは、あまりしないわよ。

もっとも、今回みたいにアナセマスの住民が別の世界に飛ばされた、なんて時は、顔を出すけど」


 ロビンは相変わらずキョトンとしていた。


「とにかく、あたし達が色々できるのは、カオスそのものみたいなものだからなんだけど。どうやら、そうじゃない妖精も、カオスに変えることができるみたいなのよ」


「じゃあ、僕もカオスそのものになれば、エメラーダを助けることができるってこと?」


「それなんだけどね。望んだ結果を得られるかどうかとなると、また別の話になるのよ」

「どういうこと?」


「だって『カオス』だもの。カオスってのは引っかき回すものなの」


「ということは、僕がカオスになって何かしようとしたら、余計に酷いことになるかもしれないってこと?」


「そういうことねぇ」

 ルシエルはニヤリとした。


「じゃあ、なんでそんな話したの!」

「あら、聞いてきたのはそっちでしょう?」

「それは……そうだけれども……」

 ロビンはガックリとうなだれてしまった。


「でもねぇ、『花の妖精』のままじゃ、なにもできないまんまよ。現状をなんとかしたいってなったら、この方法しかないんじゃないの。


もっとも、カオスになったところで、あたしみたいに『クロスホエン』に行けるとは限らないし。そこは『混沌の主』次第ね」

 また新たな単語が出てきた。ロビンはポカンとしてしまった。


「とにかく、カオスになるの? ならないの?」

 ルシエルはグイッと詰め寄った。


「……ちょっと、考えさせて……」

「そう。決めたら、その時にまた、声かけてね」

 ルシエルはロビンの前から姿を消した。


 カオスになったら、グレイセスにいられなくなるかもしれない。しかし、カオスになっても、エメラーダを助けられる保証はない。ロビンはどうしたものかと考え込んでいた。


「エメラーダは、どうしてるの?」

 ロビンはエメラーダのいる部屋に通っている使用人に声をかけた。


「エメラーダ様は……穏やかな様子でいらっしゃいます」

 使用人の表情は複雑そうだ。エメラーダは相変わらず狂気の中にいる。ロビンはそう思った。


 ――エメラーダは、このままずっと部屋から出られないのだろうか――

そう考えたら、ロビンはいてもたってもいられなくなった。そして、決断した。

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